鵜呑みにしてはいけない⁉ 「安定運用」が魅力の投資信託に潜む懸念
Finasee / 2023年8月23日 17時0分
Finasee(フィナシー)
「この投資信託はさまざまな資産を組み入れて運用します。分散投資効果が高く、安定運用が期待できます。これから投資を始める方にはぴったりですよ」。
2024年の新NISAのスタートまで4カ月とちょっと。恐らく金融機関の店頭では、上記のようなセールストークが飛び交うことになるのではないか、と考えています。なぜなら、多くの金融機関が取り込みたいのは、まだ株式や投資信託の保有経験を持たない投資初心者だからです。
金融機関はどれだけ“投資初心者”を引き込めるかが勝負いささか古いデータになりますが、2022年6月に日本証券業協会と株式会社日本取引所グループが行った「2021年度 国民のNISAの利用状況等に関するアンケート調査報告書」によると、過去において有価証券への投資経験を持たない回答者が、全体の57.3%を占めていました。有価証券を現在保有している人の割合は、全回答者のうち35.7%でした。
2016年2月時点で金融庁が行った「国民のNISAの利用状況等に関するアンケート調査」では、67.3%が有価証券投資未経験であったため、その数字からは10%の改善となりましたが、それでも半数超の人が投資未経験者です。
これらの数字を見ても、投資は今でも一部の人が行うものであることが分かります。逆に言えば、この投資を全くこれまで経験したことのない人たちを、新NISAのスタートを機会に投資の世界に引き込むことができれば、大きなマーケットを確保できます。
恐らく今年の秋口あたりになれば、新NISAの口座開設に関する各金融機関の動きが、一段と活発になってくるでしょう。
投資初心者の障壁は「元本割れリスク」にありただ、新NISAによって1800万円もの非課税枠が認められたからといっても、銀行預金に置いてある資金を、株式や投資信託に持ってくるような人は、そんなにいないのではないかと思われます。なぜなら、元本割れのリスクが怖いからです。
そもそも元本割れリスクを、自分自身でしっかりコントロールできるような人であれば、とっくの昔に投資をしているはずです。元本割れリスクを軽減する方法を知らず、メンタル面でも不慣れだからこそ、預貯金に多額のお金を置いているのです。
そういう人が、1800万円の非課税枠が得られるということだけで、投資を始めるとはとても思えません。
安定性を強調した投資信託ができた背景そこで金融機関は考えました。「預貯金にお金を置いている人たちの関心を投資に向かせるためには、安定性の高さを売りにした投資信託を組成すればいい」と。
例えばバランス型の投資信託はその典型でしょう。株式だけでなく、国内外の債券、国内外の不動産投資信託、金やその他のコモディティも含めて、非常に幅広い資産クラスに分散させることにより、価格変動リスクを抑えた運用が期待できることをアピールし、元本割れリスクに不慣れな個人の関心を、投資に向かせようという魂胆です。
元本割れリスクを抑えて安定運用することを強調した投資信託は、他にもあります。債券型投資信託もそうですし、少し前まではオプション取引などを組み合わせることによって、日経平均株価が一定水準以下にならなければ元本確保する、リスク軽減型投資信託などもありました。
確かに、この手の投資信託は、これまで預貯金だけでしかお金を運用してこなかった人に取っつきやすい面があります。なぜなら、元本割れリスクが軽減されている気がするからです。ですが、本当に元本割れリスクが軽減されている点を、投資初心者の方たちは歓迎するべきなのでしょうか。
リスク軽減型投資信託の問題点まず、オプション取引などを組み合わせてリスク軽減を図っている、リスク軽減型投資信託ですが、これは全く投資する意味がありません。
リスク軽減型投資信託とは、たとえば今の日経平均株価が3万4000円だとして、3年後の価格判定期間中に2万9000円にタッチしなければ元本が確保されます、といった仕組みを取り入れた投資信託です。一方、基準価額が1万1000円になった時点で保有資産を全部債券に組み換えることにより、基準価額が下がらないようにする、といった特徴も併せ持っています。
ただ、これを冷静に考えると、リターンは10%で打ち止め。一方でリスクは無限大、ということになります。なぜなら、日経平均株価が瞬間でも2万9000円にタッチしたら、その時点で元本確保の特約が失われ、あとはマーケットの値動きに応じて、償還時の基準価額が決まるからです。つまり、あとは野となれ山となれということです。
仮に、日経平均株価が2万9000円をさらに下回り、2万8000円、2万7000円というように下がっていったら、リスクだけがどんどん増大します。リスク軽減型投資信託のリスクが軽減されるのは、あくまでも日経平均株価などの対象資産が、一定水準まで下がらないことが前提になるのです。
バランス型投資信託の問題点バランス型ファンドも、一見すると非常に便利な商品であるように見えるのですが、これをポートフォリオに組み入れる意味が曖昧という問題点があります。
大半の人は、リスク資産のみで資産を保有することはないでしょう。どれだけリスクラバーな人でも、一定額は預貯金で保有しているはずです。そうであるにもかかわらず、例えば株式と債券に半々で投資するバランス型投資信託を購入したら、どうなるでしょうか。
恐らく、購入した当の本人は、バランス型とはいえ元本割れリスクはあるわけだから、100ある資産のうち50を預貯金で、残り50をバランス型投資信託で持つのが、自分にとってリーズナブルなリスクだと考えるかもしれません。
しかし、よく考えてみてください。株式と債券に半々で投資するバランス型ファンドだとしたら、50でリスクを取ったつもりでいても、実はその50のうち25は、債券によって安定運用されていることになります。
つまり、ポートフォリオ全体で見ると、リスクを取っているのは50を配分しているバランス型投資信託の25の部分だけであり、保有資産全体で見ると、ほとんどリスクを取っていない、ということになるのです。
もちろん、全資産を1本のバランス型投資信託で運用するのであれば、バランス型投資信託で運用する意味はあるのですが、投資信託1本で全資産を運用する人は、ほとんどいないでしょう。
***元本割れリスクのコントロールは商品単体で行うべきものではなく、自分が持っている全資産のなかでコントロールするものです。このように考えると、バランス型投資信託や債券型投資信託は、特に買う意義が見当たらないということになります。
販売金融機関が提案する安定運用という言葉をうのみにせず、自分で考えてリスクをコントロールするクセを付けることが、自分で納得のいく資産運用をする第一歩になるのです。
鈴木 雅光/金融ジャーナリスト
有限会社JOYnt代表。1989年、岡三証券に入社後、公社債新聞社の記者に転じ、投資信託業界を中心に取材。1992年に金融データシステムに入社。投資信託のデータベースを駆使し、マネー雑誌などで執筆活動を展開。2004年に独立。出版プロデュースを中心に、映像コンテンツや音声コンテンツの制作に関わる。
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