「手数料が安いほど善」とも言えない? 金融サービスの手数料引き下げ競争が行き着く先に潜む危険性
Finasee / 2023年10月19日 17時0分
Finasee(フィナシー)
一般的に各種手数料の引き下げは、そのサービスを利用する側にとっては喜ばしいこと、とされます。言うまでもなく、手数料は利用者にとってコストに過ぎませんから、低ければ低いほど良いのは当たり前でしょう。
金融サービスのコスト競争はいつから始まった?これは金融サービスも同じで、ここ10年くらい、金融サービスのさまざまな分野において、手数料などのコスト引き下げ競争が繰り広げられてきました。
最初にコスト競争が始まったのは、株式の売買委託手数料です。昔は固定手数料が適用されていて、どの証券会社で取引しても、売買委託手数料の料率は同じでした。それが90年代半ばくらいまで続いたと思います。
株式の売買委託手数料を初めて引き下げたのは松井証券でした。店頭市場(今のグロース市場)の株式を対象に引き下げ、業界慣行を見事に崩したのです。
その後、1998年あたりからネット証券が登場したのと同時に、「日本版金融ビッグバン」と称された金融規制の緩和が行われ、上場株式も含めて株式の売買委託手数料の自由化が行われました。ここから本格的な株式の売買委託手数料の引き下げ競争が始まり、今では無料にしたネット証券もあります。
日本版金融ビッグバンは外国為替取引も例外ではなく、これを機にFX(外国為替証拠金取引)が登場しました。FXには通貨を売買する際の取引にかかる取引手数料と、買値・売値の差額であるスプレッドという2つのコストを投資家が負担するのですが、特に取引手数料はすさまじい引き下げ競争が行われた結果、今では大半のFX会社が取引手数料を無料化しています。
そして、投資信託の購入時手数料や信託報酬も、大幅に引き下げられました。かつては購入時手数料が購入金額に対して2%、信託報酬率は日本株アクティブファンドで年2%程度だったのが、今では購入時手数料を取らない販売金融機関が増えるのと同時に、信託報酬率はインデックスファンドを中心にして大幅に下がり、今では年0.05775%まで下げたファンドも出てきました。
手数料の引き下げで起きることとは?このように、さまざまな金融サービスの手数料が下がってきたわけですが、これを手放しで喜んでも良いのでしょうか。
なぜ手数料を取るのかというと、そのサービスを提供することの対価であり、サービスの提供者からすれば、徴収した手数料によって雇用を確保するのと同時に、サービスのクオリティーを高めるための投資を行っています。
確かに、「手数料の料率はいくらが妥当なのか」という点は非常に不透明であり、利用者からすれば「不当に高い手数料を取られているのではないか」といった疑心暗鬼を生む余地があるのは事実です。だから、「安ければ安いほどいい」的な議論が出てくるのだとは思いますが、手数料競争が行き着くところまで行き着くと、別の歪みが生じる危険性があります。
たとえばFXの売買手数料ですが、限界値とも言える無料が普通になったことで何が起きたのかというと、カバー取引をしないFX会社が増えました。カバー取引というのは、たとえば投資家からドル買いの注文を受けた場合、FX会社はドル売りのポジションを持つことになる一方で、ドル買いのポジションも持つことです。
FX会社がドル売りのポジションを持ったままだと、ドル高・円安が進むにつれて含み損を抱えることになります。そのリスクを回避するため、ドル高・円安が利益につながるドル買いのポジションを併せ持つのです。
ただ、一般的にFXを行っている投資家は3割が損をすると言われています。その確率からすれば、投資家からの注文を受けてカバー取引をしなければ、7割の確率でFX会社が勝つことになります。
結果、カバー取引をしなければ、投資家が勝手に損をするので、手数料収入よりも大きな利益が生じるという理屈になるのですが、それはあくまでも理屈の上での話です。
時々、為替レートはものすごい幅で動くことがあります。そのような時、カバー取引を行わないまま、投資家から受けた注文で生じるポジションを持ち続けていると、FX会社が大損を被ることになります。下手をすると、その損失が理由で破綻する恐れもあります。
