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「年収100万アップ」でも前職に戻りたい理由  “上手くいきそう”に見えた転職の失敗例

Finasee / 2024年1月11日 18時0分

「年収100万アップ」でも前職に戻りたい理由  “上手くいきそう”に見えた転職の失敗例

Finasee(フィナシー)

<前編のあらすじ>
大学を卒業して同族経営の高級家具店に入社した安藤は、18年経っても主任どまりで出世とは無縁のままだった。安藤より年齢も社歴も下の乾は創業者の孫というだけであっという間に店長となり、その傲慢な態度に耐えかねた安藤は転職を決意する。

●前編:新卒から18年勤めた会社を退職… 転職のきっかけとなった創業家一族の“あり得ない”一言

新しい会社には居場所がない

安藤は苦しんでいた。いや、苦しんでいたというより後悔していた。認めたくはなかったが、あの高級家具店が恋しい気持ちがあった。たしかに店長の乾は不愉快だったし給料も安かったが、あの会社には安藤の居場所がちゃんとあった。しかし、転職したこの会社では、安藤の居場所はどこにもない。入社して2カ月しかたっていないが、すでに上司には愛想を尽かされたように感じている。

工作機械を売るためには、知識が必要だった。稼働させるにはどれくらいの電力が必要なのか、故障させずに使い続けるにはどうすればいいのか、調整するにはどこをいじればいいのか。そんな知識をしっかりと身につけ、その知識を活用してお客さんに説明しなければ仕事にならない。もちろん、入社したばかりの社員には知識がないので、上司や先輩が丁寧に教えてくれる。しかし、安藤は上司や先輩の話が全く理解できなかった。昔から理系科目が得意ではなく、大学では文学を勉強していた安藤にとって、工作機械というのはあまりにも畑違いな分野だった。

40歳という年齢で新しい仕事にチャレンジする安藤を一人前の営業にするために、上司である営業部長の小川は、仕事の合間を縫って、工作機械についていろいろとレクチャーしてくれた。しかし、安藤は小川が何を伝えたいのか全く分からなかった。1時間以上熱心にレクチャーをしたのに、安藤がその内容をほとんど理解していないと知った時、小川はガクッと肩を落とした。

「これが理解できないって、さすがに厳しいな……」

その時に小川がポツリと言った言葉が耳から離れない。あれ以来、小川が安藤にレクチャーしてくれることはなくなった。その代わり、完成した工作機械をお客さんの会社に届けるような、誰にでもできる簡単な仕事をよく頼まれるようになった。安藤は、自分がこの会社に必要とされていないことをひしひしと感じていた。

工場への配置転換

仕事を終えて家に帰れば、ひたすら勉強した。なんとか工作機械について詳しくなり、営業としてまともに働きたかった。しかし、いくら勉強して知識を吸収しても、その知識同士が結びついてくれない。決して結びつかない知識は安藤の頭の中を漂い、やがて消えてしまうのだった。

ある日、安藤は小川に呼ばれた。きっとまた工作機械をお客さんの会社に運ぶ仕事を頼まれるのだろう。そう思って小川のデスクに行くと、デスクの上には作業服が載っていた。これは、同じ敷地内にある工場で働く社員が着ている服だ。

「安藤君、明日から工場で働いてもらうから」

安藤は思わず耳を疑った。工場で働くとはどういうことだ? 自分は営業職としてこの会社に入社したはずだが。

「正直、今の安藤君の知識量だと営業の仕事はお願い出来ないのだよね。だから、まずは工場で工作機械の製造をやってもらって、しっかりと知識を身につけてほしい」

小川はそう言って、作業服を安藤に手渡した。自分が工場で働くというのはもう会社の会社としての決定事項なのだと安藤は悟った。小川の言い方はとても丁寧で静かだったが、絶対に逆らえないような威厳があった。

「分かりました」

安藤は作業服を受け取った。生地は意外と柔らかく、肌触りも良さそうだった。自分は明日からこの服を着て、工作機械の工場で働くのだ。働いているうちに、きっと必要な知識を身に着けられるだろう。そして、近いうちに営業に戻れるはずだ。

突きつけられた現実

翌日から、安藤の職場は営業部が入っている事務所ではなく、同じ敷地内にある工場に変わった。やはり、事務所とはかなり雰囲気が違う。空調はちゃんと効いているので、熱中症の心配はなさそうだ。出勤の打刻を済ませ、工場の教育係をやっているという佐野という社員から工場勤務のレクチャーを受けることになった。佐野はかなり若く、髪の毛を茶色に染めている。やんちゃそうな見た目だったが話し方は丁寧で、工場勤務の注意点などについて分かりやすく説明してくれた。それにしても、本当に若い。もしかしたら、自分より20歳ぐらい年下ではないだろうか。

佐野に誘われ、工場の入り口付近にある自動販売機でコーヒーを飲むことになった。そこには先客がいた。見たことのない若い男がおいしそうにジュースを飲んでいる。首からはこの会社の社員証を下げ、スーツを着ている。こんな社員、いただろうか? 小さな会社なので、入社2カ月の安藤であってもほとんどの社員の顔は覚えている。そんな安藤の様子に気付いたのか、若い男が笑顔で言った。

「本日、営業として入社した風間です」

その言葉を聞いた瞬間、安藤は全てを察した。やはり、自分は完全に見切りをつけられたのだ。会社は使いものにならない自分を工場に配置換えし、代わりにこの風間という若い男を営業として採用した。きっと、自分は会社を辞めない限りずっと工場で働くことになるだろう。

「そろそろ行きましょうか」

佐野が安藤に声をかけた。コーヒーが少し残っていた。安藤は残りのコーヒーを一気に喉に流し込んだ。

「それじゃあ、失礼します。仕事頑張ってください」

安藤は風間に声をかけると工場に戻った。風間は律義にも深々とお辞儀をして安藤を見送ってくれた。

「ひと通りレクチャーもしたんで、まずは組み立てから一緒にやってみましょうか」

「分かりました。よろしくお願いします」

組み立ての作業をしながら、工場の窓から外を見た。雲ひとつない青空が広がっている。そういえば、前の会社に辞表を出したあの日もこんな風に晴れていたっけ。

「安藤さん上手ですね! センスありますよ」

佐野は「ほめて伸ばす」教育方針らしく、とことん安藤の仕事ぶりをほめてくれた。こういう人柄が評価され、この若さで教育係を任されているのだろう。

自分は高級家具の販売員を辞めた。そして、工作機械の営業を辞めさせられた。今は年下の社員に仕事を教わりながら、工場勤務の仕事をスタートしている。この仕事をいつまで続けるのかは分からない。もしかしたら乾みたいなとんでもない上司がいるかもしれない。でも、もしかしたら自分に向いている仕事なのかもしれない。だから、取りあえず精いっぱい頑張ってみよう。夜勤をすれば手当がつくらしいし、意外と工場勤務は稼げるみたいだ。工場勤務でいっぱいお金を稼いで、いつか自分も中古車みたいな値段の高級デスクを買ってやろう。

工場の中で汗をかきながら、安藤はそんな決意を固めたのだった。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

大嶋 恵那/ライター

2014年立命館大学大学院経営管理研究科修了。大手人材会社などで法人営業に従事したのち、株式会社STSデジタルでライター業に従事。現在は求人系、医療系、アウトドア系、ライフスタイル系の記事を中心に執筆活動を続けている

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