「母をバカにするのだけは許せない!」義母のあまりの仕打ちにキレた元看護師が選んだ結末
Finasee / 2023年11月27日 18時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
看護師だった美咲は病院で知り合った医師の健一と妊娠を機に6年前に結婚し、代々医者の一族である健一の義両親とともに、都内の一等地にある豪華な一軒家に住むことになった。美咲に対して義両親たちは最初はとても優しく接していたが、孫の性別が女であると分かった途端に、義母は「それは残念ね」と言い放ち美咲に対する態度は一変する。忙しい夫に相談できない中、義母からのキツい仕打ちに耐える美咲だったが……。
●前編:孫が女と分かった途端「残念ね」と言い放った義母… 元看護師が見た“格差婚”の闇
突然の母の来訪母の早苗が訪ねてきたのは突然だった。
いつものように廊下の床を磨いていると、インターホンが鳴った。たとえ掃除中であっても、乱れた格好で玄関に出ることはるり子から厳しく禁じられていたから、美咲は慌てて手を洗い、玄関の姿見の前で乱れた髪を手櫛(ぐし)で整えて表情を確認した。
「はぁい」
務めて出した明るい声とともに扉を開けると、そこには早苗が大荷物を抱えて立っていた。
「やっほ、みいちゃん。たまがった※か?」
手を振る早苗は膝の出る短い丈のワンピースにファーのついたロングコートを着ていた。細かいパーマをかけた髪は痛んでいて、毛先のほうがぼわっと広がっている。
田舎のスナックで働いて女手一つで美咲を育ててくれた母は、地元ではきれいでおしゃれだと言われているけれど、東京に出てくれば無理な若作りをして派手さとおしゃれをはき違えたとしか思えないくたびれたおばさんでしかない。
行き場のないランドセル「お母さん、いきなりどぎゃんしたと?」
「どぎゃんもこぎゃんもなかたい。ゆりちゃん、来年から小学校上がるやろ? やけんお祝いしに来たと。ゆりちゃーん? おばあちゃん来たばぁーい」
「もうやめてよ。友理奈はいま幼稚園行っとるばい。ほら、中に入って」
美咲は早苗を家のなかに入れる。玄関で話し込んだことがバレれば、るり子が何を言ってくるか分かったものではなかった。美咲がお茶を用意しているあいだ、リビングでおろした荷物を早苗は次から次へと開けていた。
「まずは、ランドセルばい。今の子は黒と赤じゃなかよね。勝手にピンクにしちゃったけん、ゆりちゃん気に入るやろか」
早苗が紙袋から出した包み紙を開け、ソファの上でランドセルが入った大きな箱を抱えている。美咲の手からコップが滑り落ちて、床で砕けた。
「ばっ! なんしよっと⁉」
「ごめん、手が滑っただけだから大丈夫」
美咲はすぐにほうきとちりとりを出してきて、割れたガラスを掃除する。下を向いているせいか涙が出そうになった。
友理奈は確かに来年から小学校に上がる。けれど友理奈が通うのは幼稚舎からエスカレーターで上がる小学校で、ランドセルは男女関係なく指定の黒と決まっている。
「あのね、お母さん。友理奈は私立の小学校だけん、ランドセルとかは学校指定ので決まってて…… ごめんね」
美咲はガラスの破片をゴミ箱へと捨てる。早苗は音が鳴りそうなほどはっきりとしたまばたきをして、それからヤニでうっすらと黄ばんでいる歯を真っ赤に塗ったくちびるからこぼして愉快そうに笑った。
「あいたぁー、そうやったんかぁ。あたし、また先走ってもうたね。サプライズでたまがしゅう※と思ったけんね。先にみいちゃんに相談すりゃよかったばい」
そうかそうか、と母はランドセルの箱を紙袋のなかへしまっていた。きっと母には友理奈が私学に通う可能性なんて思いつかなかったのだ。小学校といえば学区内の近所にあるもので、ランドセルといえば赤か黒。最近はランドセルもカラフルになっているというのが、母がキャッチできる最大限の情報と最大限の配慮だったのだ。
母の明るい振る舞いが、美咲をまたつらくしていた。ごめんね、お母さん。言葉はうまく声にならなかった。
「あら、淵辺さん。お久しぶりですね」
るり子の固い声がして、美咲はぎょっと振り返った。リビングの入り口には、健一たちが働く病院へ荷物を届けに出ていた和服姿のるり子がいた。
「お邪魔してます。勝手に上がってごめんなさいね。そろそろ帰りますけん、ご堪忍を」
荷物を抱えて立ち上がった早苗を、るり子が止める。
「そんなそんな。お夕飯くらい食べて行ってくださいよ。今日は健一たちも早く帰ってこられるようですから。ねぇ、美咲さん」
「は、はい。お母さん、よかったらご飯、食べて行って」
るり子から向けられたにこやかな顔に、美咲は背筋を伸ばして緊張していた。早苗は「そんならお言葉に甘えるけんね」と言ってから、照れるように、あるいは困ったようにへへへと笑った。
※九州地方の方言で「驚いた」「驚かそう」の意
