出会って7カ月で結婚した夫が激変… 婚活パーティーの“落とし穴”
Finasee / 2023年12月28日 17時0分
![出会って7カ月で結婚した夫が激変… 婚活パーティーの“落とし穴”](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/finasee/finasee_13008_0-small.jpg)
Finasee(フィナシー)
「——ありがとうございました!」
拍手が響くなか、まばゆい舞台の上では演者たちがそれぞれの両隣と手をつなぎながら一列に並んでいる。彼らは深々と下げていた頭を上げる。何人かは感極まって泣いていて、何人かは晴れやかな表情で手を振って拍手に応えている。
前衛的過ぎて意味不明なのにどこか懐かしい空気感のある彼らの舞台が、小枝子は好きだった。学生時代は公演のたびに足を運んでいた。働き始めてからは忙しくなったが、彼らの荒唐無稽な演劇を見ていると現実の不安や嫌なことなんて吹き飛んでしまった。
下北沢の劇場で行われた〈サボテン〉※という小さな劇団の解散公演。解散だというのに席は半分くらいしか埋まっていないことが、こんな小さな劇団が1つなくなったところできっと誰にも気にはとめないという事実をひしひしと感じさせる。
※〈サボテン〉の詳細:女優からコールセンターの派遣社員に… 40歳目前、社会人経験なしの女性の苦悩
だけど小枝子にはかけがえのない時間だったことは言うまでもない。
そして今日という日は小枝子にとって特別な意味を持っていた。
いつも1人で見に来ていた小枝子のとなりに、今日は新宮隆平が座っている。
彼は涙を流していた。鼻を赤くし、シャツの袖でぬれた目元をこすっていた。顔はずっと照明に照らされた舞台へと向けられていた。
「ちょっと泣きすぎじゃない?」
明るくなった劇場で、小枝子は隆平に尋ねる。隆平は恥ずかしそうに笑いながら、やっぱり目元をシャツの袖でこすっていた。
「これは傑作だよ。日常に忍び寄る人間性の愚かしさと輝かしさを鮮烈かつ丁寧に描いている作品だった。泣かずにはいられないよ」
まるで自分の心を読まれたのかと思うような感想だった。その瞬間、小枝子はこの人と結婚したいと思った。同じものを同じ温度でいいと思えること。小枝子がずっと探していた人がいま目の前に座っていた。
ふるいにかけられるイチゴたちの中で去年35歳になり、30代も後半に差し掛かった小枝子は焦っていた。
人々の生き方がいくら多様化し、世の中がいくら晩婚化しているからと言っても、リミットというものは現実にしっかりと存在している。特に子供が何人欲しいかとか、具体的な将来を思い描けば描くほど、そのリミットは小枝子の人生に厳然と立ちふさがってくる。
親からのプレッシャーをのらりくらりとかわし、出産や子供の入園を迎えた友達を横目に見ていた。
そんなときに出会ったのが隆平だった。
きっかけは友人の和江に勧められて参加した婚活パーティー。それまでなんとなく避けていた場だったが、和江自身がそこで知り合った男性と結婚しており、熱烈に勧めてくるから仕方がなく参加した。
貸し切られている会場は男女合わせて50人くらいの人がいた。まず女性は座席に座るよう促され、小枝子は端の席に腰を下ろした。そして5分1セットで入れ替わる男性と自己紹介とか趣味とか仕事とか、同じような話を繰り返す。小枝子は会話をしながら、学生時代にクリスマス前の短期でやっていたケーキ工場のアルバイトを思い出した。ベルトコンベヤーに乗って流れてくるホールケーキにパックのイチゴを乗せていく。このとき気を付けるのはかたちの悪いイチゴは取り除かなくてはいけないということ。容姿、収入、会話の巧拙――この婚活会場でも、イチゴはさまざまな要素でふるいにかけられていく。
果たして自分は取り除かれるイチゴだろうか。それとも取り除く側(がわ)のアルバイトだろうか。小枝子は繰り返される5分間で愛想笑いをしながら、そんなことを考えた。
「なんだかせわしなくて疲れましたね」
13人目が隆平だった。そのときもやっぱり、小枝子は自分の心の声が思わず漏れてしまったのかと思った。
「新宮隆平です。よろしくお願いします」
隆平は濃い色のジーンズにタートルネックとジャケットを着ていた。スーツをびしっと着込んでいる人が多いなかでは目立つラフないでたちだった。
「原口小枝子です。よろしくお願いします」
