NHKのネット進出が民業を圧迫? 総務省から「耳にタコ」の改革要請
Finasee / 2023年6月16日 17時0分
Finasee(フィナシー)
前編『払わないと受信料が2倍に? NHKが「スマホからも受信料徴収」したいワケ』では、同社の歴史や成り立ちから、議論が尽きない受信料制度やデジタルシフトについて触れてきた。後編では今後のネット事業展開における懸念点や総務省から要請されている改革内容などについて解説していく。
ネット進出で民間メディアを圧迫する恐れも「生き残りを懸けた努力がまさに問われている」ーー。昨今のデジタル化の大きなうねりに多くの企業が翻弄(ほんろう)されるなか、NHK(日本放送協会)も例外ではないと発言したのは、2023年からNHK新会長として就任した稲葉延雄氏だ。
インターネット領域に意欲を見せる稲葉会長のもと、NHKは新たな船出を迎えた。先に述べた有識者会議の2023年2月における会合では、インターネット活用業務について、地上波放送と同じ必須業務に格上げする議論が本格化してきた。
ただしネット事業拡大にあたっては、検討すべき課題がいくつか存在する。主な論点は民間市場の混乱を招き、民業を圧迫する恐れについてだ。
安定財源である受信料収入に支えられたNHKは、民間企業より事業環境において優位といえる。そんな組織がインターネットメディアとして本格参入すれば、既存のメディア業界の勢力図を一変させかねない。そのようなリスクを冒してまで、非営利であるNHKが通信領域へさらに手を広げる必要があるのか、疑問の声は多い。
また、ネット事業の推進によって業務肥大化が進むのではないかとの懸念などもある。ネット配信だからといって供給コンテンツの範囲を拡大していけば、いたずらに経営コストの増加を招きかねない。
「三位一体改革」を推進させたい総務省との綱引きこうした検討事項に加えて、NHKはかねてから総務省から要請されてきた「三位一体改革」も推進していかなければならない。
三位一体改革とは以下に示すとおり、受信料・業務・ガバナンス(企業統治)を対象とした取り組み。NHKは関連するさまざまな施策を進めてきたが、各種報道メディアからは「道半ば」と指摘されるなど、いまだ途上といえる。さらなる改革を断行せずしてインターネット活用事業を肥大化させていけば、総務省などから「ほかにやることがあるのでは」とのそしりを免れない。
①受信料
2000年代ごろから受信料の公平負担に関する検討がたびたび行われ、支払率向上などを図るための受信料値下げの議論が本格化してきた。近年では組織内のコスト削減に努め、その利益を国民に還元することが受信料引き下げの主な目的となっている。
国民・視聴者にとって納得感のある料金としていくべく、NHKは2022年10月から、地上波放送のみ視聴できる「地上契約」、ならびに地上波とBS放送を視聴可能な衛生契約をそれぞれ1割程度値下げする予定としている。
②業務
受信料に関連して、値下げの原資確保に向けたコスト削減が重要な課題だ。番組制作費や設備の維持・補修費はもちろんのこと、人件費削減を目的とした業務委託や人事・組織制度の見直しなど「経営のスリム化」が急務となっている。
これについてもNHKは取り組みを加速させており、例えば番組制作費については2023年12月にBS(衛星)放送のチャンネル数削減を予定している。人件費に関しては、戸別訪問をして受信料の契約をする外部スタッフを大幅削減。2023年9月には全廃する方針だ。
さらに2022年、子会社5社を束ねる中間持ち株会社「NHKメディアホールディングス」を設立。実質1社として運営できる体制を整え、これまで重複してきた業務や人員の集約化に着手した。また「NHK交響楽団」など財団法人5団体を統合するなどの施策も推進している。
③ガバナンス
NHKが提供する「公共放送」の位置づけを確認しつつ、それにふさわしい運営がなされるよう、経営体制を構築していくよう求められてもいる。上述した関連団体の事業統合・再編による効率的なグループ体制構築もその一環だ。
そのほか、コンプライアンスの徹底や不祥事を未然に防ぐための組織風土づくり、個人情報保護はもちろんのこと、意思決定の透明性を図るための情報公開の推進や、第三者によるチェック体制の充実なども議論の俎上(そじょう)にあがっている。
インターネット時代、NHKの存在意義が改めて問われるこのようなネット事業拡大の妥当性、ならびに三位一体改革の進展を検証していくうえで欠かせないのが、「公共放送のありかたとは何か?」という根本的な問いだ。
例えば不偏不党を旨とするNHKが、自身の放送事業において強調する「情報の信頼性」。NHKはネット事業推進によって、「フェイクニュース、フィルターバブル(情報摂取の偏り)といった懸念を抱えるインターネットユーザーに対して、貢献余地がある」としている。
一方で相対する意見として「民放・新聞など、一定の信頼を置ける従来メディアも、インターネットを通じて発信している。NHKは従来のテレビ放送を続けていれば問題ない」との声がある。このようにインターネット時代を踏まえ、改めて公共放送が、ほかのメディアとどう差別化がなされていくべきか議論する段階にきているのだ。
また、「三位一体改革」の受信料に関していえば、ネット事業と従来の受信料制度との関係性の整理も必要だ。冒頭で述べた有識者会議での「スマホ所持でも受信料」検討も取り組みの一環といえる。
今後もし、NHKのネット事業にまつわる受信料制度が新たに整備されるならば、比較対象となりうるのは民間の動画サブスクリプションサービスだろう。「民間の定額サービスは任意で解約できるのに、NHKの配信は解約できないのか」などの議論も想定される。NHK受信料が単なる視聴の対価ではなく、公共財として国民が公平に負担するべき費用であるとのコンセンサスの形成が改めて必要だ。
以上を踏まえると、NHKのネット事業推進は、自身の存在意義を再定義する取り組みともいえる。そのプロセスには総務省の適切な意見のほか、国民の代表機関である国会の予算承認などが必要となる。われわれ国民も世論形成の面において、取り組みの妥当性を積極的に議論すべきときがきている。
文/藤田陽司(ペロンパワークス)
Finasee編集部
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