母をバカにするのだけは許せない「来ると教えてくださったら、ちゃんと用意したんですよ? こんなものでお恥ずかしいです」
いつもの5人に早苗を加えた6人で食卓を囲む。あの時間から献立を変えるのは難しく、美咲は当初予定していた通りカレーライスを用意した。
るり子の言葉は、突然やってきた母と、カレーなんて庶民的な食事で来客をもてなす美咲への嫌みでもあった。
「あたしカレー好いとりますけん。1人やと作りすぎますから、めったに食べんですし。それに、みいちゃんの作るカレーはばりうまかばい」
早苗はじゃがいもを頰張り「んーうまか」とほほ笑む。
「おばあちゃま、食べながらしゃべったらお行儀悪いんだよ」
「あいたぁ、ゆりちゃんは賢いけんねぇ。おばあちゃん、怒られてもうた。でもついついうまかでねぇ」
友理奈が言うと母は手で口を隠した。その大げさな身ぶりが面白かったのか、友理奈は笑う。健一も「お義母(かあ)さんがいらっしゃると、食卓が明るくなりますね」と一応は早苗のことを立ててくれた。
けれど正直、美咲は生きた心地がしなかった。早苗がおいしいと言ってくれるカレーもなんだか味がしなかった。視界の端で、るり子の表情だけを気にかけ続けていた。
「健一、それじゃあ普段の食卓が暗いみたいじゃないの。いやね。それに淵辺さん、友理奈に変なことを教えないでくださいね。まねするようになったら、恥をかくのはこの子なんですよ」
ほんの一瞬流れた和やかな空気はるり子の一言ですぐに凍り付いていく。
「でも水商売って、そういうマナーとかに厳しいものなんじゃないのかしら。それとも、やっぱり田舎の寂れたスナックは東京とは違うのかしらねぇ」
るり子が口元を押さえて笑う。早苗はへへと笑って髪をかく。
「東京と比べんでくださいよ」
「やっぱり、親に似るものなのねぇ」
気がついたときには、美咲は机をたたいて立ち上がっていた。
「どうしたの、美咲さ――」
「ふざけないでください!」
目を丸くするるり子の言葉を遮って、美咲はグラスのなかのワインをるり子の顔へとぶちまけた。ぴっちりと整えられた髪がぬれ、滴るワインがるり子の着物を赤いしみを作っていく。
るり子が支配していた空気に、深い亀裂が走っていく。
「私は、何を言われても平気です。でも、女手一つで私を育ててくれた母をバカにするのだけは許せない」
美咲は早苗と友理奈の手を取って立ち上がらせる。るり子は固まっていて、健一と義父は目線だけをきょろきょろと動かしている。
「ママ、手引っぱんないでよぉ」
「いい? 友理奈。こんな人たちと一緒に暮らしてたらね、心が腐ってバカになっちゃうよ」
「な…… っ」
るり子が固まった。美咲はその姿を見られただけで、少し胸がスッとした。
「それでは、熊本に帰ります」
美咲は2人の手を引いて家を出る。ちょっと待ってと早苗がワインを飲み干しているのが愉快で、美咲は思わず笑ってしまう。
こうして笑ったのはいつ以来だろうか。驚きのあまり静まり返っている食卓に、美咲のまっすぐな笑い声が響く。
もう戻らない「考え直す気はないの。ううん…… そう言うけど、あなた何もしてくれなかったじゃない。だからいいの。友理奈のことはちゃんと相談するから。ちゃんと送ってね」
美咲は健一との会話を終えて電話を切る。狭く散らかったリビングで絵を描いていた友理奈が顔を上げて美咲を見ている。
「ママ、なぁに?」
「なんでもないよ。お城の絵、上手に描けたね」
「これがママで、これがおばあちゃん。これがわたし」
青く塗られた空の下、お城の前で親子三世代が手をつないでいる。
――戻ってきてくれないか。
健一はそう言ってくれていたし、誠意のつもりか頼んだ養育費だけはすんなりと払ってくれている。お金で人の気持ちすらどうにかなると思っているのが、あの家の人間らしいと美咲は思った。
けれど何をどれだけされようと、もうあんな家に戻るのは無理だ。美咲は今、送った離婚届にはんこが押されて戻ってくるのを待っている。
友理奈のこと。母のこと。自分のこと。
これから考えなければならないことはたくさんある。
けれどひとまずは。
娘が描いてくれた絵と同じように、美咲は白い歯をこぼして笑うことができる。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
Finasee編集部
「インベストメント・チェーンの高度化を促し、Financial Well-Beingの実現に貢献」をミッションに掲げるwebメディア。40~50代の資産形成層を主なターゲットとし、投資信託などの金融商品から、NISAやiDeCo、企業型DCといった制度、さらには金融業界の深掘り記事まで、多様化し、深化する資産形成・管理ニーズに合わせた記事を制作・編集している。
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