食品なら10円差も敏感なのに…金融商品だと「思考停止」に陥る日本人が多いワケ
Finasee / 2023年8月9日 11時0分
Finasee(フィナシー)
企業が事業のために資金を調達し、運用するファイナンス。その考え方はビジネスパーソンにとって必須項目なだけではなく、投資にも役立つものです。しかし、ファイナンスについて学びたい……という決意に立ちはだかるのが、難しい数式や計算です。
そんなビジネスパーソンに寄り添うのが、経営者や企業家、コンサル、投資家など最前線のプロたちの意思決定を支えてきたファイナンス理論を石野雄一氏がわかりやすく解説する、話題の書籍『増補改訂版 道具としてのファイナンス』。今回は本書冒頭の序章「ファイナンスの武者修行」、第1章「投資に関する理論」の一部を特別に公開します。(全3回)
※本稿は、石野雄一著『増補改訂版 道具としてのファイナンス』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
ファイナンス理論は「ビジネスの共通語」重要なことを先に言っておきましょう。
「ファイナンス理論を学んでも儲かりません」
したがって、儲けようと思っている人がこの本を買うと後悔することになるでしょう。
「ファイナンス理論を学んでも、財務的な問題がすべて解決するわけではありません」
実際のビジネスの現場では、すべての意思決定がファイナンス理論に基づいているかというと、決してそんなことはありません。しかし、ファイナンス理論はビジネスを行なううえでの世界の共通言語です。
ファイナンスに限らず、すべてのことには基本があります。この基本を知ったうえであえて、その基本からはずれた意思決定を行なうのと、まったく知らないで意思決定を行なうのとでは雲泥の差があるでしょう。
ここで1つ、クイズです。あなたは、友人から「5年後に確実に100万円が当たる宝くじがあるんだけど、いま、それを買ってくれないか」と言われました。さて、あなたはいったい、いくらで買えばいいのでしょうか?
もし「100万円で買ってあげるよ」と言ったら、ビジネスの世界では確実にカモにされるでしょう(クイズの答えは第3回参照)。
エコノミストの吉本佳生氏は、著書 ※1の中で、「金融機関は、風俗業界と同じような商売のやり方をしていると思っておけば、おおむね正しいイメージでつきあうことができる」としています。どちらも、「欲望が判断を狂わせる」という点をうまく突いて、「ぼったくり商品」を売っているケースも多いということです。
※1 『金融広告を読め どれが当たりで、どれがハズレか』(光文社新書)
スーパーの特売のチラシをそれこそ目を皿のようにして眺め、10円、20円の差に敏感な日本の消費者が、なぜか金融商品の前では、まったくの思考停止に陥ってしまいます。これは、本来の商品価値を判断する知識がないからです。
ビジネスで大切なのは「儲ける」ことここで確認しておきます。価格と価値 ※2は違います。本来の価値を知らずして、価格の低さで一喜一憂しているわけです。多かれ少なかれ、「価格の不透明性」が収益の源泉であるというのは、どんなビジネスにも当てはまることです。それが顕著なのが、風俗業界と金融ビジネスということでしょう。
※2 投資家ウォーレン・バフェットは、「価格とは、何かを買うときに支払うもの。価値とは、何かを買うときに手に入れるものです」と述べています。
ひるがえって、ビジネスの現場ではどうでしょうか? 状況はそれほど変わりません。たいていの企業は、ビジネスというゲームのルールを知らないで戦っているのが現状です。では、ビジネスというゲームのルールは何でしょうか?
