2023年春闘・賃上げ率は高水準―それでも生活が楽にならないワケ
Finasee / 2023年6月1日 17時0分
Finasee(フィナシー)
経団連が5月19日に公表した「2023年春季労使交渉・大手企業業種別回答状況〔了承・妥結含〕(加重平均)」で、大企業の賃上げ率は3.91%となり、30年ぶりの高水準になることが分かりました。
ちなみに2022年春闘における賃上げ率は、最終集計段階の数字で2.27%でした。過去10年ほど、2%前後の上昇率だったことからすると、2023年春闘における3.91%の賃上げ率は、企業側としてもかなり頑張った数字と言えそうです。
例えば、トヨタ自動車は、労働組合の要求に対して満額回答をしています。同社の場合、労働組合が「職種別」「階級別」に15パターンの賃上げ要求を提示しました。それに対して経営陣が満額回答をしたというわけです。
気になる金額は、15パターンで最も高いケースだと、月額9370円の賃上げで、ボーナスは年間で月給の6.7カ月分になりました。月額9370円ということは、年額で11万2440円増えることになります。結構、大きな金額ですね。
大幅な賃上げが実現した背景なぜ2023年の春闘で大幅な賃上げが行われたのでしょうか。
まず物価高の影響です。生鮮食品及びエネルギーを除く総合の前年同月比は、2022年10月に2.5%の上昇となり、日銀が金融緩和政策を見直す際の目標値である2.0%を超え、その後も上昇率は高まっています。2022年12月には3.0%となり、2023年4月には4.1%となりました。
この「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」は、気象条件によって値段が大きく変動する生鮮食品と、国際政治情勢に価格が大きく左右されるエネルギーを除いた消費者物価指数です。
物価が上昇する一方で賃金が上がらなければ、勤労者の生活水準は落ちてしまい、働くモチベーションに悪影響を及ぼす恐れがあります。したがって多くの企業が賃上げに踏み切りました。
もうひとつの要因は、人手不足です。人口減少・超高齢社会に入った日本では、特に働いて稼ぐ世代の人口減少が加速しています。そのなかで、これまで中国に展開していた生産拠点を日本国内に回帰させたり、コロナ明けのインバウンド観光客の急増で、飲食店や宿泊施設が深刻な人手不足に陥ったりしています。
そのため、人材確保を目的にして多くの企業が、賃金の引き上げに動き始めているのです。
賃上げが景気に与える影響賃上げによって生活水準が向上すれば、人々は消費を活発に行うようになり、企業業績の向上につながります。企業業績が向上すれば、社員の給料はさらに上がり、それがさらなる消費を促します。
このように、賃上げには景気を良くする効果があります。では、この賃上げに伴って、いよいよ日本の景気も回復へと向かっていくのでしょうか。
この点については、いささか気になることがあります。
まず、前出の賃上げ率は、あくまでも経団連に属している大企業の話である点には、注意しておくべきでしょう。
日本の産業構造は、中小企業および小規模事業者が中心です。中小企業基本法に定められた中小企業および小規模事業者の定義によると、中小企業は製造業だと資本金3億円以下または従業員数300人以下で、サービス業だと資本金5000万円以下または従業員数100人以下とされています。そして小規模事業者は、従業員20人以下の企業を指します。
日本の場合、中小企業は企業数で全体の99.7%を占めています。つまり前出の賃上げ率が適用されるのは、企業数で0.3%という極めて狭い世界の話です。
この賃上げが本格的に景気回復へと好影響を及ぼしていくためには、中小企業・小規模事業者にも、賃上げの流れがしっかり定着しなければなりません。
ちなみに日本商工会議所と東京商工会議所が実施した「最低賃金および中小企業の賃金・雇用に関する調査」によると、2023年度に「賃上げを実施予定」と回答した企業が58.2%に上っていることが分かりました。ただ、そのうち業績改善を伴わない「防衛的な賃上げ」が62.2%を占めています。
本来、賃上げは業績が改善したことを反映して行われるものですが、中小企業の場合、たとえば「インフレから従業員の生活を守る」とか、「人手不足を解消する」といったような、業績回復による利益還元ではない、他の理由による賃上げがかなりの部分を占めているのです。
防衛的な賃上げは持続性に欠けます。資金面で余裕のある大企業であればまだしも、中小企業の場合、資金的なゆとりも少なく、そのうえ業績回復に時間がかかるとなれば、持続的な賃上げを維持することは不可能です。
したがって、この賃上げの流れが中小企業の業績回復を伴って広く波及していくものなのかどうかという点は、注意深く見守っていく必要があるでしょう。
賃上げのメリットを感じられない理由もうひとつの問題は、社会保険料や税金負担、ならびに物価上昇によって、せっかく賃上げされても、実質的にほとんど賃上げされていないのと同じになってしまう恐れがあることです。
これは5月10日付、日本経済新聞に掲載されていた記事ですが、総務省が同月9日に発表した2022年度の家計調査によると、2人以上の勤労者世帯の「非消費支出」は月11万7750円で、この20年間で1.4倍に増えたということです。
非消費支出とは、社会保険料や直接税(勤労者世帯の場合は所得税や住民税)のことです。つまり、食品や日用品、レジャーなど生活で行われているさまざまな消費による支出ではなく、国民として社会を支えるために拠出しなければならない、したがって前出の消費に回すことのできない支出、ということになります。
この手の社会保険料や直接税の負担が重くなればなるほど、消費に回せる可処分所得の割合が減り、その分だけ家計部門における消費行動が抑制されることになります。
現在、政府は「次元の異なる少子化対策」の財源確保として、社会保険料の上乗せを検討しています。5月24日に多くのメディアが報じたところによると、国民1人あたり500円の負担増になるようです。それに加えて、現行制度で16歳から18歳に適用されている扶養控除を見直す案も浮上しています。
そして、ここに物価上昇がかぶってきます。厚生労働省が発表した3月の毎月勤労統計調査によると、1人あたりの賃金は、物価を考慮した実質賃金で▲2.3%(前年同月比:確報値)となりました。
ちなみに実質賃金の前年同月比は、2022年4月にマイナスへと転じ、そこから12カ月連続でマイナスが続いています。言うまでもなく、この間、消費者物価指数が上昇したため、受け取った給料が目減りしているのです。
確かに、この春闘で大手企業の賃金は上昇していますが、物価上昇や社会保障負担増などを考えると、「生活が楽になった」という実感は、ほとんどないのかもしれません。
鈴木 雅光/金融ジャーナリスト
有限会社JOYnt代表。1989年、岡三証券に入社後、公社債新聞社の記者に転じ、投資信託業界を中心に取材。1992年に金融データシステムに入社。投資信託のデータベースを駆使し、マネー雑誌などで執筆活動を展開。2004年に独立。出版プロデュースを中心に、映像コンテンツや音声コンテンツの制作に関わる。
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