「もう限界よ…」と言った妻 親友の保証人になったアラフォー男の“悲壮”な末路
Finasee / 2023年12月22日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
高橋秀一(42歳)は親友の山内の頼みを聞いて300万円の借金の連帯保証人になってしまった。山内の「すぐに返せる」という言葉を信じていたが、山内の会社は倒産し、音信普通になってしまっていた……。
●前編:アラフォー男の友情がアダに… 人生を狂わせた親友の“頼み事”
300万のはずが600万に「何考えてんのよ……」
娘たちが寝静まった深夜、妻の睦実はリビングで頭を抱えていた。向かいに座る高橋とのあいだには督促状が広げておいてある。
300万だったはずの借金は1年で600万にまで膨れ上がっていた。
山内とは連絡がつかない。自宅にまで行ってみたものの、すでに山内は引っ越していて行き先も分からなかった。
「ごめん……」
安易だった。どこから借りた金なのか、金利がいくらなのか。そういうことを一切確認しないままサインをしてしまっていた。すぐに返せる金なんだという山内の言葉を信頼しきり、サインしたことすらろくに覚えていなかった。安易で愚かだった。
だが後悔しても遅い。貯金がないわけではないが、借金全てをまかなえるほどではない。少年野球を始めた息子の大会や練習での送迎のためもあり、車を買い替えたばかりだった。家のローンも残っている。私立の中学に通う娘の学費だって安くはない。
「ごめん」高橋には謝ることしかできない。「返し終わるまで俺の小遣いはいらないから」
「当たり前でしょ!」
「……大きな声出すなよ」
「なんであなたはそんなにぼやっとしてられるのよ!」
「ごめん」
それ以上何も言えずに黙り込む。睦実の重く濁ったため息がリビングに落ちた。
安易な判断ですべてを失った高橋は深夜の交通整理のアルバイトを始めた。
40歳を過ぎた体に深夜の労働は堪えるものがあったが仕方がなかった。けれども冬の寒空の下、運転席から若い男に文句を浴びせられたりすれば、心はすさみ、涙が出た。
削られた睡眠時間は昼間の集中力を奪っていった。頭はいつもぼんやりし、食事が喉を通らなくなった。
山内にかぶせられた借金は貯金を使い、半分程度返し終えている。しかし月3万円の自分の小遣いを切り詰めたところで金額はたかが知れており、もちろん子供の養育費や進学費用に手を付けるわけにもいかず、その後の返済は難航していた。
専業主婦だった睦実も、隣の駅前のコンビニでパートを始めた。家には毎週のように取り立ての男が2人組でやってきた。男たちが提示する借金の金額は減らないどころか、少しずつ増えていった。子供たちは怯えていた。
いつ切れてしまうかも分からないロープの上を、歩き続けているようだった。いつまで歩いても、向こう岸は見えなかった。
「ごめんなさい」
睦実はうつむいて、高橋に書面を差し出した。
「このままじゃ子供たちがかわいそう」
それ――離婚届は借金の督促状よりも鋭く痛烈に、高橋の心に突き刺さった。
「もう限界よ」
「ごめん」
高橋は最後までそれしか言うことができなかった。離婚届にサインした翌日、高橋は荷物をまとめて家を出た。
それから間もなく、高橋は無理な労働がたたって身体を壊した。深夜のアルバイトはもちろん、昼間の本職も続けることが難しくなり、高橋は自己破産を申請する。
――なにもかも、すべてあいつのせいだ。
高橋は隙間風がひどいアパートの一室で、呪詛(じゅそ)のようなうめき声を上げて泣いた。
過去からは逃げられない人生山あり谷あり。捨てる神あれば拾う神がいる。
山内栄悟(42歳)はずっとどん底にいた。出来心でした1度きりの浮気がばれ、妻は息子を連れて出て行った。何度も送った謝罪メールや電話に返ってきたのは離婚届で、1年以上もかかった調停の末、山内は離婚した。
円形脱毛症になり、夜眠れなくなり、街で仲の良さそうな家族を見るだけで手が震えた。適応障害と診断され休職。復帰のめどが立たず、やんわりと退職を促されたから会社を辞めた。貯金を使って立ち上げた事業はうまくいかず、ビジネスローン、銀行の融資、消費者金融での借金と負債ばかりがかさんだ。
逃げるしかない、と思った。
保証人にしていた何人かの友人には申し訳ないと思ったし、ほとんど慰謝料と養育費を払えていない妻たちにも面目ないと思っていた。
だが人生をやり直すにはそれしかなかった。たとえ無責任だと後ろ指をさされ、非道だとそしりを受けても、それだけが自分を救う方法だと思った。
そして結果、山内の人生は好転した。
すべて捨てて誰も自分を知らない町へ行き、雨に打たれているところをある女性に拾われた。彼女は訳ありで過去をろくに話せない男に、温かいコーヒーを入れてくれた。彼女——理子は町の外れでカフェを営みながら中学生の息子を育てる未亡人だった。この人の力になろうと、山内は思った。
山内はカフェで働き始めた。夜遅くまでコーヒーの入れ方を研究し、何度も料理を練習した。
「うん、だいぶいいんじゃないか」
店の奥の厨房(ちゅうぼう)でコーヒーを試飲していた山内は息を吐いた。
外では強い雨が降っている。理子と出会ったのも、今日みたいな雨が降っている夜だった。
「それじゃあ、私そろそろ帰るから。あんまり根詰めちゃだめだよ?」
「ありがとう。俺も片づけしたら帰るよ」
理子と息子の拓司とは一緒に住んでいる。まだ結婚はおろか、正式に付き合っているわけでもなかったが、いつかそうなったらいいと山内は思っている。
入れたてのコーヒーをもう一度味わう。これなら常連客も納得してくれそうな味だ。
山内は片づけを始める。最初は手間取っていて危なっかしかった皿洗いも、今ではもうだいぶ手慣れたものだ。
扉が開き、鈴の音が聞こえた。理子が戻ってきたのかと思い、山内は作業の手を止める。
「どうしたー? 忘れ物?」
ぬれた手をエプロンで拭い、店内へ戻る。明かりの消えた薄暗い店の入り口に、びしょぬれの人影があって、息をのむ。
「……すいません。今日はもう閉店で」
「久しぶりだな」
低くうなるような男の声で言って、人影はかぶっていたフードを外す。瞬間、すぐ近くで走った稲光が窓越しに突き刺さり、店内の薄暗さを引き裂いていく。
「お前、高橋か……!?」
山内は後ずさる。痩せこけ、無精ひげを蓄え、変わり果ててしまった親友が立っていた。
「随分探したよ。山内、会いたかった」
雨よりも冷たく響く高橋の声に山内は悟る。過去から逃げることは決してできないのだと。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
Finasee編集部
「インベストメント・チェーンの高度化を促し、Financial Well-Beingの実現に貢献」をミッションに掲げるwebメディア。40~50代の資産形成層を主なターゲットとし、投資信託などの金融商品から、NISAやiDeCo、企業型DCといった制度、さらには金融業界の深掘り記事まで、多様化し、深化する資産形成・管理ニーズに合わせた記事を制作・編集している。
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