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「カードローンまでして積立投資」の若者も…ニッポン“金融リテラシー”の現在地

Finasee / 2023年7月10日 11時0分

「カードローンまでして積立投資」の若者も…ニッポン“金融リテラシー”の現在地<br /><br />

Finasee(フィナシー)

岸田政権が掲げる国民の「資産所得倍増プラン」。その具体的な政策の1つに「金融教育の普及」がある。すでに2022年度から、高校の家庭科の授業で「投資や資産形成にまで踏み込んだ金融経済教育」が必修化された。さらに幅広い世代への金融教育を国家戦略として進めるために、2024年中にも「金融経済教育推進機構」を設置する方針だ。 一見、着々と「金融教育の普及」が進んでいるようだが、見落としている課題はないのか。専修大学で金融・ファイナンスに加え、金融リテラシーを教えている渡邊隆彦教授に、日本の金融経済教育の課題について聞いた。

※本稿はfinasee Pro「大学の現場から考える 金融リテラシー向上のための金融教育 専修大・渡邊隆彦教授(元MUFG)インタビュー」(2023年6月29日掲載)を再編集したものです。

岸田政権の〝資産所得倍増プラン〟で大学生の意識にも変化も

渡邊氏は、三菱UFJ銀行でマーケット業務や投資銀行業務などで要職を歴任した後、2013年4月に専修大学商学部教授に転身した。以降、ほぼ10年にわたって金融教育の現場で教鞭を執っている。担当している講義には、「金融サービス」「国際金融」「外国為替のディーリング戦略」などが並ぶ。ここ数年、20~30代といった若年層が投資を始めるケースが増えているといわれているが、大学生にも意識の変化はみられるのだろうか。

「岸田政権が〝貯蓄から投資へ〟や〝資産所得倍増プラン〟といった政策を打ち出して以降、投資に対する学生の関心は高まっているようです。とはいえ、多少関心度が上がったという程度で、金融知識の必要性を切実に感じるようになったのか、といえば、まだまだではないでしょうか」(渡邊氏/以下同)。

2019年に起きた「老後資金2000万円問題」のときにも、学生の間で多少話題にはなったそうだが、「老後資産作りには長期投資が重要とはいっても、学生にとっては〝老後〟や〝長期〟という言葉は現実味が薄く、自分事としては捉えにくい。真剣に授業を聞いてもらうためには、単位が取りやすい講義として教える必要があります(笑)」

日銀と提携し「金融リテラシー」講座を展開

大学では新しい試みにも取り組んでいる。金融リテラシーの講義は、日銀が事務局となっている金融広報中央委員会と〝タイアップ〟をしている。毎回授業ごとに、全銀協や投信協会、FP協会といった団体から講師を招き、授業を行っているという。学生に少しでも興味を持ってもらう工夫だ。

「今の大学生は真面目です。ただ、裏を返すと物事を鵜呑みにしやすいところもあります」。渡邊氏は、ゼミの卒業生から次のような話を聞いた。社会人になってから積立投資を始めたが、しばらくすると、収入の範囲では積立投資を続けることが難しくなってきたので、カードローンで借りたお金で積立てを続けたという。とにかく、積立投資は続けなくちゃいけないという思い込みが先行してしまったのだ。

「金融リテラシーが身についていれば冷静な判断ができます。しかし、それをきちんと学ぶ機会はほとんどありません。そこで、大学の授業として学生に受講してもらおうと思ったのです」

「貯蓄から投資へ」の前に金融リテラシーの向上を

岸田政権は「金融教育の普及」を目指し、国民の「貯蓄から投資へ」を加速させようとしている。これに対して、教育現場で日々学生と接している渡邊氏は疑問を呈する。「投資教育の前にやるべきことがあります。それは前述したような金融リテラシー教育です」

金融リテラシーといっても、渡邊氏は「基本的な知識があれば十分です」と述べる。具体的には、債券と株式の違い、金融商品の現在価値、実質金利と名目金利、複利計算といった資産運用に関わることに加えて、健康保険の高額療養費制度や、住宅ローンの団体信用生命保険、クレジットカードのリボ払いでは支払利息総額がかさむことといった、知らないと損をしてしまうような知識のことだ。

