インフレや経済成長では力不足…低金利の今、国の「財政健全化」を進めるべき理由
Finasee / 2023年10月11日 11時0分
Finasee(フィナシー)
2023年1月、岸田首相が年頭会見で検討を表明した「異次元の少子化対策」。その中で、岸田首相は「少子化問題は待ったなしの課題」であり「将来的なこども予算倍増に向けた大枠を提示していく」考えを示しました。今後、さらなる財政拡大が予測されます。
話題の書籍『教養としての財政問題』では、膨張傾向にある財政や社会保障制度の立て直しや経済を成長軌道に乗せる前途について、経済企画庁(現内閣府)勤務経験をもつ島澤諭氏が解説。今回は、本書第1章「財政破綻しなくても財政再建が必要な理由」の一部を特別に公開します。(全3回)
●第2回:補正予算はもはや“年中行事”化…政府が「バラマキ」を続ける根本的な要因
※本稿は、島澤諭著『教養としての財政問題』(ウェッジブックス)の一部を再編集したものです。
4つの要因に分解国の債務残高対名目GDP比急増の原因を探るため、1970年度以降の国の債務残高対名目GDP比の変動を、プライマリーバランス要因、実質経済成長要因、名目金利要因、インフレ要因に分解したのが、表1-1である。
表1-1:国の債務残高対名目GDP比(%)の要因分解(出所)内閣府、財務省資料により作成なお、各要因が債務残高対名目GDP比に与える影響は、プライマリーバランス要因については、歳出が歳入を下回る黒字であれば減らす方向、逆に歳出が歳入を上回る赤字であれば増やす方向に働く。
実質経済成長要因はプラス成長であれば債務残高対名目GDP比を減らす方向に働き、マイナス成長であれば増やす方向に働く。名目金利要因に関しては、通常、債務残高対名目GDP比を増やす方向に働く。
物価要因は、物価変化率がプラスの場合(インフレ)は債務残高対名目GDP比を減らし、マイナスの場合、つまりデフレの場合は、増やす方向に働く。
表1-1によれば、プライマリーバランス要因は一貫して債務残高を増加させる方向に働いている。これはプライマリーバランスがバブル期を除き赤字で推移してきたことを意味する。
特に、2000年代以降は、その特徴が顕著になっている。内訳を見ると、歳出要因は1970年代以降1990年代に至るまで、債務残高対名目GDP比を増やす寄与を下げていたものの、2000年代以降寄与が増加している。
一方、税収要因は1980年代をピークに債務残高対名目GDP比を減らす寄与が小さくなり、2000年代でもっとも小さくなった後、2010年代は回復している。
インフレや経済成長では力不足財政再建は、増税や歳出削減を行わずともインフレや経済成長によって達成できると主張する向きもあるが、実際には、実質経済成長要因や物価要因の債務残高を減らす方向での寄与を見ると、債務残高対名目GDP比を大きく減少させるには力不足であると指摘できる。
しかも、2000年代以降のデフレ期においては、物価要因は逆に債務残高を増やす方向に寄与している。名目金利要因に関しては、一貫して債務残高対名目GDP比を増やす方向に作用しているものの、1980年代をピークにその寄与は低下し、特に足元では政府債務残高の増加にもかかわらず、債務残高対名目GDP比の増加にはほとんど寄与していない。※1
※1 ちなみに、このような債務残高の増加にもかかわらず利払い費が増えない現象は「金利ボーナス」と呼ばれている。これは、日本銀行による金融政策などによって金利が低く抑えられていることによるものであり、財政運営を楽にするプラス面がある一方で、財政規律がうまく働かなくなり財政再建の必要性を忘れさせるマイナス面も指摘されている。
このように、債務残高対名目GDP比を減らそうと思えば、経済成長やインフレに頼るだけでは全く不十分であり、プライマリーバランスの改善、つまり、歳出削減か税収増、あるいはその両方を行うことで、プライマリーバランスを黒字化することが喫緊の課題である。
さらに言えば、金利ボーナスが作用している間に財政健全化を進めた方が、財政健全化に伴う国民の「痛み」が利払い費負担の減少分だけ小さくなるので、合理的である。
国民的合意が得られない財政健全化現実には、近年は毎年200兆円超もの国債が安定的に消化され、その発行金利も低下を続けている。その結果、利払い費やインフレ率も低位で推移するなど、政府債務を取り巻く環境は安定している。一部専門家の懸念をよそに、現在までのところ、財政が破綻する兆候は示されていない。
このため、消費税の引き上げや歳出削減などさらなる財政健全化への国民的な合意は得られていない。こうした「国民の声」を意識してか、岸田文雄総理は、安倍晋三元首相や菅義偉前首相と同様、「消費税は当面引き上げることはしない」と発言している。
しかし、今世紀中も継続する「高齢者の高齢化 ※2」は社会保障給付を増加させ、他の事情が一定であるならば、大きな歳出増加圧力になると見込まれる。※3※4
※2 「高齢者の高齢化」とは65歳以上の高齢者全体に占める後期高齢者のウェイトが上昇を続けることを指す。1955年には65歳以上人口に占める75歳以上の比率は29.2%だったものが、2018年には51.5%(65歳以上の高齢者3558万人のうち、65歳から74歳1760万人、75歳以上1798万人)と初めて75歳以上人口が過半数を超え、2065年には66.5%に達する見込み。
※3 内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省が2018年5月に公表した「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」によると、社会保障給付費の対GDP比は、2018年度の21.5%から2040年度には23~24%程度になると見込まれている。
※4 財務省の試算によれば、2019年時点で、一人当たり国民医療費の国庫負担額は、65~74歳8.0万円に対して75歳以上32.4万円と約4倍、一人当たり介護費の国庫負担ではそれぞれ1.3万円、12.7万円と約10倍になっている。
こうした将来の歳出増加圧力に備え、また、今般の新型コロナ禍のような「緊急事態」に備え、政府が財政制約を気にせず大胆に機動的に対処できる余力を残しておくためにも、これ以上の政府債務残高の積み上がりを避け、可能であるならば削減しておくことは、財政の自由度を確保し、財政破綻を避けるためにも、喫緊の課題であることには疑いの余地はない。
『教養としての財政問題』島澤諭 著
発行所 ウェッジブックス
定価 1,980円(税込)
島澤 諭/関東学院大学 経済学部 教授
1994年東京大学経済学部卒業 同年4月経済企画庁入庁。調査局内国調査第一課、総合計画局計量班、調査局国際経済第一課等を経て2001年内閣府退官。02年秋田経済法科大学経済学部専任講師、04年10月秋田大学教育文化学部准教授。15年4月から中部圏社会経済研究所研究部長を経て、22年4月より現職。著書に『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞社)、『年金「最終警告」』(講談社現代新書)など多数。
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