個人を特定され「すべてを失った」ネット上で誹謗中傷を行った男の末路
Finasee / 2023年10月31日 19時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
数ヶ月前から、智子が経営しているレストラン「ラリオネ」の悪口がSNSに投稿されるように。最初は気にしていなかった智子だが、徐々にエスカレートし、智子の夫であるシェフを中傷するような内容も投稿されるようになった。
ついに、「SNSで良くない評判を見たから予約をキャンセルしたい」と、店の経営にも影響を与え始めるようになり悩んでいたころ、弁護士事務所で働いているという智子の親友が店にやってきたが……。
●前編:“顔の見えない敵” ある日突然SNSでトラブルに巻き込まれたレストランの苦悩
法律を武器に、卑劣な敵へ反撃開始次の日は「ラリオネ」の定休日だった。智子は「恵と買い物に行く約束をしちゃった」と達也にうそをつき、車で隣町に向かった。恵が働いている弁護士事務所は、隣町の市役所のすぐ近くにあった。市役所の駐車場に車をとめ、小さなビルの3階に入っている「ライト総合法律事務所」のインターホンを押した。すぐに恵がドアを開けて出迎えてくれた。
昨日「ラリオネ」での話が終わるとすぐに恵は勤務先に電話をし、智子に代わって全てを話してくれた。この事務所を経営している弁護士の先生が相談に乗ってくれることになった。恵の友達ということで、本来なら無料法律相談は30分までだが、1時間まで延長してくれるとのことだった。「けっこう融通のきく先生なの」と恵は笑いながら言っていた。
中に入ると、スーツを着た小柄で細身の男性が待っていた。明らかに智子より年下だった。もしかしたら、まだ30代かもしれない。
「どうも、弁護士の北方と申します」
男性は笑顔でそう言いながら、智子にさっと名刺を差し出した。
「だいたいのお話はもううかがっています。私もちょっとSNSで検索してみたんですけど、けっこうひどいこと書かれてますね。もちろんお約束できるものではないんですが、いくつかの投稿にかんしては、発信者情報開示請求が通る可能性は高いと現時点では考えています」
「ハッシンシャジョウホウカイジセイキュウ? あの、それってどういうことなんでしょうか?」
「発信者情報開示請求というのは、発信者つまり今回でいえば『口の悪い駄犬』のアカウントの持ち主の情報をSNSの運営会社やインターネットのプロバイダーから取り寄せるということです」
「そんなことができるんですか!」
「もちろん個人情報なので、そのアカウントの投稿によって名誉を毀損(きそん)されたとか、ちゃんとした理由がなければダメなんですが、今回の場合であれば、個人的には認められると思います。個人を特定しないと、何もできないですからね」
北方は智子の初歩的な質問にも嫌な顔ひとつせず答えてくれた。そして、智子の質問タイムが終わると、今度は智子が北方の質問に答える番だった。恵が出してくれた紅茶をひと口飲み、智子は話し始めた。数ヶ月前から「口の悪い駄犬」の誹謗中傷が始まったこと、それによって智子が非常につらい思いをしていること、根拠のない悪評を目にしたお客さんからキャンセルの電話があったこと。北方はメモを取りながら、しっかりと智子の話に耳を傾けてくれた。
「つらかったですね。お話していただき、ありがとうございます」
「先生、これって勝てるんでしょうか……」
「まず、開示請求に関しては通る可能性が高いと考えています。そこからの展開ですが、こちらの主張がある程度認められると考えています。私におまかせしていただけますか?」
「分かりました! ぜひ先生にお願いしたいです」
「ありがとうございます。一緒に闘いましょう!」
「口の悪い駄犬」との対決「ライト総合法律事務所」を訪れてから数ヶ月後、北方から連絡があった。見事に「口の悪い駄犬」の開示請求に成功したということだった。そして、驚くべきことが判明した。「口の悪い駄犬」の正体は「ラリオネ」の近くでレストラン「フォロロマーノ」を経営している野方という人物だった。もともとは東京でレストランをやっていたが、大都会の賃料の高さに嫌気がさし、思い切って店をこの町に移転させたと人づてに聞いたことがある。
誹謗中傷したのは「ラリオネ」を閉店に追い込みたかったからだろう。この小さな街でレストランを経営するのは楽ではない。ライバルは少しでも減ってくれた方がいい。「ラリオネ」がつぶれてくれたら、お客さんを自分の店が奪い取ることもできる。智子は、人間の心の闇を見てしまったような気がした。
結局、双方の弁護士による話し合いの結果、「口の悪い駄犬」の悪質な投稿によって店の売り上げが減ったという智子の主張が認められ、野方は約80万円を智子に支払うことになった。
数日後、いつものように智子が達也と一緒に「ラリオネ」の開店準備をしていると、テーブルや椅子をいくつも載せたトラックが店の前を通った。それは野方が経営していた「フォロロマーノ」で使われていたものだった。気になって様子を見に行ってみると「フォロロマーノ」の看板は取り外され、かつて店があったビルの1階部分は空っぽの空間になっていた。どうやら、野方はこの街で店を経営するのを諦めたようだった。地元の人間でもないし、特に愛着もなかったのだろう。
その後、風のうわさで野方が自己破産したと聞いた。東京からこの街に店を移転するのにかなりお金を使い、経営していた「フォロロマーノ」の売り上げもかなり厳しく、黒字になったことは一度もなかったという。元々は外車に乗っていたが、赤字を穴埋めするために売却し、国産の中古車に乗り換えざるを得なかったらしい。そして、一連の騒動の費用が野方にとどめを刺したようだった。
キッチンからオリーブオイルとニンニクの匂いが漂ってきた。達也が料理の下準備を始めたようだった。智子と達也と「ラリオネ」のいつも通りの1日が始まろうとしていた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
Finasee編集部
金融事情・現場に精通するスタッフ陣が、目に見えない「金融」を見える化し、わかりやすく伝える記事を発信します。
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