2024年春に「異次元の金融緩和」が終わるかも? その時、住宅ローン・物価への影響は…
Finasee / 2023年10月31日 18時0分
Finasee(フィナシー)
三井住友DSアセットマネジメントのチーフマーケットエコノミストである市川雅浩氏は、10月19日にリリースしたレポートで、来年4月にイールドカーブ・コントロール(長短金利操作、以下YCC)撤廃とマイナス金利が解除されるという見通しを公表しました。
以前、記事で「金利が上がるとどうなるのか」(※)というテーマについて考えましたが、今回は、日本の金融政策をつかさどる日本銀行の側から見た金利上昇の影響について考えます。
※参考:【金利が上がるとどうなる? 利払い増で“苦しい状況”に追い込まれる人も…】
YCCが導入された背景ご存じの方もいらっしゃると思いますが、今から10年前、2013年からアベノミクスがスタートしました。2008年のサブプライムショック、2011年の東日本大震災など、経済にとってネガティブな出来事が起こるなか、日本の経済は厳しい局面に立たされました。
それを回復させるため、安倍元首相が再登場して自民党政権が復活。日銀総裁は白川元総裁から黒田前総裁に交代して行われたのが、「黒田バズーカ」と言われた異次元金融緩和でした。
この異次元金融緩和によって、2012年3月には1%だった長期金利が、2014年末には0.4%台まで低下。2016年1月からマイナス金利政策が導入されたことによって、長期金利は急速に低下し、同年2月24日からマイナス金利になりました。
そして同年9月21日からは、「短期政策金利を▲0.1%、10年物国債利回りを0%」になるように金利を調節する、YCCが導入されたのです。
「異次元の金融緩和」の先にあるものこのように、日銀が執拗なまでに金利を下げるための金融政策を取り続けてきたのは、アベノミクスで「消費者物価指数の上昇率を2%にする」という物価目標を立て、それを実現しようとしてきたからでした。
景気が回復し、経済の先行き見通しが明るくなれば、個人消費が盛り上がります。消費が増えれば物価が上昇し、その結果として消費者物価指数の前年同月比が2%プラスを維持できる状況になれば、いよいよ日本は1990年代から続いたデフレ局面から脱することになります。
そして、景気を刺激するために日銀が取れる策は、金融緩和政策であり、だからこそあらゆる方法で金融緩和を行い、未曽有のマイナス金利まで実現させたのです。
当初、YCCは長期金利を0%にするのと同時に、そこから±0.25%の変動幅を許容していました。それを2022年12月から変動幅を±0.5%まで拡大。さらに2023年7月からは、この変動幅の許容範囲を±1.0%としました。
つまり、10年物国債利回りは1%まで上昇しても良いというお墨付きを与えたのです。そして、このようにYCCの変動幅の許容範囲が拡大されていくなかで、10年物国債の利回りは上昇傾向をたどり、2023年10月23日時点では0.86%程度まで上昇しています。
10年物国債の利回り上昇を許容したワケなぜ、日銀はYCCの変動幅の許容範囲を、徐々に拡大させているのでしょうか。さまざまな理由が考えられます。
まず、物価が持続的に上昇していること。そもそも消費者物価指数の前年同月比2%を目標にして行われた、YCCも含めた金融緩和政策ですが、すでに消費者物価指数の前年同月比は、コアコアと称される「生鮮食料及びエネルギーを除く総合」で4%を超えています。
基本的に金利は、物価上昇率を少しでも超えていなければ、通貨価値はどんどん減価してしまいます。消費者物価指数の上昇がいつまで続くのかは、これまた諸説紛々ですが、少なくとも現状、物価上昇率が4%であるのに対し、長期金利が0.5%台ではあまりにもいびつです。
現にYCCの変動幅の許容範囲を拡大させるきっかけになったのは、10年物国債利回りを0%に抑えこもうとしたため、5年物や7年物といった他の国債利回りが、10年物のそれを上回るという状況が示現してしまったのです。あくまでも基本に従えば、金利はより期間が長いものほど、より水準が高くなります。
