「軽い気持ちで…」巨額の負債を抱えた外科医、追い打ちをかけた後妻の“ある秘密”
Finasee / 2023年9月28日 11時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
外科医・中井恭一。ある日突然、妻が浮気の証拠をテーブルに叩きつけ、アメリカへ飛び立った。それから、恭一の順風満帆な人生が少しずつ狂い始めた。
●前編:【エリート外科医の大誤算…完璧な人生を狂わせた“たった1つの過ち”】
儚く終わった結婚生活の後始末花林が出ていって5年になる。
あの頃の俺は相当取り乱していたように思う。花林から送られてきた離婚届に判を押す以外に、短い結婚生活の後始末が山ほどあったからだ。
タワマンの購入から2年ということもあり、住宅ローンは残高が家の評価額を大きく上回る“オーバーローン”の状態だった。売却すると巨額の借金だけが残る。
俺がここに住み続けることを前提にペアローンの解消を図ったが、花林の持ち分を住宅ローンと共に引き受ける「免責的債務引受」は融資先の金融機関からOKが出なかった。
やむなくローン自体を借り換えることになったのだが、ワケアリのケースに対応するローン会社を選ばざるを得ず、貸し出し金利が大きくアップして月々の返済額は3倍近くに膨れ上がった。
一方で、花林は弁護士を通して俺の不貞による精神的苦痛を主張し、500万円もの慰謝料を請求してきた。これは花林に同情した俺の親が払ってくれた。開業医の父親と花林は不思議とウマが合い、両親からは俺が悪いと一方的に責められた。
再婚後の生活追い詰められた俺は愛人の詩織への依存を強め、離婚の2年後には詩織と授かり婚をした。その時に生まれた娘の愛梨は2歳になる。
詩織は俺との結婚が決まって間もなく病院を辞めた。詩織の収入がなくなるのは痛かったが「子育てに専念したい」と言われればノーとは言えない。詩織は出産後タワマンの中のママ友グループに入り、キッズルームで過ごしたり、TDR(東京ディズニーリゾート)やランチに出かけたりと楽しくやっているようだ。最近は愛梨の幼稚園の受験準備に熱を上げている。
詩織から聞かされるのは専ら、リーダー格の莉子ちゃんのママは元航空会社のCAで女優さんのようにきれいだとか、葵ちゃんの商社マンのパパは海外に単身赴任していてコロナでなかなか帰ってこられなくて大変らしいといった仲間内の話ばかりだ。
花林と暮らしていた頃はこのマンションにそんな世界があるとはつゆ知らず、最初のうちは新鮮だったがすぐに飽きた。
開いた元妻とのキャリアの差忌々しいのは、花林と別れてから病院内での俺の立場が微妙になったことだ。消化器外科の科長が他病院に引き抜かれた後、後任に指名されたのは2年下の後輩だった。
一方、花林は湾岸にオープンした最新医療センターの脳神経外科医となって帰国した。アメリカ帰りのゴッドハンドともてはやされ、講演会やメディアから引っ張りだこだ。
意外だったのは花林が、難病や治療例の少ない希少疾患に真摯に向き合う極めて真っ当な医師だったことだ。医療センターの脳神経外科には国内に限らず、近隣国からも花林のオペを希望する患者が押し寄せているという。
つかみどころのない気ままな猫のような女だと思っていたが、それは俺が本当の花林を見ようとしていなかったかもしれない。むしろ、愚鈍な開業医だとばかり思っていた父親の方が、よほど花林のことを理解していたのだろう。
医療センターが入った高層インテリジェンスビルはこのタワマンから車で数分のところにある。有名建築家が手掛けたというガラス張りのタワーの威容が俺の部屋からもよく見えた。ライトアップされたタワーを眺めながらウィスキーのグラスを傾けるのが日課になった。
詩織の秘密そんなある夜、愛梨を寝かしつけた詩織が深刻な顔で「相談がある」と言ってきた。
おずおずと差し出されたのは花林の時のような調査報告書ではなく、支払い督促状だった。850万円という金額に思わず目を見張る。
「好きなブランドの洋服や靴を買ったり、ママ友たちとネイルやエステに出かけたりしていたら、あっという間に貯金がなくなっちゃったの。軽い気持ちでキャッシングをしていたら、こんな金額になってしまって……」
詩織の指先に施された派手なネイルアートを見て、看護師時代から金のかかる女だったことを思い出した。なのに、家計のやりくりはほとんど詩織に任せきりだった。それなりにうまくやっているとばかり思っていたが……。
昔の俺だったら、850万円の返済など何とも思わなかっただろう。しかし、今は1億円の借金を抱える身だ。花林への慰謝料を肩代わりしてくれた親にはもう頼れない。
*知り合いの弁護士に相談し、この部屋を外国人のビジネスマンに貸し出すことにした。毎月100万円の家賃収入が入るのは大きい。自分たちは、ここの半分の広さもない築20年の賃貸アパートに引っ越しだ。恥ずかしいので周囲には都下の実家に戻ると伝えている。
荷物を一切合切運び出した夜、後始末のために一人で部屋に残った。いつものグラスの代わりに紙コップでウィスキーをあおる。
外の天気は荒れ模様だった。この建物や医療センターの入るタワーに、強い風と雨が吹き付けている。これほど近くにいながら、地球の表と裏くらい離れてしまった花林との距離を思った。
5年前とは打って変わり、今は明日からの生活に不安しかない。見慣れた眼下の夜景が蜃気楼のように霞んだ。
※この連載はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
森田 聡子/金融ライター/編集者
日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は雑誌やウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に、投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく伝えることをモットーに活動している。
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