「お客様の満足のいく商品をリーズナブルな価格で提供する」
確かに大事ではありますが、それは、ゲームを続けていくために必要な1つの要素にすぎません。ルールは簡単です。「儲ける」ことにつきます。「そんなの当たり前だろ」と言う人が多いと思います。そんな人に聞いてみましょう。
「昨年1年間の株式投資で5,000万円のキャピタルゲイン(売却益)を獲得したあなたは、儲かっていると言えますか?」
「わかりません」と答えるのが正解です。儲かっているか否かを判断するには、少なくとも投下資本と調達コストを考慮する必要があります。投下資本というのは、5,000万円のキャピタルゲインを得るためにいくらのお金を投資したかということです。
見るべきは、キャピタルゲインの絶対額ではなく、リターン ※3です。この場合に5億円の投下資本であれば、利回りは10%ですし、20億円であれば、2.5%になるわけです。
※3 リターン(利回り)は、「アウトプット/インプット」で計算できます。この例ではアウトプットは5,000万円のキャピタルゲイン、インプットは投下資本にあたります。
仮に利回りが10%だとしても、5億円の調達コストが15%であれば、逆ザヤになってしまいます。世間では、運用サイドのリターンばかり気にする風潮がありますが、「調達サイドのコスト」がわかっていないと意味がないわけです。
ところが、いまだにマスコミは、「総資産いくらの大企業」という特集を組んだりしています。それだけの資産を維持するためのコストについては、まったく考えがおよんでいないのです。
ビジネスパーソンの多くはマーケティングについては一定レベル以上の知識と理解を持っていますが、ファイナンスについてはほとんど知識を持ち合わせていないのが現実です。
ところが、ビジネススクールでMBAを取得しようとすると、マーケティングもファイナンスも必修科目なのです。それだけファイナンスの重要性が認識されているにもかかわらず、多くのビジネスパーソンは気がついていません。
ここは本記事にたどり着いたあなたにとって大チャンスなのです。
「ファイナンス」の読み書き能力があれば、少なくとも100円の価値のものを1,000円で買うようなことや、反対に、1,000円の価値のあるものを100円で売ってしまうようなこともなくなるのです。
ファイナンスとは企業は、資本市場から調達した資金を事業に投資します。投資した資金は、商品の製造・販売を通してリターンを生み出し、そのリターンを利息や配当という形で資本市場に還元するわけです。また、リターンの一部を内部留保という形で企業内で再投資します。この一連の流れの中で企業が行なう財務的な意思決定の方法を学ぶ学問がファイナンスです。
企業が行なうべき財務的な意思決定は大きく分けて、次の3つです。
①調達した資金をどこに、いくら投資すべきかという意思決定(投資に関する意思決定)
②投資のための資金を、どこから、どのように調達してくるかという意思決定(資金調達に関する意思決定)
③株主に対して、資金をどのような形で、いくら還元すべきかという意思決定(株主還元に関する意思決定)
それでは、これらの意思決定の先には何があるのでしょうか? それは、企業価値の最大化です。企業たるものすべて、その限られた経営資源(人、モノ、金、情報、時間)を有効に活用し、投資しなくてはいけません。また、その投資のためには、最適な資金調達を考えなくてはいけません。そして、株主が要求するリターンを上げるだけの投資案件がなければ、当然のことながら、株主にキャッシュを返す必要があるわけです。
先に述べた、企業の財務的な意思決定に関する部分のことを、ファイナンスの中でも特に、コーポレート・ファイナンス理論(corporate finance)と呼ぶことがあります。
次回からは、現在価値、将来価値などのお金の価値の考え方を学びます。これは、ファイナンスの中でも、最も重要な考え方です。
また、企業は投資なくしては、価値創造はできません。資金の提供者である株主や債権者に報いるためには、「何を基準に投資を行なえばいいのか」、その投資に関する意思決定の根拠となる考え方を説明します。
●第2回(デキる人は説明できる!「明日の100万円より、今日の100万円が価値が高い」 理由)では、投資の意思決定などにもまつわるシンプルかつ重要な、お金の時間価値について解説します。
『増補改訂版 道具としてのファイナンス』石野雄一 著
発行所 日本実業出版社
定価 2,750円(税込)
石野 雄一/財務戦略コンサルタント
上智大学理工学部卒業後、旧三菱銀行に入行。9年間の勤務を経て退職後、米国インディアナ大学ケリースクール・オブ・ビジネス(MBA課程)修了。帰国後、日産自動車に入社。財務部にてキャッシュマネジメント、リスクマネジメント業務を担当。2007年より旧ブーズ・アレン・ハミルトン(現:Strategy&)にて企業戦略立案、実行支援等に携わる。2009年に同社を退職後、コンサルティング会社である株式会社オントラックを設立し、企業の投資判断基準、撤退ルールの策定支援、財務モデリングの構築、トレーニングを実施している。著書に『ざっくり分かるファイナンス』(光文社新書)、『実況! ビジネス力養成講義 ファイナンス』(日本経済新聞出版)などがある。
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