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「投資に興味ある?」タワマン内のパーティーで女性たちにささやかれる“特別なご案内”

Finasee / 2024年1月26日 11時0分

「投資に興味ある?」タワマン内のパーティーで女性たちにささやかれる“特別なご案内”

Finasee(フィナシー)

河合陽太の秘密

「今日はさ、麻衣ちゃんと瑠奈ちゃんだけに特別に紹介しちゃうんだけど」

上質紙にシャンパンゴールドの金箔(きんぱく)を貼りめぐらせたスタートキットを広げると、目の前の2人の大学生が「何、何?」と身を乗り出す。

「麻衣ちゃんと瑠奈ちゃんは投資に興味ある?」

2人は顔を見合わせた後、大きく首を振る。

「周りの友達でいるでしょ、投資してる子。ほら、株を買うとかさ」

「そう言えば、優衣の彼が株式投資サークルに入ってたよね」

「アメリカの株買ってるって言ってた」

「それそれ! 実は僕もさ、仮想通貨やってて。仮想通貨って知ってるよね? ビットコインみたいなネット上で取引する通貨なんだけどさ。実は仮想通貨にもいろいろあって、僕が投資してるのは、選ばれた会員しか買えない特別な仮想通貨なわけ」

「ビットコインとどう違うの?」

「ここから先は口外しないでほしいんだけど、投資家は皆、4割の配当を受け取ってる。4割だよ! 100万円投資したら40万円。すごいと思わない?」

「マジ?」

「そんなにもうかるなら、バイト要らないじゃん」

本物のシャンパンで頰を染めた2人が目を輝かせる。

「そういうこと! 自分が働くんじゃなくて、お金に働いてもらうんだよ」

スタートキットに見入る2人を見て、「これはいける」という感触を得た。今週中に契約まで持って行けば、今月のノルマはクリアできる。

「モノなしマルチ商法」の実態

大学時代にイベントサークルの工藤先輩に誘われて軽い気持ちで始めた小遣い稼ぎのバイトが、いつの間にか本業になった。仮想通貨投資の勧誘と言えば聞こえはいいが、世間では「モノなしマルチ商法」と呼ばれる立派な犯罪だ。

タワーマンションの一室を借り、会員から紹介されたゲストを招いて週に何日かパーティーを開いている。頃合いを見計らって、ターゲットになりそうなゲストに“特別なご案内”をするという算段だ。

 

この手法でこれまで数億円単位の金を集めてきた。建前上投資はしているが、多くは上の“組織”への上納金や、次なる獲物を釣るための宣伝費に消えていく。麻衣ちゃんと瑠奈ちゃんに約束の配当が振り込まれるのは、せいぜい最初の1回だ。

親が金持ちで小遣いが潤沢だとかバイトでため込んでいるやつならいいが、「絶対もうかるから」と強引に学生ローンを組ませたケースもあり、全く心が痛まないわけでない。

しかし人間、いったん楽な暮らしに染まると、なかなかそこから抜け出せないものだ。実際、この違法バイトによる収入は同世代のサラリーマンのざっと5~6倍はあり、今年は前から乗ってみたかったアルファードをキャッシュで買った。

先輩には「陽太には天職じゃん。いかにもいいとこの坊ちゃんって感じの陽太が勧めるから説得力があるんだよ」と言われる。父まで二代続けて県議の家に育ち、大学のキャンパスを歩いていても違和感のない童顔の僕には、どこかそれっぽい雰囲気があるのかもしれない。

タワマンは、現代社会の富と権力の象徴だ。見せかけだけの豊かさを希求する若いやつらが、誘蛾灯(ゆうがとう)に集まる虫のように吸い寄せられてくる。

とはいえ、このタワマンでの“営業”も半年を超えた。先輩からは「そろそろ河岸を変えないと」と急かされている。腰が重いのは僕自身の面倒くさがり屋な性格もあるが、ここでの生活が気に入っているからだ。

ジムで深めた釆澤沙織との交流

パーティーを終えた夜は、酒を抜くためにタワマン内のトレーニングジムで汗を流す。ジムは24時間自由に使え、午前0時を過ぎればほとんど貸し切り状態になる。

正直、タワマンの住民とはあまり顔を合わせたくない。自室や共有ラウンジでの営業活動が理事会で問題視されていると聞いた。数日前にも部屋を斡旋した不動産屋から、「こういうマンションは煩方(うるさがた)が多いので、あまり目立つことはしないように」と釘を刺されたばかりだ。
※河合と不動産屋の関係:【ブランドスーツを着てラウンジで商談…タワマン住民たちが警戒する「不審な男」】

かくして、この日も深夜のジムでフィットネスバイクを使っていると、ドアが開いてピンクのウェアが見えた。心臓がドクンと跳ねる。

「こんばんは」

軽い挨拶の言葉と共に、彼女が僕の隣でフィットネスバイクをこぎ始める。

 

釆澤沙織。実年齢は知らないが、見た目は僕と同じ20代半ばくらい。15階の部屋を、研究職のお姉さんと一緒に借りていると聞いた。

沙織自身はコンサル会社の営業職で、毎日終電近くまで働いている。仕事のストレスを家に持ち込まないために、帰宅後はジムに直行して汗を流すのが日課だという。175cmの僕とあまり変わらない長身でスタイルが良く、面差しが日本で人気の韓流ガールズグループのメンバーに似た沙織は僕のドストライクだ。

ジムで度々顔を合わせるうちに言葉を交わすようになった。僕は自分のことを広告代理店勤務で、このご時世で在宅勤務が増えたと話している。

「そう言えば先週末、河合さんのこと見かけましたよ」

「え、何時頃?」

「夕方買い物帰りに駅前で信号待ちしていたら、河合さんが運転する車が正面に止まってて。アルファード、乗ってるんですね。高級車じゃないですか?」

「わっ、見られちゃったんだ」

「ええ、見ちゃいました」

沙織の茶目っ気たっぷりの笑顔がまぶしい。僕はフィットネスバイクを止め、沙織の方に向き直った。

「車、詳しいんだね。良かったら今度ドライブ行かない?」

●やがて河合は過去のターゲットに被害届を出されてしまう。後編【違法な投資勧誘で被害届を出され…犯罪行為に手を染めた男が迎えた“あっけない最後”】で詳説します。

※この連載はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。

森田 聡子/金融ライター/編集者

日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は雑誌やウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に、投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく伝えることをモットーに活動している。

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