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タワマンの「特別感」に心酔した元CA女性…ママ友についてしまった“最初の嘘”

Finasee / 2023年10月27日 11時0分

タワマンの「特別感」に心酔した元CA女性…ママ友についてしまった“最初の嘘”

Finasee(フィナシー)

今日も一日雨模様だ。眼下の景色は灰色の霧に覆われている。これでは娘の莉子たちを近所の公園に連れて行けない。

つけっ放しにしていた4Kテレビで、10時のニュースが始まった。スマートフォンを取り上げ、「11時にキッズルーム集合で」とグループLINEに打ち込む。ほとんど間を置かず、葵ちゃんママと愛梨ちゃんママから「OK」の絵文字が返ってきた。

こんな日はマンションに付設されたキッズルームが便利だ。50畳を超える広いスペースに滑り台やブランコなどの遊具が置いてあり、子供向けの絵本もいろいろ揃っている。

「莉子、葵ちゃんと愛梨ちゃんと滑り台のお部屋で遊ぼうよ。お着替えしないと」

「やだ。行きたくない」

2歳半になる莉子が大きくかぶりを振る。莉子は昨日の幼児教室からずっと機嫌が悪い。週に2回ほど有名幼稚園受験に向けたカリキュラムを受講しているが、不器用な莉子は他のお友達のように上手に積み木を積んだり、手遊び歌を歌ったりすることができない。

負けず嫌いの莉子にはそれが我慢ならないらしく、時々癇癪を起こす。同じ2歳児クラスの子供に比べると小柄で華奢な莉子だが、そうなるともう手がつけられない。先生たちがいくらなだめすかしても激しく泣き喚き地団駄を踏む莉子を他のお友達が怖々と遠巻きに見ているという地獄絵図が何度繰り広げられたことか。

「親の心子知らず」とはよく言ったものだと思う。莉子の人生にはなるべく多くの選択肢を用意してやりたくて、出産前から学校や教育資金についてのリサーチを始めた。金融機関に勤務する幼なじみから「もう学資保険の時代じゃない」と言われ、莉子が進学する年に償還される米国債を購入したり、NISA(少額投資非課税制度)で全世界株式型の投資信託をコツコツ買い増したりしてきた。

嫌がる莉子にお気に入りのハローキティのトレーナーを着せ、ようやく部屋から連れ出したのが10時58分。最上階のキッズルームに到着すると、そこにはもう葵ちゃん母子と愛梨ちゃん母子が待っていた。

葵ちゃんも愛梨ちゃんも莉子と同じ2歳。二人のママとは、莉子が生後6カ月を迎えた頃、ベビーカーを押して出かけた近所の公園で知り合った。葵ちゃんパパは夫と同じ商社に勤務していて今は南米に単身赴任中、愛梨ちゃんパパ(※)は都内の有名病院の消化器外科医だ。

※過去記事:【エリート外科医の大誤算…完璧な人生を狂わせた“たった1つの過ち”】

結果的に私たち三人ともパートナーは家を空けている時間が長く、子供が一番手のかかる時期にワンオペ育児を余儀なくされている。よく似た境遇が、互いの距離をぐんと近づけた。

今は週に3日はこうして公園やキッズルームで子供を遊ばせ、その後は誰かの部屋でランチを取るのが習慣になっている。月に1~2度は葵ちゃんママのボルボで東京ディズニーリゾート(TDR)に遠出をすることもある。

「今日はうちに来ない?  パエリアの準備がしてあるから」

商社の一般職だった葵ちゃんママは、面倒見のいい有能な秘書タイプだ。人気料理家の教室に通っていて、将来は自宅で料理サロンを開くのが夢だという。

「わぁ、楽しみ! 葵ちゃんママのご飯はそこらのレストランよりずっとおいしいものね」

愛梨ちゃんママに同意を求める。

「ホント。食器遣いも素敵だし、開業したらすぐ予約が取れない人気店になっちゃうかも」

元看護師の愛梨ちゃんママは三人の最年長で38歳になるが、エステ通いを欠かさずフラクショナルレーザーを照射した肌は30歳くらいにしか見えない。メイクやファッションも流行を意識したモード系だ。


二人とも品の良い奥様という感じで前に出るタイプではないので、いつの間にか私がグループのまとめ役を務めるようになった。

「さすが、元キャビンアテンダント! 情報通よね」

「莉子ちゃんママは美人でスタイルもいいから読モとかにスカウトされそう」

二人に持ち上げられて悪い気はしなかった。

「聖心女子大からJALなんて典型的な良家のお嬢様コースじゃない」と冷やかされると、実は埼玉県の女子高出身で父親は市役所勤務とは言いにくい。夫の実家がある三鷹市の生まれで、初等科から聖心に通っているという嘘が自然と口を突いて出た。

このマンションに暮らすようになって4年。中層階の部屋はもともと、夫が独身時代から借りていたものだ。海外出張の多い夫とは乗務中に知り合い、付き合うようになった。莉子の妊娠が分かって慌てて籍を入れ、新居を探す間もなく転がり込んだ格好だが、意外に居心地が良かった。

 

最初に親しくなったのは、隣室に住んでいた中国系の資産家のご夫婦だ。ご主人は中国企業の投資資金を動かすトレーダーだった。香港の航空会社でキャビンアテンダントをしていた奥様とは同業者同士でウマが合い、マンション内外のイベントやパーティーに連れて行ってもらった。妊娠中でアルコールが飲めないのはつらかったが、JAL時代からパリピだった私には天国のような日々だった。

 

ご夫婦との交流を通して、タワーマンションの所有形態や階層にまつわる上下関係の存在も知った。賃貸組の私たち夫婦が地権者やオーナーと接する機会はそう多くないが、言葉を交わす際に差別意識を隠そうともしない高層階のオーナーもいた。「我們想住頂楼(最上階に住みたいんだ)」と話していた隣室のご夫婦は、半年後、近くに売り出されたタワマンの高層階の部屋を購入し越していった。

ちょうどその頃、近くの大学病院で莉子を出産した。退院後は初産の私を気遣った実家の母が泊まり込みで手伝いに来てくれた。

母は還暦をとうに超えた今まで、地元の埼玉以外で暮らしたことがない。最初は部屋からの眺望に「東京スカイツリーの展望台みたい」と感動したり、ラウンジやジムをのぞきに行ったりしていたが、10日もすると「地に足がついていないみたいで落ち着かない」とそわそわするようになり、私の体調が戻ったのを確認すると早々に引き上げた。

世間知らずで田舎者の母にはタワーマンションの素晴らしさが理解できないのだろうと思った。私自身はこの特別な生活環境に魅入られていた。そして、現状を維持するためには私や莉子がこの場にふさわしい存在であらねばならないと必死だったのだ。

●いよいよ幼稚園受験本番。必死に準備した結果とは? 後編【「この子はこんなふうに笑うんだった」お受験ママが“タワマン脱出”を決めた理由】で詳説します。

※この連載はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

森田 聡子/金融ライター/編集者

日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は雑誌やウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に、投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく伝えることをモットーに活動している。

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