「働けるのに働けない…」年収の壁に悩むパート主婦の“生きづらさ”に忍びよる影
Finasee / 2023年12月19日 18時0分
![「働けるのに働けない…」年収の壁に悩むパート主婦の“生きづらさ”に忍びよる影](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/finasee/finasee_12966_0-small.jpg)
Finasee(フィナシー)
清水恵(38歳)は、もう一度最初から計算をし直そうと、1月の給与支給額から電卓に打ち込み始めた。11月までの支給額の合計が既に98万円を超えていた。年収103万円以下にしようとすれば、現在の時給で1日5時間働くと、12月は6日間くらいしか働けないことになってしまう。いつも16日程度はシフトに入っているから、10日以上も他の人にシフトを代わってもらわなければならない。恵は班長にシフト調整のお願いに行く憂鬱(ゆううつ)さに押しつぶされそうだった。この時、さまざまなプレッシャーから、恵は正しい判断ができない状況に陥っていたと考えられる。その時に取った行動が、恵やその家族まで苦しめるきっかけになろうとは……。
恵は、小学校2年生の湊(8歳)と保育園の年長組の楓(6歳)を育てている。湊の所属するサッカークラブは、毎週土日に近隣のサッカーチームと試合があり、保護者は手分けしてその試合の付き添いや軽い食事や飲み物などを用意してサポートする役割を担っていた。最近、楓が近所の結菜ちゃん(6歳)の影響を受けて、クラシックバレエの教室に通いたいと言い出したところで、夫の誠(41歳)と話し合いの最中だった。誠は、社員50人ほどの不動産会社に勤める営業マンで、昨年課長に昇進してから、帰宅時間が少しずつ遅くなっていた。決算期の3月や9月には月半ばから帰宅時間は22時を過ぎるのが当たり前になった。
そして、誠の帰りが遅くなるほどに、子供たちのことは恵に任されるようになった。実際に、誠は土日も仕事なので湊のサッカークラブの付き添いは最初から恵ひとりで行っていた。楓のバレエ教室をどうするのかということも、火曜と水曜の休みの日に相談しようとしているのに、誠が疲れていて夫婦でゆっくり話し合う機会がなかった。
扶養の範囲内は夫の「強い意向」で恵のパート収入を扶養の範囲内に収めるようにと強く制限したのは誠だった。誠は課長に昇格したことで、毎月の給与は上がり、ボーナスも増えたのだが、それに伴って税額も上がった。「仕事の内容はより多くなったのに、それに見合うだけの手取り収入になっていない」というのが誠の受け止めで、それは、税金のせいだと決めつけた。そのため、ネットの情報をかなりしつこく調べ、恵が税制上の扶養範囲から外れる103万円を超えるような働き方はしないようにと強く言い出した。まして、年収130万円を超えると恵自身で社会保険に加入しなければならないため、「せっかく配偶者控除や扶養配偶者として厚生年金や社会保険の恩恵を受けられるのに、それを無駄にすることはない」と誠は強く主張した。
ところが、社会保障制度が変わって、恵が務めているスーパーマーケットの規模(従業員数101人以上、2024年10月からは従業員数51人以上)では、恵のように週20時間以上、月額8.8万円以上の賃金を得ている場合は年収が106万円以上になると社会保険料を自分で支払う必要があることになった。誠からは、どんなことがあっても106万円を超えて働くなと強く言われていた。しかし、このままだと103万円以内に収入を抑えることは難しそうだった。少なくとも週4日は働いてきたのに、それをいきなり週1日にしてくれとは言えなかった。恵は電卓をたたきながら、週3日で12月は12日間働くとギリギリで年収が105万円程度になりそうだということがわかって安堵した。
「働けるのに働けない」ジレンマとストレススーパーの方針で、パートのシフト調整は、フロアごとに区分された班の班長が行うことになっていた。恵が所属する班の班長は、恵を2年前に職場に誘ってくれた山田律子(46歳)だった。ただ、恵が湊のサッカークラブの試合のために、たびたび土日のどちらかを休みにしてほしいと願い出るようになってから、関係がギクシャクしていた。土日は、平日よりも人出が多く、恵のように優れたキャッシャーは重宝された。恵のレジは、釣り銭の渡し間違いなどがなく、常に収支がきちんとそろっていた。恵とは毎月2回は土日のどちらかを休みにするという約束だったが、子供が進級してサッカーの試合が増えたため、今年から毎月4回の土日休みとなり、それが2カ月に1回は4回が5回になった。律子としては、恵に土日を続けて休まれると、その週末はてんてこ舞いとなってしまって本当に困っていた。
恵は、律子にシフト調整をお願いすると受け入れてはくれるものの、本心では相当怒っていることがわかって嫌だった。恵としても、律子に迷惑をかけてまで働く時間を少なくしたくはなかった。本当であれば収入を増やして楓をバレエ教室に行かせてあげたかった。今のままだと、楓にバレエを習わせるには誠の小遣いを減らすしか方法がなかった。その相談をした時に、誠からは課長になって部下にコーヒーをおごったり、何かと入り用が増えたから小遣いは減らせないと言われて話し合いが進まなかったのだ。
楓からは、毎日のようにバレエ教室に行きたいとせがまれ、職場でも律子から疎まれるのは堪えた。そこで、恵は、スーパーの労使管理の責任者である副店長の猪山学(48歳)に直接相談してみようかと考えた。律子に1対1でお願いするよりも、猪山が一緒にいてくれた方が、話がまとまりやすいように感じたのだ。この時の恵の判断が、その後、大きな火種となって恵のみならず、恵の家庭にも思いがけない災いとなる……。
●シフト調整が原因で恵に起こった思いがけない災いとは? 後編【「休みたいなら愛人になれ」年収の壁に悩むパート主婦を襲った“あり得ない”言動】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
風間 浩/ライター/記者
かつて、兜倶楽部等の金融記者クラブに所属し、日本のバブルとバブルの崩壊、銀行窓販の開始(日本版金融ビッグバン)など金融市場と金融機関を取材してきた一介の記者。1980年代から現在に至るまで約40年にわたって金融市場の変化とともに国内金融機関や金融サービスの変化を取材し続けている。
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