「ついうっかり…」107.7万人が凡ミスで退職金を失っている悲惨な事実【退職金の減額・不支給を解説】
Finasee / 2023年12月26日 11時0分
Finasee(フィナシー)
会社を退職するとき「退職金が支給されるのは当たり前」と思っていませんか? 厚生労働省が毎年行っている「就労条件総合調査」で、5年ぶりに発表された退職給付(一時金・年金)制度の調査結果を見ると「退職給付(一時金・年金)制度がない」という企業が、平成30年から5.3%増え、全体の24.8%になりました。
会社に退職給付制度がなければ、退職金はもらえません。では、会社に退職給付制度があれば、100%退職金をもらえるのでしょうか? 今回は、“退職金がもらえなくなる落とし穴”について、さまざまな角度から調査してみました。
会社が倒産しても、退職金は原則「もらえる」会社に退職給付制度があり、支払い要件等が就業規則や退職金規程に明文化されている場合は、会社は退職金を支払う義務が発生します。
したがって、会社が定める退職金規程の退職金支給要件に当てはまる人は、退職金がもらえるのが原則です。たとえ会社の経営が悪化して資金が足りなくなっても、減額や未払いは許されません。
とはいえ、会社に支払うお金がなければ、現実的に払ってもらえないという問題が起こってしまいます。社員に退職金をもらう権利があっても、「会社が倒産して1円ももらえない」という事態はないわけではありません。
会社が倒産して退職金がもらえないという場合は、独立行政法人労働者健康安全機構が実施している「未払賃金立替制度」を利用すると退職金を含む未払賃金の一部を立替払いしてもらえる場合があります。
立替払いの額は、未払賃金総額の8割となっていますが、未払賃金総額には限度額があり、45歳以上は370万円が限度です。立替払いしてもらえるのはその8割にあたる296万円が最高額ということいなります。
つまり、長く働いて多くの退職金をもらう予定だった人も、会社が倒産してしまうと、ごく一部しかお金を取り戻せない場合があるのです。
しかし、実は、会社が倒産しても、退職金がもらえるというケースもあります。それは、会社が退職金を社内でプールせず、外部に積み立てを行う確定給付企業年金や確定拠出年金、中小企業退職金共済といった制度を利用している場合です。
これらの制度では、積み立てられた年金資産は事業主および事業主の債権者から法的に分離され、退職給付以外に使用できないルールとなっているため、会社の経営悪化や倒産の影響を受けることなく、退職金を受け取れます。
自己都合退職では「4~5割減額」のケースも退職金が減額されたり、もらえなくなったりするケースは、会社の問題ばかりではありません。社員側の問題で退職金が減額や不支給になる場合もあります。
退職金がどんなときに、減額や不支給になるかは、会社の就業規則や退職金規程に定められています。実は、日本の会社では長い間、自己都合退職をすると退職金が減額されるのが当たり前という労働慣行が根付いています。自己都合で会社を辞めると、なんと4~5割も退職金が減額される場合もあるそうです。
ここで思い出していただきたいのが、今年6月に発表されて話題となった政府の「経済財政運営と改革の基本方針2023」(いわゆる「骨太の方針」)の中で、掲げられた「成長分野の労働移動の円滑化」です。このとき、労働者が自由に成長分野に転職しやすいように、勤続年数による優遇や自己都合退職のペナルティーを見直そうといった議論がなされました。その結果「退職所得控除の見直し」がサラリーマン増税と騒がれましたが、「勤続年数が長い人に有利」な退職所得控除の見直しは、今のところ先送りとなっています。
しかし、その陰で地味に変わっていたのは、厚生労働省のモデル就業規則です。「退職金の支給」の項目から、勤続年数の規定や、自己都合退職に関する退職金の減額規程がバッサリ削除されました。
●Before(令和3年4月版)
(退職金の支給)
第52条 勤続_年以上の労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、自己都合による退職者で、勤続_年未満の者には退職金を支給しない。また、第65条第2項により懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。
出典:厚生労働省「モデル就業規則(令和3年4月版)」より
●After(令和5年7月版)
(退職金の支給)
第54条 労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、第68条第2項により懲戒解雇された者は、退職金の全部または一部を支給しないことがある。
出典:厚生労働省「モデル就業規則(令和5年7月版)」より
このような新しい「モデル就業規則」に沿って、会社の就業規則や退職金規程が改訂されれば、自己都合退職での退職金減額や不支給はなくなるかもしれません。
懲戒解雇では「もらえない」覚悟をただし、自己都合ではなく懲戒解雇の場合は、ほぼ退職金がもらえないことを覚悟した方がよいでしょう。どのような場合に懲戒解雇になるのかは、やはり就業規則に記載されているので、よく読んでみてください。
厚生労働省のモデル就業規則によると、懲戒解雇になる事由として、
「故意または過失によって会社に重大な損害を与えたとき」
「会社内で刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかになったとき」
「私生活上の非違行為や会社に対する正当な理由のない誹謗中傷等であって、会社の名誉信用を損ない、業務に重大な悪影響を及ぼす行為をしたとき」
「正当な理由なく会社の業務上重要な秘密を外部に漏洩して会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき」
などが挙げられています。このような行為で懲戒解雇になると、退職金は減額や不支給となるケースが多いようです。しかし、退職金は「賃金の後払い」という性格があるため、懲戒解雇による減額や不支給は、しばしば裁判で争われています。
