デフレが染みついた日本人の多くが困惑中!? なぜ物価高は続くのか
Finasee / 2023年7月31日 15時0分
Finasee(フィナシー)
30歳以下はインフレ未体験
読者の中で、30歳より若い方たちは生まれついてこのかた、モノの値段が上がる、少なくとも同じモノの値段が毎年上がるという経験はほぼ無いのではありませんか。
論より証拠。こちらのグラフを見てください。
これは、第二次世界大戦が1945年に終結した2年後の1947年から2022年までの日本の消費者物価指数の推移です(総務省統計局のデータを基に労働政策研究・研修機構が作成)。コロナ禍が始まった2020年を100とした指数で、1990年代前半までは相当の右肩上がり。その後はほぼフラットです。
今年30歳になる方たちが生まれたのは1993年で、このあたりからカーブは水平になり、若干の上下動はあるものの、以後30年間は物価水準が全く上がらない時期が続いてきたわけです。
またニッセイ基礎研究所・経済研究部准主任研究員の山下大輔氏が執筆したコラムの中にIMF(国際通貨基金)のデータを基に算出した大変興味深い数字があります(2022年12月公表)。それによると、日本の1987年の消費者物価を100とすると2022年には120.5となり、35年間で物価は約2割上昇したことになります。
この時期、世界各国はどうだったのか。
日本以外のG7各国(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、英国、米国)で同様の計算をすると、この35年間で2倍から2.5倍になったとのこと。
バブル崩壊後の日本は1990年代後半以降、前年比の物価上昇率がゼロからマイナス1%台にまで落ち込んだわけですから、この時期以降の状況がいかに特異なものだったかが分かります。
日米とも40年ぶりの高水準それが今はどうでしょう。言うまでもなく、様変わりしましたね。日本国内では2021年9月ごろから徐々に物価が上がり始め、2022年春頃からあらゆる品目で物価上昇が目立ってきました。消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は2022年10月には前年同月比3.6%上昇しました。この上昇幅は1982年2月以来40年ぶりの大きさです。2023年6月でも、2020年を100とした同指数は105.0、前年同月比はなお3.3%の上昇です。
米国は凄まじいレベルになっています。2022年初めから急速に物価が上昇し、同年6月に消費者物価指数(CPI)はピークの前年同月比9.1%をつけました。この間に急速かつ大幅な金利引き上げが行われたのは周知のとおりです。直近の今年5月は鈍化したものの、それでも4.0%でした。ある外資系運用会社のレポートによると、最近ニューヨークに出張した社員がホテルの売店で買ったエビアンの水は6.99ドル(1ドル140円換算で978円)、近くで食べたラーメンは22ドル(同じく3080円)だったそうです。この方は「できることなら、このまま一生日本に住み続けたい」との感想を綴っていました。
戻った需要、追いつかない供給
この様変わりの原因は何だったのでしょう。多くの識者の見解をざっくり整理してみます。今回の原因は、米国などの先進各国や日本もほぼ共通していますので、お話は米国をベースとしたものになります。
■コロナ禍で感染防止のために働けなくなった個人への現金給付など、大規模な財政支出を行なった
■売り上げが激減した企業や金融機関を支えるために、ゼロ金利・量的緩和政策を実施した
■コロナ禍やウクライナ戦争でサプライ・チェーンが断裂あるいは混乱した
こうした結果、コロナ禍が収束して人々や企業の活動が活発になって「需要」が急拡大した際に、人材不足を中心とした「供給」が追いつかないことからインフレが急速かつ大幅に進んでしまった。おおむね、こうした理解で間違いないでしょう。
「グレート・インフレーション」と「狂乱物価」
現在進行形のインフレの水準や規模が、1970年代から80年代初めにかけての「グレート・インフレーション」を想起させるという指摘が米国で出ています。
この時期、米国では消費者物価上昇率はピークには15%近くまで達しました。原油価格が大幅に引き上げられた石油ショックが1973年と1978年に起きたことや、金融緩和が原因だったとされます。インフレ抑制のためにFRB(米連邦準部制度理事会)のポール・ボルカー議長(当時)は急激な金融引き締めを実施。1981年1月には政策金利は19%台にまで急騰しました。
実は日本でも、1974年には全国の消費者物価指数が前年比23.2%も上昇し、「狂乱物価」と言われました。やはり契機は石油ショックですが、当時の田中角栄首相が提唱した「日本列島改造論」に端を発して株価、地価、さらに賃金も上昇したことなどが背景にありました。今では想像を絶しますが、1973年の春闘は20.1%の賃上げで妥結しました。
本当の「お手本」は1946年〜1948年?
FRBが学ぶべきは1970年代からの「グレート・インフレーション」ではなく、第二次世界大戦後の1946年から1948年にかけてのインフレだーーそう強調するのは、米国の運用会社グッゲンハイム・インベストメンツのスコット・マイナード氏(グローバルCIO)です。2022年3月に発表した論文で、次のように述べています。
1970年代から1980年代にかけての米国はベトナム戦争、大規模な社会福祉政策、オイルショックなど、現在とかけ離れた特殊な状況に置かれていました。一方で1946年から1948年のインフレの原因は、戦時から平時の生産体制への移行に伴う混乱から来る供給不足、消費財需要の回復、高い貯蓄水準、通貨供給量の急激な増加などで、より現在の状況に似ています。
そのうえで、当時のFRBは金利引き上げに頼らず、通貨供給量を抑えることでインフレを退治したと分析。金融政策が今、手本とするのはこちらの方だ、というわけです。
100年前の日本にも教訓日本の過去にも「温故知新」の材料がある、という指摘があります。
先日出席した機関投資家向けのセミナーで、日本銀行出身でいちよし証券の愛宕伸康チーフエコノミストが、1919年から1928年にかけて2度にわたって日銀総裁を務めた井上準之助が行なった講演を紹介していました。それによると井上は、第一次世界大戦が終結する半年ほど前の1918年6月から「根拠のない空景気というものが出てきた。その時に日本の多数の人はこういうことを考えておったのであります。すなわち、世界各国通貨が非常に膨張している」と指摘したというのです。確かに当時の東京株式取引所指数は約1年で53.8%上昇したものの、日銀による1919年10月と11月の連続利上げで、わずか半年間で52.5%下落しています。あたかもこの時期、1918年から1920年にかけてはスペイン風邪が世界中で感染爆発を起こし、数千万人が死亡したとされています。
今、私たちはコロナ禍やウクライナ戦争という未曾有の出来事と、それらに対する異次元の対応策を目にしています。しかし、これまで述べてきたように、今後を考えるヒントが過去にないわけではなさそうです。時折、歴史を振り返って頭の体操をするのも悪くないと思っています。
阿部 圭介/経済ジャーナリスト
1980年、朝日新聞社に入社。金沢、大津両支局を経て整理部で紙面編集を担当。その後、経済部記者として金融、証券、情報通信や運輸省(現在の国土交通省)などを取材。経営企画室長、大阪本社編集局長、不動産子会社の朝日ビルディング社長を経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事。札幌市出身。
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