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「いい加減にして!」義家族のダブル介護に夫のモラハラ化…50代代女性が達した我慢の限界

Finasee / 2023年12月1日 11時0分

「いい加減にして!」義家族のダブル介護に夫のモラハラ化…50代代女性が達した我慢の限界

Finasee(フィナシー)

中国地方在住の七瀬信子さん(50代・既婚)は20代で結婚し、不本意ながら義家族と同居を始めたが、しばらくして問題の多い義家族に我慢ならず義実家を飛び出した。その後は、家族5人で平穏な生活を送っていたが、ある出来事をきっかけに再び義実家へ戻ることになる。

●前編:【不注意な義母が長男に「熱湯ミルク」を…女性が義家族との同居で感じた“耐え難い苦痛”】

条件つきで義実家に戻る

義実家を出て8年。長男14歳、長女13歳、次男11歳になり、アパートが手狭なため、新しく家を建てようかと夫婦で考え始めていた頃、義祖父が亡くなった。

葬儀後、義祖母と義両親が「戻ってきてほしい」と言う。

「私は絶対に戻りたくなかったのですが、夫には『長男だからいつかは戻って親の面倒をみないといけない』。義祖父のあとを継いだ義父には『土地はやるから』と言われ、渋々でした。義祖父が亡くなってから義祖母が義母からいじめられていたので、かわいそうだと思ったのもあります」

ただ、自分の部屋が欲しい子どもたちは渋った。そこで、義実家を建て替えることを条件に戻ることにした。

キッチンは1つ、風呂とトイレは2つずつ作った。義両親には「義弟、義妹の部屋も作れ!」と言われたが、「結婚して出て行ってるのだからいりません」と却下。

1階は、LDKと義祖母、義両親の部屋。2階は、七瀬さん家族専用のリビングと夫婦の寝室、子ども部屋を3部屋作った。

衰える義祖母と脳梗塞の義母

義祖母は80歳を過ぎると、料理以外はやらなくなった。義母は当てにならないため、七瀬さんは夜勤もある看護師の仕事を続けながら、料理以外の家事を担った。

同居から3年ほどたったある日。義父と農作業をしていた義母のろれつが突然回らなくなり、義父が急いで病院へ連れて行くと脳梗塞と診断された。

義母は大好きだった農作業ができなくなった。

夫は45歳で会社を辞め、農業に専念し始めた。長女は23歳で結婚し、家を出た。次男は関東の大学に進学し、一人暮らしを始めた。

2015年。70代の義母は血管性認知症で要支援2。90代の義祖母はアルツハイマー型認知症で要介護2。

40代後半になり、仕事と2人の介護の両立が難しいと感じていた七瀬さんは、義祖母に施設入所を促したが断固拒否される。孤軍奮闘の日々が続いた。

管理職をしていた七瀬さんは、キャリアを手放したくなかった。朝4時に起きて夕食の下ごしらえを済ませ、夜は帰宅後に朝食の下ごしらえをした。夜勤明けで帰宅した後、ちょうど繁忙期だった夫に「農作業を手伝え」と言われて、一睡もせずに手伝ったこともあった。

しかし長くは保たなかった。50歳になった七瀬さんは退職を決意した。

義父が肺がんに

義祖母も義母も便いじりをして立ち歩き、その手で家具や壁を触るため、七瀬さんはほとほとまいっていた。

「やろうとしてやったわけではないし、怒ってもなぜ怒られているかわからないのは十分理解できているのですが、後始末を誰にも手伝ってもらえないことに腹が立って、『いい加減にして!』と怒ってしまうことがあります。看護師時代には一度も口にしたことのない言葉ですが、家ではダメですね……」