退職金の減額・不支給が争われた例退職金不払いに関する代表的な判例として「小田急電鉄(退職金)事件(H15.12.11東京高判)」があります。
この事案では、痴漢撲滅運動に取り組んでいる鉄道会社の職員が痴漢行為により2回逮捕され、執行猶予付き判決を受けたうえ、余罪もあったことから懲戒免職となり、退職金不支給となりました。当該職員はその処分が勤続20年間の功績を消し去るほどの不信行為にはあたらないとして、退職金の全額支払いを求め裁判を起こしたのです。
これに対し、東京地裁は、懲戒解雇及び退職金の不支給は「いずれも有効」としました。しかし、二審の東京高裁は「懲戒解雇は有効だが、退職金は当該職員の行為に相当程度の背信性があったとはいえない」として、3割を支給すべきという判決を出しました。
また、情報漏洩により懲戒解雇された社員が退職金不支給について争った「みずほ銀行事件(R3.2.24東京高判)」でも、退職金の3割を支給することが認められています。
どちらも、会社にとっては大きなダメージのように感じますが、裁判では懲戒解雇でも退職金の3割程度を会社が支払うことになるケースが多いようです。
退職金ゼロが認められた例一方で、今年になって退職金3割も認められなかった厳しい判決が最高裁で出ています。「退職手当支給制限処分取消請求事件(最三小判R5.6.27)」で、この裁判は民間企業ではなく公務員が争った事件です。
自家用車で酒気帯び運転し懲戒免職された公立学校の教員が、職員の退職手当に関する条例により、教育委員会から退職手当等の全部を支給しないこととする処分を受けて、その取り消しを求める裁判を起こしました。
高裁では「退職手当等の3割に相当する額を支給しないのは県教委の裁量権の範囲を逸脱している」とされましたが、最高裁では、原審を変更して全額不支給を認めたのです。
当該教員は、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間に渡って誠実に勤務し、反省の情を示していることを勘案しても、「社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない」として、県教委の判断通り退職金はゼロとなりました。
民間企業の会社員に比べて、公務員の場合は、裁判でも判決が厳しいようです。
「請求忘れ」という凡ミスで退職金をもらえない人も……さて、ここまで会社の倒産や懲戒処分といった、あまり起こらないかもしれない例を見てきましたが、「退職金がもらえない」というのは実はひとごとではありません。誰にでも起こりうる例として「退職金の請求忘れ」という、驚くべき凡ミスが世の中で100万件以上発生していることをご存じでしょうか?
請求忘れが大量発生しているのは、企業年金タイプの退職金です。企業年金は、受け取る権利のある人が、自分で請求しなければもらえません。
どのような企業年金が未請求になっているかを調べたところ、厚生労働省の令和3年度末のデータでは厚生年金基金が0.2万人(受給権者数12.7万人の1.9%)で、企業年金連合会に移管されている企業年金が112万人(受給権者数1201万人の9.3%)でした。未請求者は年々少しずつ減っているようですが、割合としては常に1割程度の人が、自分の退職金である企業年金を請求し忘れている状況が続いています。
企業年金連合会のホームページで公表されている未請求者の状況によれば、令和5年3月末現在で107.7万人が裁定請求未提出者となっています。そのうち、住所変更などの手続きを行わず企業年金連合会の郵便物が届かない「請求書不達者」が64.8万人、郵便が届いても手続きをしていない「請求保留者」が42.9万人います。
この結果を見ると、「郵便物が届かない」人だけではなく「届いているのに請求していない人」が40万人以上いるのも驚きです。
退職金請求の時効に注意!退職金や企業年金は、いつまでも請求しないでいると時効にかかって請求できなくなることがあります。退職金請求権の時効は、労働基準法115条で5年と定められています。
また企業年金の請求権には、基本権(年金を受ける権利)と支分権(分割された年金ごとに発生する受け取る権利)があり、基本権は「知った時から10年、権利を行使できるときから20年のいずれか早い方」(民法168条)、支分権(または一時金)は「知った時から5年、権利を行使できるときから10年のいずれか早い方」(民法166条)と定められています。
企業年金のうち、確定企業給付年金は、民法の定めを適用せず、規約によって民法より長い時効期間を定めている場合もありますが、いずれにせよ、時効にかかった分の企業年金は消滅してしまうことがあります。
「ついうっかりしていた……」ともらえるお金を自ら失くしてしまわないよう、郵便物はかならず目を通し、請求できるものは速やかに請求しましょう!
参考
・ 厚生労働省「就労条件総合調査」
・厚生労働省「厚生年金基金等の未請求者の状況について」
・企業年金連合会「連合会年金の未請求者の状況について」
・三井住友信託銀行 年金信託部「SuMiTRUST年金ニュース」(令和2年2月12日)
加茂 直美/フリーライター・行政書士
主に年金、老後資金、行政手続きなどの細かい情報をリサーチし生活に活かすための記事を執筆。行政書士。2級DCプランナー。行政書士事務所オフィスリーガルブレーンを主宰。『役所や会社は教えてくれない! 定年と年金 3つ年金と退職金を最大限に受け取る方法』(大江加代 監修/ART NEXT)『アメリカ人が当たり前に知っているお金のこと全部』(西村隆男 監修/宝島社)『60歳からの得する年金!働きながら「届け出」だけでお金がもらえる本 2023-2024最新版』(小泉正典 監修/講談社MOOK)などの取材、企画、構成、執筆等を担当。
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