介護も手につかず母のお漏らしを放置… 「推しの炎上」で気づいた“痛すぎる”事実
Finasee / 2023年11月22日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
智美(44歳)は短大を卒業して結婚し、ずっと専業主婦だったが、夫の浮気をきっかけに離婚して実家へ戻ってきた。働いた経験が無い智美は就職活動がうまくいかず、そんな時に出会ったのがアイドルグループの〈Candy Beats〉だった。
「推し活」にハマっていく智美のもとにクレジットカードの督促状が届く。心配する母をよそに推し活に励む智美だが……。
●前編:夫の浮気で離婚、実家へ戻った「子供部屋おばさん」をATMにした“沼”の正体
青のコーディネートデジタルサイネージにまばゆい光が散って、ステージの縁から紙吹雪が吹き上がる。円形のステージの中央が開き、下から5人が飛び出した。
イントロが始まる。〈Candy Beats〉のセコンドシングルのカップリング曲で人気のダンスナンバー「シンクロニシティ」だと、智美は2秒かからずに理解する。両手に握る青のペンライトを振る。推しの名前を叫ぶ。青い髪飾りをつけ、紺と青のワンピースを着ている智美は見る人が見れば一目瞭然で海斗担※だと分かる格好をしている。智美はずっと画面のなかにいた推しが目の前で動いているという事実に涙が出そうになった。けれど推しの頑張りを目に焼き付けなければいけないから堪えた。
※グループの中で最も好きなメンバーのことを「担当(○○担)」と表現する
曲名のまま、ぴったりと息のあった5人のダンスにファンの掛け声が呼応する。駆け巡るハイビームが会場を切り裂く。間奏でそれぞれの個性が光るソロダンスが行われる。推しはMVなどでは見せないアレンジを利かせ、ブレークダンスさながらの激しいダンスを披露する。六つに割れた美しい腹筋が衣装の隙間からちらりとのぞく。
先週の推しと特に仲のいい黄色担当の中尾凌空のファンブログには、肘に包帯を巻いた推しの後ろ姿が見切れて写り込んでいた。きっと今日という日のために、身体を痛めながらも頑張って練習したのだろう。推しは努力していることを人に、特にファンには見せないようにする。そんなプロ意識もいとおしくてたまらない。
智美は推しの名前を叫ぶ。もちろん声が届いているかは分からない。智美の声はその他大勢の歓声にのみ込まれていく。
止められたクレジットカード昨日は少しはしゃぎすぎたせいか、智美は昼過ぎに目を覚ました。まぶたが重く、喉が少しいがらっぽい。2時間みっちりペンライトを振り続けていた腕はパンパンで、つま先立ちでもしていたのかふくらはぎまで筋肉痛だった。
今日受ける予定だったバイトの面接はとっくに約束の時間を過ぎている。まあ2駅隣までいかなくちゃいけないし、と智美は布団をかぶりながら自分を納得させた。
寝転がったままスマホを眺める。推しがSNSに写真を投稿している。
—— 最高の一夜だった
簡潔な文章がなんとも推しらしい。智美は昨日の出来事が夢ではないのだと実感して思わずにやけた。
実家に戻ってきて1年。古ぼけてほんのりと黄ばんでいた白い壁紙は、今や推しのカレンダーやポスターで埋め尽くされて華やかになっている。けれどその代償に、机の上には封すら切っていないクレジットカード会社からの督促状が埃(ほこり)をかぶって積んである。
智美が持っている2枚のクレジットカードは先月から止まっていた。カードローンを含める未払い金は合わせて135万円。夫からの慰謝料はとっくに使い果たしているから、払える宛てはなかった。
これまでの人生でお金の苦労をしたことがない智美には、どうすればいいのか分からなかった。支払いのことを考えると頭にもやがかかるようで何も考えたくなくなった。推しのことを考えているときだけ、心の平穏を得ることができた。
ライブから一週間がたって、新しく発売されるシングルのカード決済ができなかったときに、智美は重い腰をようやく上げた。
一階のリビングへ向かう。推し関連の用事がなければ食事とトイレ以外で部屋を出ることはなくなっていたから、なんだか少し緊張した。足の裏に感じるフローリングの感触がやけに冷たかった。
一階に下りると母はお昼ご飯の片づけをしていた。テーブルには智美の分の野菜炒めとご飯がラップをかけておいてある。智美は席に座った。冷めた野菜炒めをじっと見つめる。
「ねえ、お母さん。カードの支払いのことで、本当に申し訳ないんだけどさ」
智美が顔を上げたのと、母の身体が不気味に揺れたのは同時だった。まるでそれまで身体をつっていた糸がぷつりと切れてしまったように、母の身体はゾッとするようなアンバランスさで床にたたきつけられた。
「お、お母さん!」
智美は反射的に立ち上がった。背後で椅子が勢いよく倒れる。
突然の介護生活母は2年前くらいから心臓の病気を患っていたらしい。2年前といえばちょうど夫の浮気が発覚したころで、ごたつく智美に余計な心配を掛けないように口止めされていたんだと、父から聞かされた。
