夫の不倫相手が妊娠… 人生をリセットした元妻が手にした“財産以外”のモノ
Finasee / 2023年11月21日 18時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
千尋(33歳)は川崎の洋食店にパティシエとして勤めていた。インスタグラムがきっかけで、千尋のケーキを目当てに店は大繁盛。オーナーシェフだった亮(35歳)は、「川崎で埋もれているのはもったいない。東京へ出よう。青山に店を出そう」と、青山への出店計画を実現する。店のオープニングパーティーの後で亮は千尋にプロポーズをした。
●前編:青山で隠れ家レストランを成功させた「誰もがうらやむ」オーナー夫妻が破局へ陥った理由
店のための「結婚」川崎の洋食店を青山でも指折りの隠れ家レストランとして大成功させた千尋と亮だったが、オーナーとしての亮の行動に、千尋は年々違和感を覚えていく。そして、レストランのオープンから3年目、亮の方から千尋に離婚を切り出すことになった。いったい2人に何が起こったのか……。
青山に「モン・カシェット」をオープンしてから、亮は店のオーナーとしての役割に徹したため、川崎の店で働いていた時とは時間の使い方が大きく変わった。川崎では、シェフとパティシエとして一緒に厨房(ちゅうぼう)にいて、互いの料理に意見を言い合ったりしていたが、青山に移ってからは、厨房(ちゅうぼう)で千尋と一緒なのは卓也になった。亮は、店への招待客のアレンジや宣伝などのため外出することが増えた。そんな亮の相談相手には茉莉がなっているようだった。
亮がなぜ、千尋との結婚を選んだのか、千尋は深く考えはしなかった。店の発展のきっかけになったのは千尋のケーキだったし、千尋の料理のセンスは、亮や卓也から見ても飛び抜けて優れたものだそうだ。亮にとっては、店を大きく発展させるため、千尋の作るケーキと千尋の料理に対するセンスは絶対に必要なものと感じられただろう。実際に、青山に店を開いて良好な評判を得ているのは、千尋が卓也とともに開発した数々のメニューのおかげだった。亮のプロポーズには、千尋を自分につなぎとめておきたいという店のオーナーとしての打算が強く働いたのかもしれない。もちろん、楽し気に料理談義している千尋と卓也を見て、亮が嫉妬しなかったとはいえない。卓也に対して、千尋は自分のものであるということを明確にする必要があると亮は考えたのかもしれなかった。
千尋が亮のプロポーズを受けたのは、青山の「モン・カシェット」は亮と2人で作った店だという思いが強かったことが一番大きい。その店が、ようやくオープンにこぎつけることができた興奮から、後先を考えずにプロポーズにOKしてしまったところがある。その勢いのままに結婚してしまったが、千尋自身が子供の頃から結婚に強いこだわりがあったわけではなく、亮のことも嫌いなわけではなかったので、結婚したことには特別な感情はなかった。むしろ、青山の店を自分のものにできたという達成感があり、これから、一流の店として大きくしていこうと武者震いしたくらいだった。
かぎ分けてしまった夫の裏切り亮と茉莉が、男と女の関係になっていることは、千尋たちが結婚してすぐにわかった。夫婦となって寝室を一緒にするようになると、亮から漂ってくる茉莉の香水の残り香が鼻についた。千尋は料理の香辛料の違いを一瞬でかぎ分けるほどに嗅覚が鋭かった。亮が仕事の関係で茉莉と打ち合わせをしている日に、茉莉の残り香があることは不思議ではなかったが、そうではない日にまで茉莉の存在を強く感じさせる香りをまとっている亮には許せないものを感じた。
しかし、千尋は青山の店を軌道に乗せることが第一だった。その点については亮の思いも同じで、店を繁盛させるという一点において、夫婦として協力し合うことができた。また、料理長を任せた卓也が優秀で、卓也とメニューを考案している時間が楽しくて亮の浮気のことでクヨクヨするようなこともなかった。店は地域の評判店になり、いわゆるセレブ御用達の店として予約が1年先まで埋まるようになった。
