青山で隠れ家レストランを成功させた「誰もがうらやむ」オーナー夫妻が破局へ陥った理由
Finasee / 2023年11月21日 18時0分
![青山で隠れ家レストランを成功させた「誰もがうらやむ」オーナー夫妻が破局へ陥った理由](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/finasee/finasee_12799_0-small.jpg)
Finasee(フィナシー)
山下千尋(33歳)は、財産分与契約書に署名押印した時、深いため息をついた。夫の亮(35歳)とは2人の間に子供こそできなかったものの、周囲からはおしどり夫婦といわれ、いつもうらやましがられる存在だったと思う。それが、離婚調停のために裁判所にまで出向くほど2人の間に不信感が深まり、財産分与についてもそれぞれの言い分の食い違いを整理するまでに多くの時間を費やした。結局、こんな結末を迎えるのであれば、3年前のあの日、あの店で亮から差し出された婚約指輪を受け取らなければよかったのだ。
すべてはインスタから始まったそれは千尋がまだインスタグラムに夢中になっていた頃のことだった。千尋は自分が作ったケーキをインスタに載せ、その反響を楽しみにしていたが、ある時から千尋が作るケーキが評判となってインスタのアクセス数が急増した。インスタを見て来店したという客も増え始めた。その時、千尋が勤めていたレストラン「モン・カシェット(Mon Cashette:フランス語で「私の隠れ家」)」は、川崎で歴史のあるレストランとはいえ、常連客の顔ぶれはおおむね変わらず、経営に困ることがないくらいの繁盛をしている洋食屋だった。それが、千尋が作るケーキが「映える」とSNSで話題になり、東京や埼玉などからでもケーキを目当てに来店する人が増えていった。
オーナーシェフだった亮は、ミシュランの星がついている東京のフランス料理店で修業したことを自慢にするくらいしか取りえのない男だったが、商才にはたけていた。千尋のインスタを見てケーキを食べに来たという東京からの客がやってきた最初の日に、これをきっかけにブームがやってくるだろうことを予見した。すぐに、専門のSNS業者を雇い入れ、千尋が趣味で行っていたインスタグラムをプロの手で全面的に手直しし、写真の1枚1枚、コメントの付け方まで、全てインスタチームが管理するようになった。
それを機に、千尋はパティシエとしてケーキ作りに専心する一方、亮が手配したミニコミ誌や地方新聞の取材などを受けるようになった。そして、徐々に千尋のケーキを目当てにした若い女性客が増えていくと、亮は、「川崎で埋もれているのはもったいない。東京へ出よう。青山に店を出そう」と公言するようになった。
このころ千尋も楽しかった。ケーキを作るために必要な材料は、販売価格を決める亮が認める範囲の予算でしか材料をそろえることができなかった。ところが、千尋のケーキが評判になり始めると、その材料費が自由になった。それまでは、試してみたいと思っていても手が出なかった素材を自由に使えるようになったことでメニューの幅が大きく広がった。毎日のように新しいケーキを作り続けることは、決して楽ではなかったが、幸いにして千尋は、その才能に恵まれ、次から次へと新しいケーキのアイデアが沸き上がってきた。
そして、千尋のケーキが全国放送のテレビで紹介されることになった。亮は広告宣伝費として相当の出費をしたようだった。ちょうどクリスマス前の放送で、千尋は大人のカップルが喜ぶクリスマスケーキをテーマにホールケーキを作り上げた。その出来栄えは、番組のリポーターとして来店した飯塚茉莉(28歳)の顔をくしゃくしゃにするほどの水準だった。茉莉は、テレビ業界では「食レポの女王」といわれるほど、グルメ番組でのリポーター経験が豊富だったが、収録が終わった後で、「生涯で出会った最高のケーキでした」と心から千尋を称賛した。番組では、茉莉が素のまま感激している様子が伝わり、番組の放送中の時間であるにもかかわらず、店の前には千尋のケーキを食べたいという客が行列を作った。そして、その行列が閉店間際まで続いている状態は、その後10日ほども続いた。
念願の東京進出その日から、亮の青山出店計画は、一気に具体化していく。亮自身は自分のシェフとしての腕に限界を感じていたため、青山への出店では料理長をスカウトすることにした。全国の有名レストランの食レポで知られる茉莉は、シェフの間にも人脈があり、亮は茉莉と相談しながら、新しいレストランのコンセプトなどを固めているようだった。そうした中で、茉莉の推薦もあって青山店の料理長として迎えたのが、小野卓也(30歳)だった。
卓也は、高校を卒業するとすぐにイタリアに渡って料理人としての修行に励み、フランスとスペインでも地域の有名店でコック見習いとして働き、それぞれの店で最終的にはメインのシェフとして腕を振るってほしいと依頼されるほど確かな技術を身につけた。亮や茉莉から声をかけられた時には、ちょうど日本に帰国して自分の店を開く準備をしていた。
千尋は亮から卓也を紹介され、卓也の作る料理を試食した時、全身が痺(しび)れた。フレンチともイタリアンともいえない独特のテイストの料理で、そのソースの味わいに引き込まれた。その瞬間に千尋の脳裏には、前菜からデザートに至るさまざまなコースのイメージがあふれてきて、そのまま卓也と店舗オープン時のメインコースの料理について意見を言い合っていた。千尋の指摘やアイデアは、卓也を心地よく刺激した。そして、その日から2人は協力して青山店のメニューを考案し始めた。
それから半年、千尋と卓也がメニュー作りに知恵を絞っている間、亮は茉莉の協力を得て店のスタッフをそろえるとともに、店舗レイアウトや内装など、レストランのオープンに向けた準備を進めた。そして、青山に「モン・カシェット」がオープンした日、亮は、オープニングパーティーの後で、その店に千尋と2人だけで残って、千尋にプロポーズしたのだった。しかし、その結婚は、財産分与を巡って泥沼の裁判沙汰に突き進んでいく……。
●幸せだった時間は束の間、なぜ離婚トラブルへと発展したのでしょうか? 後編「夫の不倫相手が妊娠… 人生をリセットした元妻が手にした“財産以外”のモノ」にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
文/風間 浩
Finasee編集部
金融事情・現場に精通するスタッフ陣が、目に見えない「金融」を見える化し、わかりやすく伝える記事を発信します。
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