最近見かける「有名企業がMBO実施、上場廃止」のニュース…一体どういう意味?
Finasee / 2023年12月8日 11時0分
Finasee(フィナシー)
このところ立て続けに、上場企業がMBOを行い、株式を上場廃止にするという報道が増えています。特に11月は、大正製薬ホールディングス、ベネッセホールディングス、シダックス、ツルハホールディングスなど、知名度の高い上場企業がMBOを実施し、株式を上場廃止にするという報道が相次ぎました。
MBOとは?MBOとはManagement Buyoutの略称で、企業の経営陣が金融機関や投資ファンドなどから資金を調達し、既存の株主から株式を買い取ることです。
ただ、買い取るといっても、当たり前のことですが、無条件で既存株主が「はい、そうですか」などと言って株式の譲渡に応じることはありません。既存株主は皆、それぞれの期待感を持ってその企業の株式に投資しています。そのため、現在の株価に対して一定の買収プレミアム、つまり株価を上乗せして買い取ることになります。
たとえばベネッセホールディングスは、MBOを実施するにあたって、1株あたりの買い取り価格を2600円としましたが、11月10日にMBOを発表した時の株価は、終値で1908円でした。この差額である692円分が買収プレミアムになります。
上場することによる企業のメリット多くの企業経営者は、起業した以上、自社の株式を上場させたいと考えるのが普通です。中には「上場ゴール」などと言って、上場そのものが目的化しているようなケースも見られますが、株式を上場させることによって、さまざまな経営上のメリットが得られます。
たとえば、上場すれば資金調達力が高まります。非上場の段階では、ほぼ銀行融資とベンチャーキャピタルからの出資に頼らざるを得ませんが、株式を上場させれば、証券市場を通じて不特定多数の投資家から資本を調達できます。
また、社内的には管理体制がしっかりするという副次的効果が得られます。なぜなら株式を上場させるためには、証券取引所の審査を受けなければならず、その審査基準のひとつに、「企業のコーポレートガバナンス及び内部管理体制の有効性」という項目が設けられているからです。
つまり株式を上場できたということは、それに応じた社内管理体制を強化させる必要があり、第三者的にも「ちゃんとした企業」という評価を得られます。
その結果、企業の知名度が上がり、従業員のモチベーション向上と人材確保につながります。昨今、特に人手不足による人材確保に苦労している企業も多いので、この点は非常に魅力的でしょう。
そのため、確かにMBOによって株式の非公開化を目指す企業もある一方、株式を上場したいと考えている企業が多いのも事実なのです。
なぜ株式の非公開化を目指すのかでは、どうしてMBOによる株式の非公開化を目指す企業があるのでしょうか。
1番の理由は、東京証券取引所の市場改革です。東京証券取引所は市場区分の見直しと共に、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を、プライム市場やスタンダード市場に上場している企業に求めるようになりました。
PBRが継続的に1倍割れしている企業に対して、その改善に向けた取り組みや進捗状況の開示を要請する方針を示したのも、その一環です。
株式はただで上場できるわけではありません。上場時には上場審査料や、幹事証券会社への成功報酬の支払いが生じますし、上場後も年間上場料や監査法人への支払い、株式事務代行機関への支払い、有価証券報告書など各種開示書類の作成費用、株主総会の運営費用など、さまざまなコストが発生します。
こうした事務的なコスト負担増に加え、東証改革によって株価を意識した経営が求められるようになったこともあり、敵対的な株主が増える恐れも生じてきました。
一部投資ファンドの中には、PBRが割安に放置されている企業に投資し、増配や自社株買いを要求するところも散見されます。実際、2023年6月の株主総会では、90社・344議案という、過去最高の株主提案数になりました。
もちろん、これらは株式を上場することで得られるメリットに対するコストのようなものではありますが、「その程度のメリットを得るために、これだけのコストを払うのはいかがなものか」と考える企業が増えてきたとも言えます。
また経営面でも、四半期決算の開示を求められ、株主から目先の利益を実現するための要請が増えれば、長期的な視点に立った経営が困難になります。
この点、MBOによって株式を非公開化してしまえば、経営者にとっては経営の自由度が一気に高まります。長期目線で経営戦略を立てることができますし、経営の意思決定スピードを各段に上げられるので、たとえば構造不況業種の企業が思い切った構造改革を行い、事業を立て直すうえで有効な手段になります。
MBOで株式の売却は必須?ところで、MBOに応じる、応じないは投資家の自由意思に委ねられます。応じる場合は、買収プレミアムを上乗せした株価で売却できますが、中には買収プレミアムに納得ができないなど、さまざまな理由で応じないというケースもあります。
この場合、たとえばMBOを行う経営陣が議決権の3分の2以上を取得できれば、「スクイーズアウト」と言って、残り3分の1の株主から強制的に株式を買い取ることができます。
スクイーズアウトを実施しないまま、非公開化された株式を保有し続けている場合であっても、株主としての権利は当然、守られます。
株式が上場廃止されるとなると、その株式の価値そのものがなくなると誤解している人も少なくないようですが、株式の非公開化によって株式の価値が損なわれることはないので安心してください。
ただ、いくつかの点において、上場株式とは勝手が違ってきます。
たとえば上場廃止されると、株式市場で自由に株式を売買することができなくなります。資金需要が生じた時、証券会社を通じて即、売却して現金を手に入れることが困難になるのです。
加えて、企業の経営状況を把握するのが困難になります。言うまでもなく企業は、株式を公開していることが前提で、有価証券報告書などさまざまな開示書類を作成し、第三者の閲覧に供しているからです。
とはいえ、上場廃止した企業がそのまま株式の非公開化を続けるかというと、決してそのようなことはありません。
たとえば2014年にMBOを実施して、株式を非公開化した電子楽器大手のローランドは、工場の整理統合といった経営改革を断行し、2020年には当時の東証1部市場(現在のプライム市場)に再上場を果たしています。売上高は上場廃止前に比べて倍増し、PBRも3倍近くとマーケットから高い評価を得ています。
再上場されれば、再び株式市場を通じて自由に売買できるようになるので、上場廃止になるからといって慌てる必要はないのです。
参考
・日本取引所グループ「『資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応』に関する開示企業一覧表の公表等について」
鈴木 雅光/金融ジャーナリスト
有限会社JOYnt代表。1989年、岡三証券に入社後、公社債新聞社の記者に転じ、投資信託業界を中心に取材。1992年に金融データシステムに入社。投資信託のデータベースを駆使し、マネー雑誌などで執筆活動を展開。2004年に独立。出版プロデュースを中心に、映像コンテンツや音声コンテンツの制作に関わる。
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