セゾン投信・中野会長退任の解任劇で露呈した「自称専門家」の知識不足
Finasee / 2023年6月15日 17時0分
Finasee(フィナシー)
セゾン投信代表取締役会長CEOの中野晴啓氏が退任することになりました。とはいっても、本人は「不本意である」というコメントを出しているように、どうやら順当なサクセッションプランによるトップ交代ではない、という様相を醸し出しています。
共同通信社を発端に広まった中野氏退任の衝撃当然ですが、この一件が報じられた後、投資信託界隈(何らかの形で投資信託について語ったり、書いたりしてご飯を食べている人たち)では、さまざまな意見が飛び交いました。
「草食投資隊」の一員として日本全国を隈なく回り、長期投資、積立投資の重要性を説いて回った中野氏だけに、急な退陣劇は一部の人間にとって衝撃的だったようで、ネットニュースやSNSなどを通じて、いくつか憶測が飛び交いました。
今回のように、いささか大きな出来事が起こると、メディアはそれを一斉に報じます。今回に関して言えば、恐らく最初に報じたのは共同通信社でしょう。
共同通信社は、加盟・契約関係にある日本全国の新聞社、放送局などに対してニュースを配信しています。特に全国紙のように日本全国に支局を持たず、主に地元のニュースを中心に追っている地方紙にとって、共同通信社から配信されるニュースは、全国規模のニュースを紙面に反映させるうえで、重要な役割を担っています。
したがって今回の件に関しても、共同通信社が報じたことによって、日本全国の地方紙が一斉に「セゾン投信代表取締役会長CEOの中野晴啓氏が退任」という記事を、ネット速報という形で掲載しました。
SNS発信のコメントは誤った情報の可能性もこの第一報が出た後、これもよくあることですが、投資信託界隈の人たちがSNSなどでコメントを書き始めました。自分自身が何を感じ、どう考えて発言するのかは、自由です。日本は言論統制の国ではないので、自分の感想をSNSで発信するのは、批判されるべきことではありません。
ただ、1つだけ注意しておきたいことがあります。それは、SNSを通じて流れてくる情報は、基本的に第三者からのチェックを、いっさい受けていない情報だということです。
例えば、新聞に掲載されている記事は、記者が取材をして執筆した後、編集デスクと呼ばれている責任者のもとに集められ、そこで内容に間違いがないかどうかチェックを受けます。
さらに、校閲部というセクションがあり、そこで誤字・脱字・衍字(えんじ:余分な文字)のチェックに加え、事実関係やデータに誤りや矛盾がないかを確認したうえで、ようやく紙面の形になります。
しかし、SNSを通じて流れてくる情報は、こうしたチェックを全く受けることなく、発信者から受け手に届いてしまうのです。だからこそ情報の鮮度が高く、速報性にも優れていると言えるのですが、発信者の情報が間違っている場合、誤った情報がそのまま世の中に広まってしまうリスクがあります。
実は中野氏の退任問題でも、専門家のコメントなどで「???」というものが散見されました。
メディアなどでも「専門家」という位置づけでコメントを寄せていますし、そういった専門家のSNSを、多くの人は「専門家のあの人がこう言っているのだから」と思って読んでしまうでしょう。しかし、その専門家のコメントが事実誤認だとしたら、どうなってしまうのでしょうか。
中野氏退任に寄せられたコメントの正当性とはいくつか、コメントを取り上げてどこが間違っているのかを考えてみましょう。ちなみにコメントを書かれたご本人の名誉もありますので、ここでは誰のコメントかは一切伏せさせてもらいます。
基礎知識の間違い「投資信託の場合は受託者側の投資方針の変更は当然に起りうるのですが(後略)」。
これは、投資信託の基本中の基本も知らないコメントです。上記のコメントの筆者は、受託者と委託者の違いも理解していないのでしょう。
投資信託において受託者とは受託銀行、つまり信託業務を営み、信託財産の受託を受ける金融機関のことを指しており、受託者には投資方針を変更させるような権限は一切ありません。
つまりこの筆者は、受託者ではなく委託者(=投資信託会社)と言いたかったのだと思われます。このような基本の知識を理解していないという点だけで、該当部分以外のコメントも正当性に疑問を覚えます。
ちなみに、たとえ委託者といえども、投資方針を急に変更することなど、できるはずがありません。
たとえばセゾン・グローバルバランスファンドの目論見書では、「ファンドの特色」という項目で、①資産配分比率は株式50%、債券50%、②国際分散投資、③低コストのインデックスファンドに投資、④原則として、為替ヘッジは行いません、という4つの特色を打ち出しています。
この投資方針は、受益者の資産の運用を委託された投資信託会社と、受益者との間で確認された、重要な約束事です。この約束事は非常に重要な意味を持っていて、これを容易に変更したりすれば、信頼性を失うことになります。
実際、セゾン投信は中野氏の退任後も、投資方針には大きな変更がないことを表明しています。
印象操作に近い物言い「セゾン投信の顧客はほぼイコール積立王子ファン」。
この話を知らない方のために補足すると、積立王子とはセゾン投信会長の中野晴啓氏のニックネームです。
確かにセゾン投信が設立された当初は、中野氏が全国で啓蒙活動をして集めたお客様が中心でしたでしょうから、この言い方もあながち的外れではないと思います。
ですが、すでに6300億円もの預かり資産を持つ投資信託会社で、その資金の大半が中野ファンの資金だとは到底思えません。この手の印象操作に近い物言いには、ある意味、世論誘導の思惑さえ感じられます。
単純な事実誤認「16年も前から全国を飛び回りコツコツ積立を奨励してきた伝道師だからこそ信じてお金を託した顧客からすれば、投資用不動産の不正融資問題を起した銀行に『移管』されたらビックリ」。
これも意味不明です。投資用不動産の不正融資問題を起した銀行とは、クレディセゾンが業務提携を結んだスルガ銀行のことを指しているのだと思われますが、このコメントを読むと、「え、セゾン投信の直販口座がスルガ銀行に移管されるの?」と読めてしまいますが、そんなことはありません。
これはあるFPの方も同じような認識を持っていて、「だから解約しようと思います」などと頓珍漢なコメントをしていましたが、ここまで事実誤認をしてくれると、むしろすがすがしさすら感じてしまいます。
***こうしたコメントを全員が全員出しているわけではなく、中には非常に良い意見を述べられている専門家もいらっしゃいますし、その内容には「さすがだな」と思います。しかし、中には専門家と言いながら、この手の認識しか持っていない人もいるということを、情報の受け手は十分に理解しておく必要があります。
間違った専門家の意見を鵜呑みにして間違った行動をとった結果、大損するなどしたら浮かばれません。資産形成には金融リテラシーだけでなく、情報リテラシーも重要な意味を持っているのです。
鈴木 雅光/金融ジャーナリスト
有限会社JOYnt代表。1989年、岡三証券に入社後、公社債新聞社の記者に転じ、投資信託業界を中心に取材。1992年に金融データシステムに入社。投資信託のデータベースを駆使し、マネー雑誌などで執筆活動を展開。2004年に独立。出版プロデュースを中心に、映像コンテンツや音声コンテンツの制作に関わる。
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