社会人になる前に知っておくべき金融知識もある。例えば、「1円スマホ」と呼ばれているスマホの割賦販売の内容についてだ。現在は、「1円」という設定こそ少なくなったが、端末代金の分割払いと月間の通信料を合算して支払うスマホの購入方法がある。学生の場合、月々の支払いが遅延しても大した問題にはならないと甘く考えている学生は少なくない。端末代金の分割払いは割賦販売となるため、支払いの遅延はユーザーの信用情報を毀損することになる。授業でそういった話題を取り上げると、多くの学生は驚くという。

「リテラシー=知識×判断力だと考えています。したがって、正しい知識を学ぶと同時に、自分の頭で考えてもらうことが大切です。正しい知識を使って判断力を養っていけば、社会人に必要な金融リテラシーは磨かれていくでしょう。そうすれば、複雑な仕組み債や貯蓄性の保険商品には手を出さない、といった正しい判断ができるにようになるはずです。そうしたステップを経た後で、投資をするかどうかを本人に委ねるべきです。前段階を省いて、いきなりリスクマネーの供給を個人に要求するような政府のやり方は再考の余地があると思います」

金融教育における行動経済学的なアプローチの可能性

金融庁は、ホームページにさまざまなパンフレットや教材を掲載している。個人投資家を対象としたものだけでなく、小学生から中学生・高校生向け、さらに社会人になる人に向けて、かなりボリュームのある教材を公開している。金融知識についても、平易な言葉で説明するなど工夫がみられる。

「頑張って作成していることは伝わってきます。ただ、どうしても総花的にならざるを得ず、深い話はできない。動画なども作っているのですが、〝タイパ〟(タイムパフォーマンス)重視の今の学生は、早送りして見てしまうでしょう。普通に作っているだけではダメで、やはり、興味を持ってもらう工夫が必要になります」

渡邊氏は、行動経済学的なアプローチが有効だと考えている。行動経済学とは、人間の行動は、個人の感情や心理に左右されて必ずしも合理的ではないことを想定して、社会で人間がどのように行動するかを分析する経済学だ。従来の経済学である、人間は個人の利益を最大にするような合理的な判断に基づいて行動する、という理論とは一線を画す。

行動経済学で最も有名な理論の1つに、『損失回避の法則』がある。人間は無意識のうちに損失を回避する傾向があるというもので、そうしたテーマを落とし込んだ講義は、学生が関心を持ってくれるという。「行動経済学には心理学の要素があるので、学生にも思い当たる点がある。自分の身近なこととして考えることができます」

「インベストメント・チェーン」のインフラ強化も喫緊の課題

2024年からNISAが新しくなり、非課税保有期間の無期限化や口座開設期間の恒久化により、非課税となる保有限度額が増額される。「NISA制度の拡充自体は歓迎できますが、NISAを使って投資することを前提として、金融教育を普及させるという政府のやり方は考え物です。金融リテラシーもそうですし、税金や社会保険料、特に年金や健康保険に関することなど、投資する前に個人が知っておくべきベースの知識はまだまだあります」

教育が必要なのは学生や個人だけではない。金融庁は、インベストメント・チェーンの機能の強化を打ち出している。販売会社やアドバイザー、アセットオーナー、資産運用業者といった、インベストメント・チェーンに参加する各主体にも、能力の向上が求められていると渡邊氏は指摘する。「インベストメント・チェーンの担い手を育成するインフラが圧倒的に不足しています。個人に対して『貯蓄から投資へ』の旗を振る前に、政府が取り組むべき課題は山積しているのです」。やみくもに投資を推進するのではなく、現場の声を採り入れた金融教育全般の見直しが先決となりそうだ。

最後に、NISAやiDeCoといった税制優遇制度の活用によって、「貯蓄から投資へ」を実践し始めた資産形成層に向けたメッセージとして、渡邊氏はこのように語った。「税金面での有利さはフルに活用すべきです。ただ、今の相場つきから見て、今年から来年にかけて投資デビューすると『高値づかみ』でのスタートとなってしまう可能性は相応にあると思います。たとえそうだったとしても、一度投資を始めたならば一喜一憂せずに腰を据えて投資継続する胆力を持ちましょう」

 

 

渡邊隆彦氏・専修大学商学部教授

三菱UFJ銀行(現)にて主に市場業務、投資銀行業務を担当後、三菱UFJフィナンシャル・グループ コンプライアンス統括部長、国際企画部部長を歴任。2013年4月より現職。日本郵政「グループコンダクト向上委員会」委員等も務める。東京大学工学部卒、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院修了。

 

Finasee編集部

金融事情・現場に精通するスタッフ陣が、目に見えない「金融」を見える化し、わかりやすく伝える記事を発信します。

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