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ブランドスーツを着てラウンジで商談…タワマン住民たちが警戒する「不審な男」

Finasee / 2023年12月27日 11時0分

ブランドスーツを着てラウンジで商談…タワマン住民たちが警戒する「不審な男」

Finasee(フィナシー)

不動産会社専務・増岡健次の秘密

人いきれの中、耳障りなカラオケの音が鳴り響く。「ちっ」。思わず舌打ちをした。

「増岡さん、今日は何だか機嫌が良くないね」

隣に座ったタイ人のホステスが、こちらをのぞき込むようにして言う。

当たり前だ。先刻、義父からたんまり小言を食らったばかりだ。

高圧的で陰湿、あの悪口雑言シューティングを受けて無傷でいられるのはスーパーマンかウルトラマンか、はたまた相当の鈍感野郎だろう。

「お前、2720号室の河合、本当に大丈夫なんだろうな」

向かいの席の清水を睨みつける。清水はすました顔でビールをあおっている。

「家賃の滞納は一度としてない。父親は地方議会議員。その河合の、どこが問題なんすか?」

「2720号室に若い奴らが頻繁に出入りしているんだよ。同じフロアの住民から苦情が寄せられているらしい」

激高した義父の赤鬼顔がフラッシュバックする。

「分かってるだろうな? うちは地権者なんだ。マンションの価値を毀損(きそん)したり、住民の風紀を乱したりすることは、万に一つもあってはならない」

ええ、分かっていますとも。その言葉は耳にタコができるくらい聞かされてきましたから。

2720号室の河合は半年ほど前、地権者住戸の1つに清水が入居させた店子(たなこ)だ。提出された書類には24歳で広告代理店勤務とあったが、下手をすれば高校生にも見られかねない童顔。そのくせ、グッチのスーツを着てアルファードを乗り回している。親の援助なのかもしれないが、あの羽振りの良さは少々引っかかる。

「増岡さんには何か匂うってわけすか。ま、蛇の道は蛇って言いますからね」

「お前、ざけんなよ」

増岡の過去と現在

清水には怒ってみせたが、蛇の道は蛇とは言い得て妙だと思う。

10代の頃は半グレと付き合いがあり、警察の世話になったのも1回や2回では済まない。その俺が20歳でデキ婚、この一帯の地主である妻の家の籍に入り、義父の仕事を手伝うようになった。運転手からスタートして20余年、今は義父が経営する不動産会社の専務の座に収まっている。

しかし、義父の子飼いばかりの会社はいささか居心地が悪く、毎日日が傾く時間になると、一番若手の清水とこうして地元のスナックに繰り出し、おだを上げているというわけだ。

「そう言えば拓海さん、来年は就職すよね? ここに来るんすか?」

早いもので、長男の拓海は来春大学を卒業する。

「アメリカで語学学校に通った後、大学院に進んでMBA(経営学修士)を取りたいと言ってる。本当にどいつもこいつも金ばかりかかって……」

次男の蒼空も2年後には大学受験だ。蒼空は獣医学部志望らしい。北海道大学の獣医学部を出て釧路の動物病院に勤務する、家庭教師の佐伯さんの息子(※)に憧れているのだ。
※佐伯一家の詳細:【「一人息子のために…」中年夫婦にタワマン購入を決意させた“一方通行な愛情”】

 

このマンションのオーナーである佐伯さんは、義母が同じ国立市の出身ということから親しくなったと聞いた。数年前まで都内の有名校で校長を務めていただけに教え方がうまく、拓海は佐伯さんのおかげで第一志望の明治大学に受かったようなものだ。気難しい蒼空も、佐伯さんにはすっかりなついている。

「とにかく、河合には目を光らせておけよ」

そろそろ21時だ。清水に念を押すと、席を立った。

店子・2720号室河合の怪しい動き

夜間のマンションのロビーは人影もまばらだ。高層階用のエレベーターに乗り、50階のボタンを押す。

50階のホールで下りると、佐伯がエレベーターを待っていた。確か、今日は蒼空の勉強を見てくれる日だ。

「遅い時間まですみません」

頭を下げると、佐伯がもの言いたげな顔で近づいてきた。

「何か?」と尋ねると、「あまりこういうことは言いたくないんですが……」と前置きして、佐伯と同じ27階に住む若い男が共用ラウンジを商談に使っているようだと話してくれた。

「一度ならともかく、私も家内も何度か見かけています。その度に相手が違うので、恐らくビジネスではないかと」

すぐに河合のことだと分かった。

「たぶん、うちの借り手です。共用施設の商用はルール違反ですから、厳重に注意しておきます」

礼を言って自室に入ると、蒼空がテレビゲームに興じていた。

「お母さんはまだか?」と尋ねると、「うん、どうせ今日も午前様じゃない」という答えが返ってきた。

妻の瑞希は1年ほど前から歌舞伎町の人気ホストに熱を上げている。週に2日は店に出掛け、高級シャンパンをオーダーしたり、ブランド物のアクセサリーをプレゼントしたりして“推し”の気を引くのに必死だ。

 

「42歳の本気だから」と宣言し、俺や子供たちの前でも少女のような恋心を隠そうともしない。

「僕は佐伯先生と弁当を食べたけど、冷蔵庫の中、何もないよ」

「飯は済ませてきたから、いい」

冷蔵庫から缶ビールを取り出しタブを引くと、ビールをそのままあおった。すかっとした炭酸がのどを落ちていく。

全く、どいつもこいつも。

20年かけて固めてきた足場が、ここに来てぐらついているのを感じる。

●久しぶりに家族がそろった週末。ある話をきっかけに一家崩壊の危機に……。後編【口座から消えた「5000万円」をめぐり一家崩壊の危機…家族も呆れた“ホス狂妻の言い訳”】で詳説します。

※この連載はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。

森田 聡子/金融ライター/編集者

日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は雑誌やウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に、投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく伝えることをモットーに活動している。

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