“占い師のお告げどおりに…” DV夫の暴力に耐え続ける妻を救ったアイテムとは?
Finasee / 2023年12月28日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
小枝子(35歳)は婚活パーティーで知り合った隆平(40歳)と出会って7カ月で結婚した。一緒に暮らし始めるとすぐに暴力をふるう隆平の本性が明らかになった……。
●前編:出会って7カ月で結婚した夫が激変… 婚活パーティーの“落とし穴”
友達にも言えなくて少し早く着いて待ち合わせ場所で待っていると、時間ちょうどに和江がやってくる。和江の大きなおなかには、2人目の子供が宿っている。
「ちょっと小枝子、あんたどうしたの!? その顔……」
和江が驚きのあまり目を見開いている。小枝子は白い眼帯がついている顔の右側を髪の毛で隠しながら曖昧にほほ笑む。
「……ちょっと転んだだけ」
「いやいや、そんなになるってどんな転び方したのよ。……もしかして隆平さん?」
和江は昔から勘のいいところがある。小枝子にはもう一度曖昧な笑みを返すしかない。
小枝子の手首を和江がつかみ、カーディガンの袖をまくり上げる。小枝子の身体には1日や2日でついたものとは思えないあざがあった。
「ねえ、小枝子。ちゃんと話して。何されたの」
「大丈夫だから」
小枝子は手首をつかんできた和江の手を振りほどく。
「本当に大丈夫。けが自体は大したことないの。それに私も余計なこと言っちゃったし、彼も仕事が立て込んで疲れてて。だからとにかく大丈夫。……ごめん、今日は私、帰るね」
「ちょっと小枝子!」
呼び止める和江の声を振り切って、小枝子は走りだした。片目がふさがっているせいか人にぶつかった。気をつけろと怒鳴られた。小枝子は何度も頭を下げながら人混みに紛れ、改札まで走った。
電車に揺られていると、和江からLINEが届く。
——追い詰めるように迫っちゃってごめん 私は小枝子の味方だから、それだけは忘れないで
電車のなかだというのに、和江のやさしさに涙が出た。けれど小枝子には何が正しいのか、自分がどうすべきなのかが分からなかった。
運命を変えるきっかけとなった占い師との出会い隆平の暴力は一度だけではなかった。ささいなことで――特に自分の思い通りにいかないことがあると声を荒げ、椅子や机を蹴った。小枝子にまで直接的な暴力が及ぶことはそれほど多くはなかったが、一度火がつくと手がつけられず、立てなくなるくらいまで殴られた。そして隆平は暴れたあと、決まって小枝子を抱きしめ、目に涙を浮かべながら乱れた髪を手櫛(ぐし)でとかしてくれた。
「ごめんな、小枝子。ごめんな」
そうやって謝られると、小枝子はなぜか隆平に何も言えなくなってしまう。手を添えた隆平の、私とは違って骨ばった肩は小刻みに震えていた。
小枝子の痛む身体を、どこか暗い場所へ落ちていくような感覚が満たしていた。
次の休み、小枝子は隆平が休日出勤に出るのを見送ってから、表参道へ向かった。
目的地はメインの通りから一本横道に入ったところにあるマンション。小枝子は4階まで階段を上がり、インターホンを押さずに中へと入る。
扉を開けると、嗅いだことのない香の匂いが小枝子の全身を包んだ。甘いような、つらいような、どこか懐かしい香りはここへ訪れることに少なからず緊張していた小枝子の気持ちを和らげた。
部屋の内装は壁も床もすべて濃い紫色で、壁にはおどろおどろしい絵や鹿のような動物のされこうべが飾られていた。廊下を進むと受付のようなスペースがあり、カウンターには黒装束の女性が座っている。小枝子はその女性に名前を伝え、ソファに腰かけてしばらく待っていると奥の部屋へと案内された。より濃密になった香の匂いの中心で、占い師・運命坂(さだめざか)ひじりが待っていた。
「よろしくお願いします」
小枝子は机を挟んだ向かいに腰かける。
仕事の休憩中、気晴らしに読んでいた雑誌のなかに、小枝子は運命坂のコラムを見つけた。読者の悩みに答える形式で書かれたコラムだ。
「最近、なにか恐ろしいことがおありになったのですね」
運命坂が切り出す。
占いにはいくつかの流派というか手法があるが、運命坂はオーラとタロットカードを用いるオリジナルのスタイルで占いをする。小枝子は運命坂が自分のオーラからすでに何かを感じ取ったのだと思った。
「それはきっと人間関係……家族に関わることですね?」
「はい。どうしてお分かりになるんですか?」
「あなたのオーラが私にそう教えてくれるのです。……そうですね、オーラのなかに男性の影が見えます」