つまり10年物国債の利回りを0%に張り付けておくと、それよりも短い期間の利回りが0%を超えて上昇し、イールドカーブがどんどんゆがんでしまう恐れが生じてきたのです。
「異次元の金融緩和」によって国債保有比率が大きく変化とはいえ、YCCの撤廃とマイナス金利の解除が妥当かどうかは、まだ議論を重ねる必要がありそうです。
まずYCCを完全撤廃したらどうなるでしょうか。
そもそも市場の需給で形成されている10年物国債の利回りを、YCCによって0%付近に抑えこんでこられたのは、その利回りが上昇しそうになった時、債券市場で売買されている10年物国債を日銀が買い入れてきたからです。これは日銀が買おうと、それ以外の金融機関や投資家が買おうと同じことなのですが、国債が買われれば債券価格は上昇し、その分だけ利回りは低下します。
実際、日銀がYCCを実施したことによって、日銀が保有する国債・財投債の割合は大きく上昇しました。保有者別の構成比をみると、日銀のそれはYCCが実施される直前、2015年12月末時点では31.41%だったのが、2023年6月末時点では53.24%まで上昇しています。
ちなみに、さらにさかのぼって2010年3月末時点の構成比をみると、たったの7.42%でしかありません。2013年以降の異次元金融緩和のなかで、日銀による国債保有比率は大幅に上昇しました。
YCCを撤廃することによって起きることこのような状況下で日銀がYCCを撤廃するとどうなるでしょうか。あくまでも「仮に」の話ですが、その結果、10年物国債利回りが1%、1.5%、2%というように上昇したら、日銀が大量に保有している10年物国債の債券価格が下落して、含み損が発生します。
もちろん、日銀が保有している国債を時価評価していないため、10年物国債利回りが上昇したとしても、評価損が表に出ることはありません。また、日銀が市場から買い付けた国債は、基本的に償還されるまで保有する可能性が高いため、償還前に債券価格が急落しても、償還時には額面価格で戻ってきます。
したがって、日銀が保有している10年物国債の利回り上昇が直接、日銀の損失拡大につながることはないのですが、それでも債券価格が下落して評価損を抱えていることに違いはありません。この点をヘッジファンドなど海外の投資家に突かれ、債券先物市場などで日本国債を売る動きが広まれば、日本の長期金利が止めどもなく上昇する恐れがあることは、否定できません。
加えてマイナス金利を解除して、現行の政策金利が▲0.1%からプラスに転じれば、短期金利の上昇を通じて個人の住宅ローン金利(変動金利型)が上昇することになります。
今後の動向には注視が必要!レポートでは、来年3月中旬からの春闘における回答を見つつ、YCC撤廃とマイナス金利解除が行われる見通しを示していますが、現状、物価の上昇を加味した実質賃金は17カ月連続でマイナスが続いています。実質賃金のマイナスは消費を抑制する方向に作用します。
消費が抑制される動きがあるのに消費者物価が上がり続けているのは、円安や輸入物価上昇といった外部要因からの影響です。それだけに、マイナス金利を解除して短期金利が上昇、変動金利型住宅ローンの金利上昇へと波及すれば、特に住宅ローンを抱えている個人の生活は厳しくなり、旺盛な個人消費による消費者物価の上昇という、本来望ましい形でのデフレ脱却が進まなくなる恐れもあります。
それだけに、来年4月にかけてYCC撤廃とマイナス金利解除が実現するかどうかを、私たちは生活者の視点からも注視しておく必要があるのです。
鈴木 雅光/金融ジャーナリスト
有限会社JOYnt代表。1989年、岡三証券に入社後、公社債新聞社の記者に転じ、投資信託業界を中心に取材。1992年に金融データシステムに入社。投資信託のデータベースを駆使し、マネー雑誌などで執筆活動を展開。2004年に独立。出版プロデュースを中心に、映像コンテンツや音声コンテンツの制作に関わる。
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