1階のトイレは1日に何度も掃除しなければならなかった。

たった1人で農家を継いだ夫は頼れず、義叔母も義弟も義妹も知らぬ存ぜぬを貫いている。

退職から1年ほどたった頃、七瀬さんは義祖母に頭を下げた。

「義母にも手がかかるようになって、私はもう限界です。施設に行ってもらえませんか?」

すると義祖母はうなずいて言った。

「今までいっぱい世話になったな。ありがとう。施設に行くよ」

義祖母が施設に入ってくれてホッとしたのもつかの間、ヘビースモーカーだった80代の義父は2022年の6月、肺がんが見つかり余命1年と宣告を受ける。

すぐに手術を受けたが転移があり、医師からは抗がん剤を勧められたが、義父は「やらない」と答えた。

「がんの末期患者は手がかかる割に収入が少ないので、医師からは『在宅でみるように』と言われ、義父も『家がいい』と言ってなかなか病院に行こうとはしませんでした」

七瀬さんは義母の介護や義祖母の面会をこなしながら、義父に何かあったときのために病院探しをしておいた。

宣告からちょうど1年たった今年の6月。義父は突然「病院に連れて行ってくれ」と言い入院。9日後に亡くなった。

「義父の面会に行っていたのは私1人。私が面会に行くと、『会いたかった、会いたかった』と言われましたが、感謝や謝罪の言葉は最後までありませんでした……」

嫁に甘える義家族たち

義父の遺産はほとんどなかった。最終的には義弟、義妹は相続を放棄した。

「夫は、『土地をもらったんだから弟妹に100万円くらいずつ渡さないといけない』と言うので、『それなら義母の介護を手伝ってよ!』と思いました。義父は義妹がマンションを買うときに費用を出してあげています。特別寄与料制度については知っていましたが、もしも特別寄与料をもらったら後々義家族たちから文句を言われるのが目に見えているので諦めました……」

要介護3になった義母は時々七瀬さんの悪口を義妹に吹き込んでいるらしく、七瀬さんは度々義妹から電話で責められていた。魚や肉が嫌いな義母のために、七瀬さんは卵や大豆製品を使った料理を工夫して出していたのに、先月義妹から、「自分たちばかりおいしいもの食べてないで、おばあちゃんにも食べさせてあげなさいよ。かわいそうでしょう」と言われた。

七瀬さんが事情を説明しても耳を貸さないため、「じゃあ義妹さんが何かおいしいものを作って送ってください。お義母さんも嫁より娘の料理を食べたいでしょうから。あっ、それよりお義母さんをそちらに連れて行ったほうがいいか!」と七瀬さんが言うと、義妹は激怒。

「親をみるのは実子の責任ですよね。私には相続権はないのですよ」と言うと、「えっ? お金が欲しいの? 浅ましいね。お金をもらわないと面倒みないの? ひどいねー! おばあちゃんかわいそう。考えが最低だね」とまるで小学生のけんかだ。

七瀬さんは、「自分は義父からお金を奪っておいてよく言うわと思います」と憤慨する。

子どもたちは家事を手伝ってくれた。長男は現在も、時間があるときは手伝ってくれる。しかし七瀬さんが体調を崩したとき、夫から「お前は肝心なときに体調を崩す」と言われ、七瀬さんは病院に行きそびれてしまったことがあった。

長女は「ひどいね」と言って話を聞いてくれるほか、「後少し頑張れば年寄りは死ぬんじゃない?」と励ましてくれる。70代の実父は、「自分も同じように歳をとるのだから、頑張ってみてやれば後悔しないんじゃないか」と言い、実母は「いつでも帰ってきていいよ」と言ってくれている。

「こんなに古い考えの一族は珍しいと思います。息抜きができる環境だといいのですが、私1人に負担が集まるのでなかなか難しいです。正直、義両親のダブル介護のときは、2人とも早く死んでほしいと思いました。まず夫が無関心。私がこれだけやってもまるでひとごと。これが一番の問題です。手伝ってとか手を貸してとか言われれば快く応じますが、全部やれ! は無理です。しかも義祖母以外の義家族から、一度だって感謝されたことがありません。感謝の言葉は大事です」

義父が亡くなってから義母はわがまま放題。夫は七瀬さんの味方になるどころか“モラハラ夫”化が進んでいる。

たまに七瀬さんが外出することが気に入らない義母は、「今日薬を取りに行く日なのに連れて行ってくれない」とうその告げ口。真に受けた夫が帰宅した七瀬さんに怒鳴るため、「介護は実子の役割でしょ!」「じゃあ俺の仕事してこい!」と口論になる。

七瀬さんは義父の死後、パートだが看護師の仕事を再開し、「看護師としてもう一度、バリバリ仕事をすることが夢です。取りたい資格もあります」と話す。

筆者はこれまで100人近くの介護者を取材してきたが、七瀬さんの介護能力は高いと感じる。その能力が正当に評価され、管理職にまで上り詰めたのだろう。それなのに義家族たちは誰ひとりとしてねぎらいも感謝もない。

七瀬さんの堪忍袋の緒が切れるのはいつになるか。義家族たちの慌てふためく様子が見てみたい気がする。

旦木 瑞穂/ジャーナリスト・グラフィックデザイナー

愛知県出身。アートディレクターなどを経て2015年に独立。グラフィックデザイン、イラスト制作のほか、終活・介護など、家庭問題に関する記事執筆を行う。主な執筆媒体は、プレジデントオンライン『誰も知らない、シングル介護・ダブルケアの世界』『家庭のタブー』、現代ビジネスオンライン『子どもは親の所有物じゃない』、東洋経済オンライン『子育てと介護 ダブルケアの現実』、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、日経ARIA「今から始める『親』のこと」など。著書に『毒母は連鎖する〜子どもを「所有物扱い」する母親たち〜』(光文社)がある。

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