日銀・植田総裁「金融緩和を継続」の方針―“物価上昇”への考えは?
Finasee / 2023年5月29日 17時0分
![日銀・植田総裁「金融緩和を継続」の方針―“物価上昇”への考えは?](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/finasee/finasee_12136_0-small.jpg)
Finasee(フィナシー)
一般社団法人内外情勢調査会が、5月19日、植田和男日本銀行総裁を招いて行われた講演会、「金融政策の基本的な考え方と経済・物価情勢の今後の展望」の全文が、日本銀行のホームページに掲載されています。
日本銀行はご存じのように、日本の中央銀行です。そのトップである日銀総裁が講演で話した内容は、日本の中央銀行を代表する見解であるのと同時に、日本の金融政策の方向性を把握するうえで、極めて重要だと言えます。
日銀の主な業務日銀はさまざまな業務を行っています。これは日銀のホームページにも書かれているので、詳しく知りたい方はそれをご覧いただければ良いかと思いますが、簡単に言うと、
(1)銀行券(お札)の発行・流通・管理
(2)金融機関間の資金決済を行うシステムの提供
(3)金融政策の運営
(4)金融システムの安定化をはかる
(5)国庫金の出納や計理、政府預金の管理など
(6)外国為替の売買など国際業務
といったところであり、いずれも重要な業務です。中でもマーケット関係者からの注目度が高いのは(3)の金融政策の運営です。
金融政策の運営は日銀の専管事項、つまり日銀にしか行うことのできない事柄であるため、たとえ総理大臣といえども、日銀の金融政策運営には一切口を挟めません。それだけ、日銀総裁は金融政策について強大な権限を持っており、それゆえに日銀総裁がさまざまな講演の場で何を話すのかに高い関心が寄せられるのです。
金融政策がもたらす影響ところで植田日銀総裁は、東京大学で教授を務めていた学者です(現在は名誉教授)。戦後、学者出身の日銀総裁が誕生したのは今回が初めてですが、植田総裁は1998年から2005年までの7年にわたり、日銀政策委員会審議委員を務めているので、金融政策に対する知見は高いと見られています。
その植田総裁が、内外情勢調査会で何を話したのか。日銀の金融政策によって決定される金利や、世の中に流通するお金の総量は、私たちの日常生活にも多くの影響を及ぼします。
それだけに、マーケット関係者以外の人たちも、日銀総裁がさまざまな場で語る話の内容には、少しでも関心を持っておくと良いのではないでしょうか。
今回の講演内容やや前置きが長くなりましたが、今回の講演の内容を抜粋しながら、今の日銀がこれからの物価をどう見ているのか、金融政策を通じて金利をどういう方向に導こうとしているのか、といった点について見ていきたいと思います。
時系列で見る金融政策今回の講演では、1990年のバブル経済崩壊以降、日本の景気が大きく後退していく中で、どのような金融政策を行っていったのかを時系列で説明している点が非常に興味深いところです。
日銀が金融政策で直接働きかけられるのは短期金利ですが、バブル崩壊後に行った相次ぐ利下げで、短期金利の水準がほぼゼロになってしまいました。
金利引き下げによる金融緩和政策が取れなくなった日銀は、2001年に新たな緩和策として、日銀が金融機関に供給する資金量を増やす「量的緩和政策」を導入。
さらに2013年からは「量的・質的金融緩和(QQE)」を導入し、大規模な国債買い入れによって長期金利を引き下げるのとともに、ETFやJ-REITの買い入れ拡大によって、市中に大量の資金供給を行い、かつ株式市場のリスクプレミアムを縮小させる働きかけを実施しました。
効果では、その効果のほどはどうだったのでしょうか。植田日銀総裁はこう言っています。
「物価が持続的に下落するという意味でのデフレではない状態が実現しました。(中略)もっとも、2つめの課題である物価や賃金が上がりにくいという考え方の転換には時間がかかるということが、徐々に明らかになったということも付け加えなければなりません」。
消費者物価指数を見ると、生鮮食品を除く総合の前年同月比は、リーマンショック後の2009年3月から2013年4月まで、大半の月においてマイナスが続きました。
また2016年3月から12月と、コロナショック後の2020年4月から2021年7月までは、すべての月において前年同月比マイナスになったものの、2022年4月以降はすべての月において、日銀が金融緩和を解除するための前提条件である、消費者物価指数の前年同月比2.0%上昇をクリアしています。
その点において、日銀がこれからの金融政策をどうするのか、方向転換はありうるのか、という点は、興味深いところです。
景気と物価日銀が現在の景気と物価をどう見ているのかについて、植田総裁の話を要約すると、おおよそ以下のようなことを言っています。
「インバウンドを含むサービスや設備投資など、感染症のもとで抑制されてきた需要の顕在化によるペントアップ需要を主因とした緩やかな景気回復は、今年度半ばくらいまで続く。その後、景気改善の主役は『所得から支出への好循環』という、より持続的なものに移っていく。今春の労使交渉での賃上げ率は昨年を大きく上回っている模様。これは家計の所得改善を通じて、個人消費を後押ししていくと考えられる」
ペントアップ需要はあくまでも一時的な要因でしかありません。景気が持続的に改善するには、賃上げによって家計の所得が改善され、個人消費が刺激され、企業業績が改善して設備投資需要が高まり、これらの需要増が賃金、企業業績のさらなる改善につながるという好循環が必要になります。
物価上昇また日銀は、今の物価上昇について、「現在、物価が3%を超えて上昇している主な理由は、需要の強さではなく、海外に由来するコスト・プッシュ要因」であると考えています。
海外に由来するコスト・プッシュ要因とは、海外から輸入している原材料や資源・エネルギーの価格上昇によってもたらされるインフレです。当然のことですが、これらの価格上昇が落ち着けば消費者物価は低下します。
2022年4月以降、日銀が金融緩和を解除するための前提条件である、消費者物価指数の前年同月比2.0%上昇をクリアしているにもかかわらず、金融緩和を解除せずにいるのはこれが大きな理由です。
また、今春の春闘における労使交渉での賃上げ率は、昨年を大きく上回っている模様ですが、中小企業も含めて賃上げの動きが広まっていくのかどうか、今後も持続的に賃上げされるのかどうかが、現時点では不透明です。
***これらの見通しを受けて、「日本銀行としては、イールドカーブ・コントロールのもとで、大規模な金融緩和を継続していく方針」というのが、植田総裁の結論でした。本稿を機に、今後の植田日銀総裁の講演にも注目してみてはいかがでしょうか。
鈴木 雅光/金融ジャーナリスト
有限会社JOYnt代表。1989年、岡三証券に入社後、公社債新聞社の記者に転じ、投資信託業界を中心に取材。1992年に金融データシステムに入社。投資信託のデータベースを駆使し、マネー雑誌などで執筆活動を展開。2004年に独立。出版プロデュースを中心に、映像コンテンツや音声コンテンツの制作に関わる。
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