ゴミまみれの部屋で孤独死をした父… 遺品整理で見つけた“意外な”モノ
Finasee / 2023年11月30日 18時0分
![ゴミまみれの部屋で孤独死をした父… 遺品整理で見つけた“意外な”モノ](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/finasee/finasee_12855_0-small.jpg)
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
昭一は一人暮らしの独居老人、35年前に別れた妻と子に対して後悔の念を持ちながら汚れた部屋で荒れ果てた生活を送っていた。そんな昭一のもとに、ある日突然中年男性が訪ねてくる。その男は35年ぶりに再会した息子の晃だった。晃の母であり最愛の元妻・芳美はすでに亡くなったので晃の妻と一緒に同居しようと言う。事実を受け入れられない昭一の心無い言葉に傷ついた晃は「二度と会うことも無い」と、怒って出ていってしまう。興奮する昭一に突然胸の痛みが襲い掛かるが……。
●前編:35年ぶりに再会した父と子、孤独な老後を過ごす父が息子に言った”あり得ない”一言
母の最後の願いミスミのケーキが食べたいという母の最後の願いを、晃はかなえてやることができなかった。
父は晃や母の誕生日になると、決まって近所のパティスリー〈メゾン・ド・ミスミ〉のデラックスショートを買ってきた。1個850円もするケーキを3つも買ってくるなんてと母さんはため息を吐いていたけれど、それを3人で囲む時間には確かな幸せがあった。
晃は35年ぶりに生まれた町を訪れ、記憶をたどりながらミスミを目指した。しかし商店街の一角にあったミスミはチェーンの牛丼屋になっていた。検索すればつぶれているかどうかなんてすぐに分かったはずなのにそうしなかったのは、きっとどこかで予想していたそんな結末を認めたくなかっただけなのかもしれない。
晃は牛丼を食べ、懐かしい町を歩いた。駅前には背の高いマンションがいくつも立っていて、大きな商業施設ができていた。商店街はすっかり寂れ、母さんにお遣いを頼まれて言った肉屋も、いつもおまけをしてくれた豆腐屋も、腰の曲がった妖怪みたいなおばあさんがやっていた駄菓子屋も、もうなくなっていた。
晃はその足で実家にも向かった。けれどそこには記憶にある古臭い一軒家は建っておらず、クリーム色の壁をしたはやりの縦長住宅が2つ並んでいた。
電柱の影から眺めていると、玄関の扉が開いて仲むつまじい様子の夫婦が出てきた。2人のあいだでは小学生くらいの子どもが笑っていた。晃たち家族の幸せだった記憶は、今幸せな誰かによって上書きされているのだと思うと感傷的な気分になった。
そのあとすぐに母は静かに息を引き取った。ささやかな願いさえかなえてやれない自分のふがいなさを後悔しながら葬儀を取りまとめているとき、ふと父のことを思い出した。
「いいんじゃない? あなたがもう許せるなら、後悔しないように選んで」
すべての事情を知っている妻は、父を探す晃の背中を後押ししてくれた。むしろ妻は父さえいいなら、一緒に暮らしたって構わないとすら言ってくれた。
四十九日が終わってひと段落したあと、晃は興信所に依頼をし父の行方探しを始めた。
父との再会正直なところ見つかるはずがないと思っていたし、もし死んでいるならばそれでいいとも思った。むしろあんな最低な男が苦しんだ母より長生きしているなんて、できれば考えたくないとすら思った。
しかし思いのほかあっさりと父は見つかった。
離婚のあと、生活に困った父は家を土地ごと売りに出していた。その後は全国を点々としながら暮らしていたらしいが、何を思ったのか、10数年前に3人で暮らしていた町に戻ってきた。父は今、晃がついこの前訪ねた元実家から徒歩で10分と離れていない困窮した高齢者向けのアパートに住んでいるとのことだった。
教えられた住所を頼りに晃はアパートへ向かった。
近くまでたどり着いてみると、すぐにそれと分かった。
メモに書かれた住所が示すアパートは恐ろしいほど古く、何もかもがくすんでいた。高齢者向けの住宅だというのに、風が吹くだけで軋(きし)みそうなサビだらけの階段には手すりすらついていない。
「本当にこんなところに住んでんのかよ……」
晃は2階へ上がり、一番手前の部屋のインターホンを押した。クラシカルなベルの音が響く。扉についたポストからはチラシや封筒があふれかえっている。
インターホンを押してもすぐには出なかった。晃はあいだを置いてもう一度押した。しばらくして扉の向こう側で誰かが動いているような音がした。待っていると、ようやく扉が開いた。
「どちらさまですか」
腰が折れ痩せ細った老人は晃をぶしつけに眺めていた。
それは紛れもなく父だった。35年ぶりの再会には不思議と感慨はない。
晃は思わずため息を吐いた。父はこういう男だ。35年もたってしまった息子の顔が分かるはずもない。
「まあ35年ぶりじゃ仕方ないか。俺だよ、オヤジ。晃だよ」
晃は言って、右のこめかみを見せる。中学一年のとき、晃は母を殴ろうとした父の前に割って入った。殴り飛ばされて机の角にぶつけてできた傷は、七針縫うほどの大けがとなり、今もまだ跡が残っている。
「……何の用だ」
「寒いから入れてくれよ」
晃は父を押しのけながら中へと入る。玄関から見えていたので覚悟はしていたが、部屋のなかはゴミで散らかっていて足の踏み場すらなかった。