母は一命を取り留めたけれど、転んだ拍子に腰を悪くして歩けなくなった。父と智美は母の介護に追われた。
けれど父の年金だけで生活と介護を賄っていくのは難しかった。父は駅の清掃のアルバイトを始め、智美は家で母の面倒を見た。クレジットカードの督促のことは話せないままだった。
智美の唯一の息抜きは、相変わらず推しだった。推しは智美を救ってくれた。クレジットカードが使えないならと、大事なコンサートやイベントのために消費者金融で借金をした。利子が高くついたけれど、推しのためだと思えばそんなことは気にならなかった。智美が生きていられるのは推しのおかげだった。だから少しでも恩返しをしたかった。基本的に画面に隔てられた別世界にいる推しに智美ができる恩返しといえば、グッズを買い、CDを買い、コンサートへ足を運ぶことだった。
そして推しは—— 如月海斗は〈Candy Beats〉を辞めた。
推しの笑顔に囲まれてきっかけは熱愛報道だった。
週刊誌で女性インフルエンサーとの路上キスが報じられ、智美たちファンは衝撃を受けた。〈キャンビ〉には公式に恋愛禁止というルールがあった。それでも年ごろの男の子に恋をするなというのは無理な話で、メンバーの誰が有名歌手と付き合っているとか、若手女優とテーマパークに行っていたなんてうわさ話は絶えなかった。
推しもその一人で、中学が一緒だった同郷のファッションモデルと付き合っているというのが公然の秘密だった。
たとえば推しが大切な人に贈りたいプレゼントはと聞かれて答えていたカルティエのイヤリングの写真を、そのモデルの子がたくさんある誕生日プレゼントの写真のなかでアップしていたり、注意深くSNSをさらっていけば2人が付き合っていることを示しそうな事実はいくらでも見つけることができた。だから智美たちに走った衝撃は、熱愛そのものというよりも、その相手が想定外だったことが原因だった。
恋愛禁止ルールを破った人気アイドルの二股疑惑—— それは格好の標的となった。
「けっこういいなって思ってたのに二股とかショックすぎ」
「恋愛禁止の是非はさておき、ルールがあるなら守るのがプロだろ」
「調子乗って女に手を出しまくった如月海斗、勘違いしすぎで草」
「言うほどイケメンじゃないし、歌も下手じゃね?」
「何百万使ったと思ってんだよ ざけんな」
智美はネットニュースのコメント欄をくまなくさらった。推しのアカウントはすぐに鍵がかけられ、それがまた「逃げるなよ」と物議を醸した。
誰もが口をつぐんだから真相は分からなかった。智美はネットにかじりつき、わずかな情報の断片とその何十倍ものアンチコメントを拾い続けた。介護がおろそかになり、母はお漏らしをしたまま何時間もベッドでそのままになっていた。消費者金融からの督促状が届き、スマホには同じ番号から何度も電話がかかってきていた。
推しは約10日、沈黙を守り続けた。そしてとうとうファンブログが更新された。
「本当はちゃんと自分で話して伝えるべきだと思うけど、俺はみんなが知ってる通り口下手で、きっとうまく話せないから、ブログで書きます。」
推しらしいなと思った。それは推しなりの誠実さなのだ。スマホを握る智美の手は汗ばんでいた。智美は祈るような気持ちで立ち上がり、ブログを読んでいった。
「え?」
思わず声が出たのは、「引退」の二文字が見えたからだった。
「メンバーにもファンのみんなにも迷惑かけて、俺なりにけじめのつけ方を考えたんだけど、やっぱり辞めるしかないと思いました。
逃げんなって思う人もいると思うけど、これが俺なりのけじめです。
如月海斗は〈Candy Beats〉を辞めて、芸能界を引退します。」
汗ばんだ手から滑り落ちたスマホが足の上に落ちた。智美はあまりの痛さに飛び上がり、滑って転んだ。倒れまいと伸ばした手が壁のポスターに引っ掛かり、推しの顔は半分に引き裂かれた。智美は強くしりもちをついた。
視線を上げれば、私を推しの笑顔が取り囲んでいる。けれど神だと思っていた推しは、しょせんただの人だった。恋もすれば傷つきもする、私と同じただの人間だったのだ。
急激に色あせてしまった部屋のなかで、着信音だけが鮮やかに鳴り響いている。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
Finasee編集部
「インベストメント・チェーンの高度化を促し、Financial Well-Beingの実現に貢献」をミッションに掲げるwebメディア。40~50代の資産形成層を主なターゲットとし、投資信託などの金融商品から、NISAやiDeCo、企業型DCといった制度、さらには金融業界の深掘り記事まで、多様化し、深化する資産形成・管理ニーズに合わせた記事を制作・編集している。
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