隆平と話していた5分はあっという間だった。むしろ短すぎると思った。映画や舞台をよく見に行くと小枝子が言うと、隆平はデヴィッド・クローネンバーグ監督の作品が好きだと教えてくれた。小枝子も彼の最新作を映画館で見たばかりだったこともあって、話は盛り上がった。整った顔をくしゃくしゃにゆがめながら楽しそうに映画の話をする隆平の笑顔がすてきだった。
「原口さんの視点は面白いですね。よかったら今度、一緒に映画行きませんか。実話をもとにした映画で、気になっているのがあるんです」
入れ替え時間がやってきて、席を立つ間際に隆平が言った。その映画はちょうど小枝子も見たいと思っていた映画だった。けれどそんな理由をくっつけるまでもなく、小枝子に断る理由はなかった。
渋谷で映画を見て、食事で感想や考察を言い合った。次の日も、その次の日も、朝のおはようから夜のおやすみまで、毎日連絡を取っていた。隆平は小枝子よりも5歳年上で、いわゆる大企業の課長だった。2回目のデートの帰りの車で、隆平から付き合ってほしいと言われ、小枝子はうなずいた。
出会ってから7カ月。小枝子は隆平からプロポーズを受けた。両親へのあいさつも終え、お互いの家族や友人、同僚たちに祝福されて結婚式を迎えた。新居には港区に建つ新築のマンションを選んだ。
絵に描いたような幸せがそこにあった。もし運命と呼べるようなものがあるなら、このことを言うに違いないと思った。
割れたマグカップ「いつ仕事辞めるの?」
リビングのソファでくつろいでいた隆平がふとこぼした言葉に、小枝子は耳を疑った。洗い途中のお皿を、思わず落としそうになる。
「何言ってるの? 辞めないよ。結婚前にもその話はしたじゃん」
結婚したら妻には家にいてほしいというのが隆平の考えであることは小枝子も知っている。しかし小枝子も仕事は好きだった。隆平に比べればごく小さい会社で給料もそれほど高くはなかったが、大学卒業からずっと勤めていた思い入れのある仕事だった。もちろん小枝子も出産や子育てのことは考えているから、妊娠したらそのときは――という話し合いをしたはずだ。
「でもやっぱり俺は、小枝子には家にいてほしいんだよね。職場って言っても、男だっているわけだし」
「おかしなこと言わないでよ」
小枝子は笑顔で返したが、内心では傷ついていた。浮気なんてするはずがない。隆平こそ運命の相手だと、そう思ったから結婚したのだ。
「でも帰りも遅いしさ。お金だって俺の給料があれば十分なはずだろう? それなのにそうやって仕事に固執されると、疑いたくもなるだろ」
「抱えてる仕事もあるし、そんなに大きくない会社だから、簡単に辞めたりするのが難しいだけだよ。それに、隆平さんの会社にだって女の子はたくさんいるでしょ?」
冗談を言い返したつもりだった。しかし隆平の表情があからさまに曇る。
「は? なに? 俺のこと疑ってるの?」
「違う、そういうわけじゃ――」
鳴り響いた大きな物音に、小枝子は一瞬何が起きたのか分からなかった。
ソファの前のテーブルが斜めにずれていた。カーペットが巻き込まれてゆがんでいた。上に置いてあった花瓶やマグカップが倒れ、中身があっという間に広がっていく。隆平が蹴ったのだと遅れて理解した小枝子は、洗い物をいったん止めて片づけに向かう。
「冗談なんだから、そんなに怒らないでよ」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ?」
先に言ったのはそっちじゃないか。キッチンペーパーでコーヒーを噴きながら、そういう非難を込めて隆平を見た。
「なんだよ、その目は」
瞬間、視界が真っ暗になった。頰が熱かった。気がついたときには小枝子は床に倒れていた。隆平の足音が近づいてきて、身体を起こそうとする間もなく髪の毛をつかまれた。
「ばかにしてんじゃねえよっ!」
隆平の怒声がリビングに響く。小枝子の視線の先にある、おそろいで買った隆平のマグカップは倒れた拍子に割れていた。
●突然「DV夫」の本性をあらわした隆平に対して小枝子は……。 後編【“占い師のお告げどおりに…” DV夫の暴力に耐え続ける妻を救ったアイテムとは?】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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