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「アカウントは削除しろ」夫に内緒の動画投稿が垢バレした“意外な証拠”

Finasee / 2024年1月22日 18時0分

「アカウントは削除しろ」夫に内緒の動画投稿が垢バレした“意外な証拠”

Finasee(フィナシー)

<前編のあらすじ>

専業主婦のさゆり(42歳)は、大手銀行で働く政和を夫にもち、私立中学に通う娘がいる。田園都市線沿いのマイホームで何不自由ない暮らしをしているが、娘の中学受験も無事に終わり、気が抜けた半面退屈をしていた。友人に、「うまくいけばお小遣い稼ぎくらいにはなるかも」と勧められ、SNSで得意な料理の動画投稿を試みるが……。

●前編:「うまくいけばお小遣い稼ぎに…」専業主婦の承認欲求を満たすサービスとは?

「動画が気に入っていただけたら、チャンネル登録をお願いします」

身体のラインが出るブラウスを着て、胸元のボタンはいつもより1つ多く開けておく。エプロンはウエストラインに合わせてひもをしっかりと縛る。さゆりは右手に持ったBluetoothのリモコンで、目線より高い位置にこちらを見下ろすように取り付けられているスマホの動画録画を開始する。

「こんにちはぁ~。リリーです。今日の献立は、〈marumi53〉さんからリクエストをいただいたチキンカツレツ。揚げ物ってみんな大好きだけど、家で作るってなると手間もかかるしハードル高いって思っちゃいますよねぇ」

さゆりは少し前かがみになりながら導入のせりふを話していく。前はカメラの外にメモを貼り付けて読み上げていたのだが、今ではもう慣れたもので、メモなんてなくても滑らかに話すことができる。

手順やポイントを説明しながら料理を進めていく。カッティングボードの上や鍋を手で指し示す。さりげなく前かがみになったり、口元を映し込むことも忘れない。動画を撮りながらも、テロップの入れ方を想定しつつ手の角度や動きを調整することだってお手の物だ。

今回はどれくらいの再生回数が回るだろうか。コメントはどれくらい増えるだろうか。不安と高揚の混ざるひりついた緊張がさゆりの脳をしびれさせている。

「動画が気に入っていただけたら、チャンネル登録をお願いしますね」

登録者数1000人超えのアカウントに

チャンネル登録者数が1000人を超えたのは、動画投稿を始めて季節が3回変わろうとするころだった。

1000人という数字は、何万といる動画投稿者のなかの上位15%に入る数字らしい。まだランチ1回分くらいの広告収入しか入っていないが、それでも自分の存在が世の中に認められたようでさゆりは興奮した。

とはいえ、視聴者の全員が料理の手際やレシピを楽しみにしてくれているわけではないことも分かっている。身体のラインが出る洋服を選び、規約に違反しない範囲で胸元をはだけさせて料理をしているのは、そういう動画がウケると実体験が証明してくれているからだった。

〈味見をするときは口元だけでも映してほしいです!〉

〈瓶を開けるときの声がすてきです〉

下品だと思うし、嫌悪を感じることもある。一体40過ぎのただの主婦に、何を期待しているのかとあきれもする。けれどそれら負の感情をすべて足しても、再生回数が回り、コメントがつき、微々たる広告収入を手に入れる快感には遠く及ばなかった。

動画撮影のために普段は絶対選ばないような露出度の高い洋服を買い、より色っぽく見えるようにと撮影時はいつも真っ赤なリップをつけた。

画面の向こうの視聴者が何を楽しみにしているかは関係がない。増え続ける再生回数とチャンネル登録者数がさゆりを満足させてくれた。

証拠はペアのマグカップ

食卓に並んだチキンカツレツを夫の政和は無言で食べている。娘の美優は最近になって体形が気になりだしたらしく、ぶつくさと文句を言いながら付け合わせのサラダばかりをつまんでいる。

さゆりはうんざりしていた。まだ顔も知らない視聴者たちのほうがましだった。下品なリクエストをしてきたとしても、さゆりとさゆりの料理を見てくれている。

食事が終わり、娘は自分の部屋へ引き上げ、夫は新聞を読んでいる。さゆりは洗い物をしている。

「さゆり」

政和が新聞を閉じて顔を上げた。さゆりも手を止め、オープンキッチン越しに政和に返事をする。

「ちょっといいか。座ってくれ」

「なあに? 改まって」

さゆりはぬれた手をぬぐい、政和の前に腰を下ろす。政和はスマホを画面を上に向けたまま、さっき拭いたばかりのテーブルの上を滑らせた。

「これはお前だよな?」

一瞬何のことか分からなかった。政和のスマホは動画投稿サイトを映している。いや、正確にはさゆりのアカウント〈リリーズ・キッチン〉のプロフィルページを表示していた。

「山下から言われたんだよ。これ、峰岸さん家じゃないかって。ほら、あいつ家に何度か呼んだことあろうだろう。たしかに言われてみれば、うちのキッチンだし、声だってよく聴けばお前にそっくりだ」

「さあ、何のこと? よくある家だし、よくいる声だと思うけど」

さゆりは平静を装ってそう言ったが、内心では心臓をわしづかみにされたような緊張感を感じていた。緊張を紛らわすために山下というのが部下だったのか同期だったのか、どんな顔だったのかを思い出そうとしたが、思い浮かばなかった。

「よくある家だし、よくいる声かもしれないな。でもこれは違うだろう?」

政和が動画を再生し、真ん中あたりで一時停止する。政和の節くれだった指が画面の隅を指していた。

「このマグカップは、美優が生まれる少し前に2人で陶芸体験をしたときにペアで作ったものだよな。仮によくある家で、よくいる声だとしても、このマグカップは世界に1つしかないんじゃないか?」

政和の言う通りだった。さゆりは言葉が出なかった。

「いい年して胸元開けて、こんな猫なで声みたいなもの出して、品がないよ、まったく。軽蔑する」

政和はシャワーを浴びると言って立ち上がる。去り際、リビングの入り口で立ち止まった。

「アカウントは削除しろ。自分の母親がどうしようもない下品な女だと、美優が気づく前にな」

1人取り残されたリビングでさゆりはぼうぜんとため息を吐き、頭を抱えた。

とめどない承認欲求

政和に“垢バレ“した3日後、さゆりがわざわざ消すまでもなく、〈リリーズ・キッチン〉のアカウントは凍結した。なんでも投稿サイトの規約が変更されたらしく、さゆりの投稿動画が”過度に性的なコンテンツ“だと判断されたらしい。

さゆりはアカウントを削除し、政和にかたちだけの謝罪をした。

下品だなんて、言われなくたって分かっている。視聴者が料理ではなく、胸元を見に来ていることだって知っている。

それでも無味乾燥で、自分がいてもいなくてもいいんじゃないかと思えるような日々よりはマシなのだ。

仕事に行く政和を見送り、さゆりは着替えとメイクを済ませる。スタンドにスマホをセットし、Bluetoothのリモコンで写真を撮る。

 もう少し下からのアングルがいいだろうか。椅子に座り、足を組んでみるのもいいかもしれない。

さゆりは50枚近く撮った写真から最も際どいアングルのものを選び、SNSに投稿する。

アカウント名は〈奥さまのマネキンS〉。投稿欄には毎日のコーディネートを撮影した、斜め下アングルからの写真が並んでいる。

写真を投稿してすぐに”いいね”のハートが乱れ飛ぶ。世界中から「キレイ」「興奮する」「今日もおしゃれだね」と称賛の言葉と視線が向けられる。

なんて気持ちがいいのだろう。

さゆりは新しい衣装を新調しに、夫に内緒で家を出る。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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