お互いの「言い分」そして、店がオープンして3年目に、亮が離婚したいと言い出した。その頃には、夫婦の寝室は別になっていたし、一緒に暮らしているといっても顔を合わせるのは朝食の時だけというような関係だった。千尋も離婚することには異存がなかったが、財産分与の話し合いになると、お互いの主張が大きく食い違った。亮は、祖父の時代から続く川崎の店があったからこそ、青山の店の成功があるという主張で、店の権利は7対3の割合で亮にあるとした。千尋は当然、自分には2分の1の権利があると主張した。この主張の隔たりは大きく、互いに譲り合うところがなかったため、裁判で決着をつけるしかないというところまで対立が決定的なものになっていった。
千尋が相談した弁護士によると、離婚時の財産分与は、「夫婦が結婚生活で一緒に築いてきた財産を公平に分けること」が原則だという。千尋が考えたのは「清算的財産分与」といわれるもので、離婚して夫婦生活を解消するのだから、2人で築いてきた財産も対等に分け合いたいと考えた。弁護士からは、亮が離婚を切り出した理由について繰り返し心当たりがないかと確認された。たとえば、亮が不倫をしていたなど、亮にとって不都合な事実がある場合は「慰謝料的財産分与」として千尋の方がより多くの権利を主張することができるということだったが、千尋は、茉莉のことが頭を過ったものの、そこまでの見返りは求めなかった。
ただ、意外なところから亮の立場が崩れた。茉莉が亮の子供を妊娠していることが明らかになったのだ。「食レポの女王」として多くのテレビ番組でレギュラーを持つ茉莉が未婚の母になりそうだというゴシップ記事が写真週刊誌に載ったのだ。週刊誌では相手が誰かということまではわからなかったようだが、関係者の話から茉莉が妊娠していることは事実だと断言していた。この記事を亮に突き付けると、亮はあっさりと、その事実を認めた。亮としては、茉莉の将来を守るためにもマスコミ対策が重要で、千尋との離婚に時間をかけてはいられなかったようだ。このため、慰謝料的財産分与が認められた。
そこから離婚の成立までは早かった。青山の店は、結果的に亮がオーナーとして経営を続け、千尋は慰謝料としてまとまった現金を得て店の権利を手放した。また、2人が暮らしていた都内のマンションは、亮が所有権を千尋に譲渡して千尋の名義に書き換えられた。
はじまりは小さなケーキ店その後、千尋は東京・吉祥寺に小さなケーキ店をオープンした。吉祥寺の店は、すぐに評判になった。千尋をサポートしてくれていたインスタチームは千尋が青山の店を退店した時に、千尋と行動を共にすることを選んでいた。ただ、卓也は店との5年契約が残っていたため、千尋が去った後でも、青山の店の料理長として残った。千尋は、青山の店の常連客のためにも卓也が残ることは望ましいと思った。卓也は、その後も千尋の店を訪れては千尋と料理談義をした。千尋が辞めたあとでも青山の「モン・カシェット」のメニューは千尋と卓也の共同作業でつくられていた。
それから3年が経過し、卓也は「モン・カシェット」を辞めた。それから「モン・カシェット」は漂流した。フランス人やイタリア人のシェフが華々しく雑誌のインタビューを飾って何度かリニューアルオープンを繰り返した後に閉店した。うわさによると、亮には数億円の借金だけが残ったようだった。その頃、千尋は吉祥寺のケーキ屋をレシピとともに大手レストランチェーンに売却し、大きな資産を得て料理界から引退した。
千尋は30代半ばにして一生にわたって生活していくことに困らない資金を手にした。手放した吉祥寺のケーキ店は、大手チェーンの力によって一段と洗練され、全国に店舗網を広げるとともに来年には海外出店を計画しているという。千尋は足を止めた吉祥寺のカフェで道行く人々をぼんやりと眺めながら「もう36歳かぁ……、まだ36歳?」などと、とりとめもないことを考えていた。さっきから手にしたカップのコーヒーの香りが引っかかってしかたがないのだ。「本当にコーヒーで満足したことはないかもしれない。誰もがおいしいと思うコーヒーが手軽に飲めたら……」と、千尋は考え始めていた。千尋の頭の中では、知り合いのコーヒーの焙煎家やコーヒー豆に詳しいバイヤーの顔が次々に浮かんできて、考えがどんどん広がっていくのだった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
文/風間 浩
Finasee編集部
金融事情・現場に精通するスタッフ陣が、目に見えない「金融」を見える化し、わかりやすく伝える記事を発信します。
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