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両親が同時にガンに… 50代おひとりさま女性に父が頼んだこと

Finasee / 2023年11月14日 18時0分

両親が同時にガンに… 50代おひとりさま女性に父が頼んだこと

Finasee(フィナシー)

昨日53歳になった米倉京子の目の前には申請用紙があり、そこには「限度額適用申請書」と書かれている。

ひとりダイニングテーブルの席についた京子はハチマキを締めるように勢いよく髪を後ろにくくり、ボールペンを手に取った。

申請書に用心深く、9ケタの保険証番号を書きはじめる。

続いて、昭和23年の生年月日。

その下の欄に「米倉 勝」と書いた。

先月末、抗がん剤治療の1クール目が始まった実父の名前だ。

そこで一息つく。

(やっぱりうまく書けない)

隣り合う字の縦と横の幅がそろっていない。奇妙に角張り、片側に偏って醜い。

子供の頃から自分の字が嫌いだ。

生まれた埼玉を出てお茶の水にある経営専門学校に通い、日本橋蛎殻町の小さな商社の古株の営業課長として務める現在まで「女なのに」字が下手なことがコンプレックスだった。

女なのに。もう50歳を超えたのに。ご両親はどんな教育したのかしら? だから「おひとりさま」なのよね。

字を書いていると嘲笑が聞こえる気がした。

母も同じ病に…

「大丈夫。ここ一番よ」

男勝りな京子は、つい商談前の口癖を言った。

もう1枚、紙を出す。

その用紙も「限度額適用申請書」だ。

そこへ京子は「米倉 正子」と書いた。

先週、子宮がんが見つかった母の名前だ。

勝が救急車で運ばれ末期の胃がんが発見されたきっかり1週間後、正子も仲良く倒れた。

おしどり夫婦か。こんな時でも......。

申請書を書き終えると23時を回っていた。所沢市役所あての封筒に入れる。

1時間以上もかかった。職場で1時間あればいくつ取引先へメールを返せただろう。

そんなことを考えているときスマホが鳴った。

梅塚だ。

「なに」と答える。

「申請書っすよ。書きました?」相変わらず冗談みたいな明るい声だ。

「書いたよ。そんなこと?」

「そりゃ良かった。早く郵送しないと。自己破産しますよ」

50歳を過ぎて初めて知った「高額療養費制度」

実家を出て30年間、北区王子の分譲マンションと職場を往復しながら働きづめだった京子が「高額療養費制度」と「限度額適用認定証」を知ったのは、正子が倒れた時だった。

がんなど特定の治療にかかる医療費は非常に高額になる。そのため「高額療養費制度」によって限度額が設けられ、超過分は条件に応じ返還される仕組みだ。

だが返還は「3カ月後」に振り込み。つまり窓口では全額立て替えなくてはならない。

その返還分を窓口ですぐ差し引いてもらう方法の一つが「限度額適用認定証」なのだ。

……と、京子に教えたのが、20歳下の経理部社員、梅塚だった。ベテランの京子にも遠慮がなく、年の離れた友人のような関係だ。

京子が在宅看護のため1カ月の休職を申し出た時、肺がん治療中の父を持つ梅塚は、

「米倉さん。そ、そんなことも知らないんすか」

とぼうぜんとしていた。

勝のがんが発見された時、狼狽した正子は即座に貯金を下ろし手術と入院を進めていた。

京子が状況を知らされたのはそのひと月後、勝の抗がん剤治療が始まる直前だったのだ。

すでに父母の貯金は100万円を切っていた。

「明日送っても同じよ」スマホに向かって京子は答える。

「外に出れるときに行かないと… 治療中は何があるか」梅塚の声が低くなる。

どきりとした。これが本当の梅塚の声なのかもしれない。

「あと趣味とか見つけたほうがいいですよ。米倉さんは仕事一辺倒なんだから」

「ありがとう」とだけ答え、京子は電話を切った。

父からの依頼

「京子」

封筒を持ち立ち上がった時、居間から声がした。

勝だ。

引き戸を開ける。勝は、読書灯だけがついている天井の低い居間で寝椅子に横になり、パジャマを着ておかゆの入ったボウルを持っている。

「起きたの?」

「うん」父は声も顔色も倒れる前と変わらない。ただ異様に静かでよく眠る。

「なに」

「母さんの友達から手紙が来てな。同窓会の誘いらしい」

勝は読書灯の下から1枚のはがきを出した。

「そう」嫌な予感がした。

はがきを手渡されたとき、京子は思わぬ異臭に顔を背けた。勝は抗がん剤の副作用で口の中がただれ、ひどい口臭がした。

「母さん、行けないだろ。適当に断りの返事書いてくれ」

ああ、と思った。勝と正子はこうやってずっと隠してきたのだろう。京子にがんのことを隠していたように。

勝の手が震え、ボウルからおかゆが垂れている。

「どうした」勝が言った。

「いいよ...... 書いとくわ」京子ははがきを見た。感じたことのない疲れが襲ってきた。

同窓会の誘いは、流れるような美しい筆文字で書かれていた。

その翌日、京子は池袋まで筆と墨を買いに行き「彼ら」と出会う。

 

●突然訪れた介護生活に疲れていた京子が出会った「彼ら」とは? 後編「会社をやめて高額献金… 両親介護中の50代女性がハマった団体の『正体』」にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

Finasee編集部

金融事情・現場に精通するスタッフ陣が、目に見えない「金融」を見える化し、わかりやすく伝える記事を発信します。

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