株式関連の手数料無料化による影響では、株式の売買委託手数料を無料にすると、どうなるでしょうか。
株式の売買委託手数料を無料にできるのは、その証券会社が他に稼げる手段を持っているからです。
ちなみに米国で最初に株式売買委託手数料を自由化したチャールズ・シュワブ社は、信用取引で投資家に資金や株式を貸し出す際の金利収入が非常に大きかったことから、無料化に踏み切れたのです。
日本の証券会社の場合、昨今のような低金利下では、売買委託手数料をカバーできるだけの金利収入を確保するのが困難です。となると、他に考えられるのが、IPO(新規公開株式)やPO(公募・売出し)に絡んだ手数料であり、この領域に強い証券会社が、いち早く無料化に着手したと考えられます。現にSBI証券は、主幹事も含めた引受幹事数が、ネット証券会社のなかでも多いことで知られています。
とはいえ、株価が堅調な時は株式上場も増えますが、マーケットが冷え込んでいる時には、上場企業数が大幅に減ります。2022年には76社、2021年には101社の幹事証券となったSBI証券ですが、リーマンショック直後の2009年は、わずか10社しかありませんでした。
つまりIPOやPOの引受手数料だけでは、経営が安定しないことも考えられます。そうなった時、株式の売買委託手数料を無料化した証券会社は、どこに安定収入を求めれば良いのでしょうか。
そのひとつの解が、おそらくIFA(Independent Financial Advisor:独立系ファイナンシャルアドバイザー)のプラットフォームサービスなのかもしれません。日本のIFAはネット証券会社をプラットフォームとして、そこの証券会社が扱っている商品を顧客に販売し、その販売によって生じた各種手数料の約30%を、プラットフォーマーに利用料金として支払っています。
そうなると、IFAとしては当然、少しでも自分の実入りを増やすため、より高い手数料が取れる商品の販売に注力しがちですし、それを証券会社が暗にそれを誘導するような働きかけをする可能性も、ゼロとは言えません。
一時期、手数料の高い仕組債の販売を積極的に行ったのは、そういう流れがあったからと考えられますが、それがIFA個人の欲によるものなのか、IFAがより手数料を稼げるように、プラットフォーマーである証券会社が、仕組債を積極的に提供したのか、おそらくその両方が相まった結果だと考えられます。
結局、株式の売買委託手数料を無料化しても、そのしわ寄せは必ずどこかに行く恐れがあるのです。
すさまじい手数料競争が行き着く先投資信託の購入時手数料や信託報酬の引き下げも同様です。基本的に購入時手数料無料&信託報酬率の極限に近い引き下げは、インデックスファンドを中心に行われているのですが、そのような芸当ができるのは、他に信託報酬をたくさん取れる投資信託を運用しているからです。
コストの大幅な引き下げによって、特にインデックスファンドを購入している受益者は得をしているのかもしれませんが、一方で高いコストを払わされ続けている受益者がいるのです。
「だったらみんな、インデックスファンドで運用すればいい」という反論はあると思いますが、すべての投資家が超ローコストなインデックスファンドしか購入しなくなったら、おそらく運用会社の経営は一気に行き詰まるでしょう。
超ローコストなインデックスファンドだけで、運用会社の経営を成り立たせるとしたら、おそらくバンガードのように、600兆円規模の運用資産が必要になります。日本では最大手の運用会社でも40数兆円規模でしかありません。
利用者が得をするのは、悪い話ではありません。ただ、手数料が低いことを善とし、各種手数料の低い金融機関を選ぶ行為は、いつか何らかの形で、金融サービスの提供にしわ寄せがいく恐れがあることを、そろそろ意識する時に来ているような気がします。
鈴木 雅光/金融ジャーナリスト
有限会社JOYnt代表。1989年、岡三証券に入社後、公社債新聞社の記者に転じ、投資信託業界を中心に取材。1992年に金融データシステムに入社。投資信託のデータベースを駆使し、マネー雑誌などで執筆活動を展開。2004年に独立。出版プロデュースを中心に、映像コンテンツや音声コンテンツの制作に関わる。
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