「はい、夫のことで悩んでいて……」
「そうですよね。分かっています。ですが無理をしてはいけません。抱え込むことで負のオーラがあなたのなかに滞留してしまうことになるでしょう」
小枝子は前のめりになった。運命坂の前で隠し事はできない。私のすべてをオーラで見抜き、この悩みに寄り添ってくれる。
「どうすればいいのでしょう?」
「まずは距離を置くのが一番です。それは物理的な距離もそうですが、心理的な距離も同じです。近すぎるからこそ衝突し、摩擦が起きてしまうのです。距離を置くことができれば、一気に未来が開けるとオーラに見えています」
小枝子を守った「ある物」小枝子はその日の夜、隆平の帰りを待ってから話を切り出した。
「隆平さん、話があるの」
片づけを終えた食卓に向かい合って座る。コーヒーを入れようかとも思ったが、こぼされてしまうと掃除が面倒なので入れなかった。リビングは息が詰まるような緊張感に満ちていた。
「なんだよ、改まって」
「あのね、一度、距離を置かせてほしいの」
もし空気をガラスや陶器に例えられるなら、明確に亀裂が走ったに違いない。張りつめていた空気はどす黒い粘り気を帯び、小枝子の首を絞めていく。
「は? どういうこと?」
まるで獲物を見定めた猛獣が低くうなるように、隆平の声が耳朶(じだ)を打つ。
「今のまま一緒にいても、私たちのためにならないって思うの。隆平にとって、きっと私はストレスになってるし、私もできないことばっかりで隆平を怒らせちゃうの苦しいの。だから少し距離を置いたほうがいいって」
「誰かに吹き込まれたの?」
隆平は小枝子をにらんでいる。小枝子はうつむいた。机の下で合わせた手のひらをぎゅっと握る。
「あの女か。和江とかいう。あいつが別れたほうがいいって言ったのかっ!」
隆平が立ち上がり椅子が倒れる。小枝子は握り締める手にさらに固く力を込める。
「そうやって声を荒げるの、すごく怖いの。震えが止まらなくなっちゃうの」
「お前が寝ぼけたこと抜かすからだろうが!」
隆平は小枝子の髪をつかみ、床へ引き倒す。小枝子ははいつくばって逃げ出そうとするが、隆平がすぐに追いついてきて髪を引っ張り上げる。
「どうして分からないんだ! 全部お前のためにやってることだろうが!」
耳元で怒鳴りつけた隆平は小枝子を何度もたたいた。小枝子は必死に抵抗し、倒れた拍子にポケットから落ちたスマホを拾って隆平に投げつける。しかしスマホはあさっての方向へと飛んでいき、隆平の後ろにある窓ガラスを砕いた。
夜の冷たい空気が流れ込んでくる。小枝子の反撃は予想していなかったのか目を見開いて固まっていた隆平は、すぐにわれに返り小枝子を怒鳴りつける。
「何やってんだよ。一体誰が修理代払うと思ってんだよ!」
小枝子はつかみかかってくる隆平を無我夢中で突き飛ばして玄関へ向かった。はだしのまま廊下へと飛び出す。
「おい、どこ行くんだよ!」
「来ないでぇ!」
エレベーターを待っている時間はない。小枝子は非常階段を駆け下りる。広いエントランスホールを横切り、道路へと飛び出す。ちょうど目の前で車が急停止して、かわそうとして身体をひねった小枝子は地面に倒れ込む。
「大丈夫ですか⁉」
運転席から降りてきたのは警官で、止まった車はパトカーだった。
「おい小枝子!」
怒鳴り声とともに外に出てきた隆平は、赤く明滅するサイレンを見るや固まった。
「お巡りさん、こっちこっち!」
エントランスには隣の部屋の旦那さんの姿があった。隆平を指さして叫んでいる。
「おい、てめえどういうつもりだよ」
隆平は振り返り、お隣さんに詰め寄る。しかし機敏に動いていた警官たちが隆平をあっという間に地面へと組み伏せた。
「通報がありました。家庭内で暴力を振るっていると。一度、署までご同行いただけますか?」
「離せよ! 夫婦の問題に口出しするのかっ!」
小枝子はむさぼるような深呼吸を繰り返した。ぐしゃぐしゃに混乱した頭のなかでも、運命坂のことだけははっきりと思い浮かんでいる。
運命坂の言う通りだった。
パトカーに押し込まれる隆平を見ていると、気持ちが軽くなっていくのが感じられた。
小枝子はここにはいない運命坂に向けて手を合わせる。小枝子の細い腕には、運命坂から25万円で買ったパワーストーンのブレスレットが光っていた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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