「掃除とかしてないだろ。大丈夫なの?」
「お前には関係ない」
「まあそうだけどさ」
晃は歩きながら、床に散らばるゴミを拾い上げていく。どこからともなく漂ってくるすえた臭いを吸い込んでしまって、晃は思わずうめきそうになる。
「よかったら、一緒に暮らさないか? 嫁も構わないって言ってくれてる。息子は京都の大学だし。あんたを養うくらいの蓄えはある。さすがにこんな生活じゃ体にも悪いよ」
こんなの人間の生活じゃない。あまりにもみじめだ。
父は少し絵が描ける程度でそれ以外の何もできない男だった。
「あいつが、芳美がいるだろう……」
「母さんは死んだよ」
晃が告げても、父は何も言わなかった。父のほうを振り返ろうと思ったができなかった。
「もう葬儀とかは終わってて、先週四十九日も終えたとこ。せめて報告くらいはしてやろうと思ってさ」
「なにを今更。あいつは……あれだ、もう35年前に死んだようなもんだろう。俺の家から出て行ったんだからな。どうでもいい」
晃は恐れていた。暴力と女遊びで母を苦しめ続け、自分にも消えない傷を負わせた男が、何の罪の意識や後悔も感じることなく生きていることを。そしてその通りだった。この男には、自分も母ももう”どうでもいい”ものなのだ。
「それ、本気で言ってんの?」
晃は自分を落ち着かせようと息を吐いた。けれどいくら息を吐いても、怒りがにじんだ。
「やっぱろくでもねえ男だな、あんたは。失望したよ。こんなゴミためみたいなところで暮らして、人として終わってるよ。こんなとこ、わざわざ来なきゃよかったわ」
晃は父を押しのけて家を出た。乱暴に駆け下りた階段は悲鳴を上げていた。父は晃を引き留めようとすらしなかった。それが親子としての全てだった。
父だった「シミ」警察から電話があったのはそれから半月後のことだった。
「小山田昭一さんが、お亡くなりになられました」
低い男の声はそう言ったあと、いくつかの事務手続きについて話していたが、晃はそのほとんどを覚えていなかった。
確認のために管轄の警察署へと向かったが、面会はしないほうがいいと言われた。死んでから発見までの日にちがたっていて、遺体は腐敗が進んでいるとのことだった。あのゴミまみれの部屋で誰にも看取られれることなく死んだのかと思うと、さすがに哀れに感じられた。
晃は淡々と死亡届を出し、葬儀をした。母のときとは違い、晃と晃の妻だけが参列するあまりに寂しい葬式だった。涙は出なかった。ただ、短期間に両親の葬式が続いた晃はさすがに疲労を感じていた。
孤独死には後処理が必要で、死亡届を出したときに親身になってくれた役所からの紹介で特殊清掃の業者を入れた。晃は再びあのアパートを訪れた。
「小山田さん、あんまりおすすめしませんが、どうしてもというなら着替えたほうがいいです」
業者の若い男はそう言って、晃にスエットの上下とマスクを渡した。晃は黙って従いそれらに着替え、部屋へ足を踏み入れる。
ついこの前来たときにも相当な臭いを感じたものだ。しかし今漂っているそれは比べものにならなかった。嗅いだことがないのに、はっきりとそれと分かってしまう嫌な臭いで部屋が満ちていた。
![](https://finasee.ismcdn.jp/mwimgs/3/7/800m/img_37fc9691efc850487173e8e4b1afef1a640794.jpg)
晃は思わず口を押さえる。マスクなんて意味がない。
「無理しないで。外で待っててください」
業者の男たちは家の奥へとどんどん進み、作業を始めていく。父の生きた痕跡は半日とかからず、解体され、清掃され、なくなるのだろう。
敷きっぱなしになっていた布団にはどす黒い茶色のシミがついていた。言われなくてもすぐに分かった。父はここで息を引き取ったのだろう。
「何かを取ろうとしてたみたいですね」
いつの間にか横に立っていた業者の男が言った。
「ほら、ここ。腕を伸ばしたみたいに細長く伸びてるでしょ。薬とかですかね。生きようとしてたんですね」
そう言って、業者の男は父だったシミに手を合わせた。晃は細長く伸びるシミの先を目でたどった。
そこには伏せられた写真立てがあった。晃はそれを拾い上げる。
「……馬鹿野郎」
写真立てに収められているのは母と、そして晃の写真だった。母の膝に抱かれた小さな晃がフォークを持ちながら不格好なピースをしている。晃のほっぺには白いクリームがついていて、ミスミのデラックスショートにろうそくが一本立っている。
父が映っていないのは、父がいつもカメラを構えてくれていたからだ。
業者の男がカーテンを開けると、部屋に陽光が差し込む。晃の頰に黄金色の光が伝っていく。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
Finasee編集部
「インベストメント・チェーンの高度化を促し、Financial Well-Beingの実現に貢献」をミッションに掲げるwebメディア。40~50代の資産形成層を主なターゲットとし、投資信託などの金融商品から、NISAやiDeCo、企業型DCといった制度、さらには金融業界の深掘り記事まで、多様化し、深化する資産形成・管理ニーズに合わせた記事を制作・編集している。
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