違法な投資勧誘で被害届を出され…犯罪行為に手を染めた男が迎えた“あっけない最後”
Finasee / 2024年1月26日 11時0分
Finasee(フィナシー)
河合陽太はタワーマンション内で仮想通貨投資の勧誘を行っている。日頃の派手な生活も相まって、近頃タワマン内では河合の怪しげなビジネスが噂になっていた。そんな中、河合はジムで知り合った釆澤沙織とさらに交流を深めようとしていた。
●前編:【「投資に興味ある?」タワマン内のパーティーで女性たちにささやかれる“特別なご案内”】
ついに約束を取り付ける「車、詳しいんだね。良かったら今度ドライブ行かない?」
深夜のタワーマンションのトレーニングジム。話の流れで口にした誘いの言葉に釆澤沙織は一瞬驚いたような表情を見せたが、「いいですよ」と即答した。
「実家が地方の自動車販売代理店だったんで、車は子供の頃から身近な存在で、結構好きなんです。運転免許を取るのが待ち遠しかったくらい」
「そうなんだ。どこの販売店?」
「トヨタです」
「へぇ。僕も静岡だから、うちの親はずっとトヨタ車乗ってた」
「お互い、トヨタ系ですね。アルファードは助手席もスーパーロングスライドシートですよね。乗り心地良さそう」
その夜は、いつになく会話が弾んだ。沙織とは週末の日曜日の朝に地下駐車場で待ち合わせる約束を取り付けた。あまりにあっけない初デートの成立に、こんなことならもっと早く声をかければ良かったと思った。
ドライブはどんなコースがいいだろう? 日曜日だし、天気が良ければ首都高速を走ってレインボーブリッジや東京ゲートブリッジの絶景を楽しむか。あるいは、奥多摩で豊かな自然や温泉を満喫するか。あれこれドライブスポットを思い浮かべながら、つい、にやついてしまう。まるで初めて女の子と付き合う中学生だ。
ジムで話をしている間、沙織がずっと笑顔を浮かべていたのがうれしかった。
河合が沙織に惹かれた理由沙織はとにかく忙しそうで、いつも疲れた顔をしている。勤務は朝8時から23時過ぎまで毎日15時間。顧客のケアや資料の作成、その合間を縫って新規のプレゼンの準備もあり、週末出勤も珍しくないらしい。
しかも、コンサルという業務の性格上、クレームやトラブルは日常茶飯事だ。加えて、モデルのような容姿の沙織は異性の上司や同僚からしばしば勘違いされてとんでもないセクハラに遭い、同性の同僚からは嫉妬によるいじめの対象となる。
コンプライアンス意識の高い沙織がマンションのジムでたまたま出会った僕に詳しい話を聞かせてくれるはずもない。しかし、僕の頭の中では逆境に立ち向かうお仕事女子のヒロインというストーリーが構築され、「この人を守ってあげたい」という一方的な思いが膨らんだ。
どこかの企業に就職していたら、僕も今頃若手社員として沙織のように顧客や上司に振り回される日々を過ごしていたのかもしれない。あまり考えたくないパラレルワールドだ。一方で、そういう真っ当な社会人生活を送る沙織を、まぶしいと感じる僕もいる。
大学在学中に受けていた忠告大学を卒業する前、イベントサークルにのめり込み就活するそぶりすら見せなかった僕に親しかった同級生が忠告してくれたことがある。
「工藤さんには気をつけろ。あの人は半グレとずぶずぶっていう噂もある。お前のようなお坊ちゃんが付き合う相手じゃない」
確かに当時から先輩は限りなく怪しい、危ない雰囲気をまとっていた。半面、僕にとっては一緒にいて楽な人でもあった。恐らくそれは、先輩が限りなく率直で、本能に忠実だからではないかと思う。
建前を使いきれいごとを並べ立てる家庭環境に倦んだ僕には、先輩の本音の言動が心地良かったのだ。
地元には帰らない実家の母親からは今も週に1度は電話がかかってくる。
「そろそろこっちに帰ってきたら? お父さんも陽太に手伝ってほしいって言ってるし」
父親が僕に地盤を譲りたいと考えているのは百も承知だ。だからこそ地元に戻るつもりは毛頭ない。そもそも、地方議員なんてろくなもんじゃない。
「地方創生」「誰一人取り残さない社会」とか何とか言いながら、結局は選挙とポストのことしか頭になく、金の匂いを素早くかぎつけ、政策や事業の一番おいしいところをかっさらう。
ああいうハイエナのようなやつらが跳梁跋扈する地方行政の世界にあえて身を投じたいとは思わない。犯罪行為に手を染める僕が偉そうに言えることではないけれど。
ある土曜日の朝土曜日の朝、ベッドでまどろんでいる時にスマホが震えた。
「陽太、逃げろ! 山崎香奈の被害届が受理されたらしい。警察が動いている」
先輩だった。緊迫した口調からはただならぬ空気が伝わってきて、たちまち目が覚めた。
しかし、山崎香奈と言われても、記憶の引き出しからすぐには顔立ちやプロフィールが出てこない。
「俺たち、“組織”に切られたんだ。俺は逃げるぞ。絶対に捕まってたまるか」
たちまち通話は切れた。
危なくなったらトカゲの尻尾切りかよ。ふと、そんな自虐が口を突いた。
とにかくすぐにここを出ないと。リモワのスーツケースに服や日用品を手当たり次第放り込んでいた時、玄関のドアチャイムが激しく鳴らされた。
「河合さん、警察です。あなたに特定商取引法違反の疑いで逮捕状が出ています。ここを開けてください」
突然の、あまりにあっけないジ・エンド。
初デート、明日だったのに。こんな時まで沙織のことを考える自分をあざ笑った。
※この連載はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。
森田 聡子/金融ライター/編集者
日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は雑誌やウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に、投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく伝えることをモットーに活動している。
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