兄弟の相続争いに出てきた新たな火種…認知症の父親が書いた遺言書は「有効or無効」?
Finasee / 2024年1月16日 11時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
兄の有史さん(仮名)と弟の隼人さん(仮名)は、父親の残した遺言書のことでもめていた。争点は「遺言書が有効かどうか」。不平等な相続に納得できない隼人さんは、手書きが基本の自筆証書遺言にパソコンで作成した部分があるとして「遺言書は無効だ」と主張。しかし、財産の一覧を記録した部分は手書き以外での作成が認められていた。
そうと分かった隼人さんは、次は父親が生前に認知症を発症していたことを持ち出して遺言書の無効を主張し始めたのだった。
●前編:【「有効なわけない!」不平等な相続で兄弟の仲に亀裂…納得できない弟の“必死な主張”】
認知症でも遺言書は作成できる?遺言書を残すような年齢になってくると、認知症を患い物事を判断する能力が衰えていることも珍しくはない。だが、有効な遺言書を作るには遺言能力が必要だ。遺言能力とは文字通り有効な遺言書を作成するための能力で、認知症を患っている場合には特に問題となりやすい。
一般的な感覚で言えば、たとえ軽度であっても認知症患者が作成した遺言書が有効とは思えないから当然だろう。実のところ、争っている兄弟での父でもあり、今回亡くなった哲夫さん(仮名)は初期段階で軽度ではあるが認知症を患っていた。隼人さんが遺言書の無効を主張するもう1つの理由もこの遺言能力に関するものだ。
「おやじは認知症なんだぞ? そんな人間の作った遺言書なんて無効に決まっているだろ!!」
隼人さんが続ける。
しかし、実際に認知症患者であっても症状が軽度であったり、一時的に物事を把握する能力を回復しているような場合は遺言能力を有しているとして有効な遺言書を作ることができる。哲夫さんの場合、遺言書の作成前に医師の診断を受けている。十分な遺言能力が備えられていることは明らかだ。
有史さんが隼人さんへ事実を突きつける。
「お前も知っているだろ。きちんと医者の診断も受けて、問題ないと言われたじゃないか」
その通りだ。有史さんと隼人さんは父、哲夫さんが遺言書を作る際に医師の診断を受けるとのことでそこに同行している。しかし、頭では理解できていてもなかなか感情が追い付かないのが人間という生き物である。
手書きで簡単に作れる分、いくら医師の診察があってもその遺言書を作成した瞬間に“本当に意識がしっかりしていたか”までは分からない。隼人さんはそう言いたいようだが論理的な有史さんには伝わらない。
自筆証書遺言はいつでも手軽に作れる。それゆえ、症状が軽度の認知症患者はもちろん、忘れっぽい人、二転三転話が変わるような人は認知能力に問題がない時点で公証役場にて公正証書として作成する公正証書遺言で作成すべきだ。
遺言書作成時に注意すべきことは……遺言書の記載内容は明確でなければならない。
中でも特に問題となりやすいのが日付だ。過去の判例にのっとると、「2024年1月」のように、年月までしかないものや、「2024年1月吉日」などのように具体的な日付が明確になっていないものは、形式的要件を満たさず遺言書自体が無効となる。
また、日付がしっかり描かれていても、遺言書の記載内容があいまいでは争いが引き起こされる可能性もある。今回の遺言書で言えば「万が一のことがあれば」という部分だ。
事実、「万が一ってなんだ? こんな内容が意味不明な遺言書なんて無効だろう」と隼人さんは訴えていた。
だがそうはならない。一般的に万が一の際と言えば死を連想できる。直接的に死を指しているわけではないが遺言書に記載されている内容だと考えると一定の理解はできる。仮に裁判をしたとしても、無効な遺言書とまでは言い切れない。
遺言書の内容に大きく影響するような不明瞭さであれば遺言書の全体ないし一部は無効となるかもしれないが、この程度ではそうはならない。同席していた筆者が隼人さんにそれを伝えると、彼は黙ってしまう。同時に遺言書が無効となることはないと隼人さんは悟る。兄弟の中で決定的な亀裂が生まれた瞬間だった。
日常生活ですらあいまいな言い回しや大まかな説明では勘違いしたり意図が正しく伝わらなかったりすることは往々にある。遺言書への記載は極力分かりやすさを重視するべきだ。
遺言書は「作っておけば安心」とは言えない現在の有史さんと隼人さんは兄弟として和解こそしたものの、多少なりともわだかまりは残ったままだ。遺言書のことが問題となるまで2人の兄弟関係は良好であり、遺産は半分ずつ分けると決めていたようだった。
しかし、父哲夫さんが遺言書を残したことによって状況は一転しての相続争いだ。相続によって当初の想定よりも財産を多く受け取れることになった兄とそうでない弟との争いである。相続財産の額は1500万円と相続争いとしては決して額の大きい規模のものではないが、平穏な兄弟の関係性に消えない亀裂を作るには十分なものだ。
遺言書は「とりあえず作れば安心」というものではない。形だけ整えて作成しても、無効となってしまったり、今回のように余計な相続争いを招いたりすることもある。
遺言書を作るのであれば、
・遺言書は無効となるものではないか
・完成後は遺言書の存在が原因となって争いを招くことがないか
少なくともこの2つの観点から確認することが必要だろう。
もし、可能であるならば多少費用をかけてでも専門家へ相談して作成するべきだ。そうすることで相続トラブルが予防でき、より確実な遺言書の作成が可能になるためだ。
※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。
柘植 輝/行政書士・FP
行政書士とFPをメインに企業の経営改善など幅広く活動を行う。得意分野は相続や契約といった民亊法務関連。20歳で行政書士に合格し、若干30代の若さながら10年以上のキャリアがあり、若い感性と十分な経験からくるアドバイスは多方面から支持を集めている。
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