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パワハラ上司と大げんかの末に退職…故郷へ戻った元エリート会社員の“田舎ならでは”の苦悩

Finasee / 2024年1月25日 17時0分

パワハラ上司と大げんかの末に退職…故郷へ戻った元エリート会社員の“田舎ならでは”の苦悩

Finasee(フィナシー)

車窓から見える茶畑の緑は鮮やかだった。

母親の話ではお茶農家も昔に比べるとかなり減ってしまったらしいが、それでもこの辺りが日本有数のお茶の産地であることに変わりはない。茶畑を眺めながらぼんやりしているうちに、近藤慎之介を乗せた電車は駅に到着した。

東京駅から静岡駅まで新幹線を使い、そこからは鈍行でここまで来た。

数年前に帰省したときに比べて、駅の様子はほとんど変わっていない。毎年のように利用者数が減っている駅をリニューアルする理由もないのだろう。

そんな駅の改札を出ると、母親が車で迎えに来てくれていた。息子の姿を見ると、母親は小さく手を振った。最後に会ったときに比べて、少し小さくなったように感じる。

「ただいま」

「おかえり! ずいぶん久しぶりの帰省だね」

「悪かったね。仕事が忙しくてなかなか帰れなかったんだよ。でも今は無職だから、今回はちょっとのんびりしようかな」

「都会暮らしも大変でしょ。久しぶりだし、ゆっくりしていけばいいよ」

帰省の理由

1週間前、近藤は勤めていたIT企業を退職した。

40歳で課長という決して悪くないポジションにいたが、他社からヘッドハンティングでやってきた部長ととことんソリが合わず、仕事をめぐって何度も衝突した。

部長に疎まれた近藤は、次第に重要な案件を任せてもらえなくなった。それはITの営業マンとして着実にキャリアを積み上げてきた近藤にとって大きな屈辱だった。

そして、部長ととんでもない大げんかをした末に退職した。

書類のうえでは自己都合退職だが、近藤はまるで自分が解雇されたような屈辱感を抱えていた。

大学を卒業してからずっと同じ会社で働き続けてきた。時には月の残業時間が80時間を超えることもあるような会社だったが、仕事は面白く、近藤も大きなやりがいを感じていた。

そんな仕事を突然失った。

数日間家でゴロゴロしていたが、再就職活動をする気も起きなかった。貯金はそれなりにあるし、独身ゆえに当面の生活には困らない。

『そういえば、最近ぜんぜん帰省してないな』

仕事の忙しさを言い訳に、ここ数年は盆も正月も実家に帰っていなかった。

なんだか、故郷に呼ばれているような気がした。母親が運転してきた車に乗り込み、実家へ向かう。

実家に帰ると、父親が待っていた。

もう70歳になっているが、大柄なこともあって威圧感がある。

「よく帰ってきたな。お母さんから仕事を辞めたというのは聞いてるけど、次は決まってるのか?」

いきなり嫌な質問をしてくる。

「いや、次はまだ決まってないよ」

「次の仕事も決めずに辞めたのか! お前、それは社会人としてありえないんじゃないか!」

「申し訳ないとは思うけど、俺にもいろいろあるんだよ」

「そんなことをしてると、信用をなくしてどこにも再就職できなくなるぞ。だいたい、会社というのは基本的に入社したら一生勤め続けるものなんだ!」

まさか、実家に帰っていきなり父親にこんなことを言われるとは……。

地元の銀行を定年まで勤め上げた父親からすれば、次の仕事も決めずに会社を辞めるような人間の存在が信じられないのだろう。

「まあまあ、慎之介も疲れてるし、その話は後にしましょう」

母親が助け舟を出してくれたおかげで、近藤はなんとか父親から逃げられた。

父との確執

むかしから、父親が苦手だった。

自分の価値観を押しつけてくるところがあり、高校生の頃はよく衝突した。決して数は多くはないが、父親から殴られたこともあった。

近藤があまり実家に帰らなかったのは、父親の存在が大きい。

とはいうものの、帰省してから数日のあいだはリラックスできた。

父親は「あまり小言を言わないように」と母親から言われているらしく、近藤がリビングのソファに寝転んでいても何も言わなかった。

しかし、やはり家でのんびりしている近藤が気に入らないらしく、嫌な顔をむけてくる。腹は立つが、これぐらいならそこまで気にならない。

生まれてから18歳まで過ごした故郷は傷心の近藤を優しく癒やしてくれた。昔は毎日のように見ていた田舎町の光景がやけにまぶしかった。

気になるのは子どもの少なさと高齢者の多さだった。

近藤のように進学や就職で町を出て行ってしまう人が多く、ほとんどの場合もう戻ってこないという。そして、町には近藤の両親のような老人が残される。県内でも高齢化が深刻な地域だと言われているようだ。

そんな町だから新しい商業施設ができるはずもなく、この町の住民はちょっとおしゃれな服を買ったりするときは、車で30分ほどのところにある大きなショッピングモールまで向かうという。

近藤もそのショッピングモールに行ってみることにした。一緒に行かないかと両親を誘ったが、人が多くて疲れると断られてしまった。

予期せぬ再会

実際に行ってみると、休日ということもあってたしかに混んでいる。やはり家族連れが多く、子どもの楽しそうな声が館内に満ちあふれている。子どもをしかったりあやしたりする親の声も。

しかし、本当にすごい空間だ。

洋服、アウトドアグッズ、家具、家電、本、食品などなんでも売っている。

ジムやスーパー銭湯、映画館まであるのだから驚きだ。

このショッピングモールの中に住めば、敷地から一歩も出ずに暮らせるだろう。

家族連れでにぎわっているフードコートで食事を済ませ、館内をぶらぶらしていると、いきなり声をかけられた。

「もしかして、近藤?」

声をかけてきたのは、ちょうど同年代ぐらいの男性だった。

「え?」

近藤はしばしその男性の顔を見つめていたが、すぐに高校時代の同級生だった辻だということに気がついた。

「もしかして、高校で一緒だった辻?」

「そうだよ! 本当に久しぶり。まさかこんなところで近藤に会えるなんて思わなかった!」

辻は奥さんと中学生ぐらいの男の子と一緒だった。

「家族連れで来てるの?」

「そうだよ。たまにはこうやって家族サービスしないと」

辻はにこにこ笑いながらそう言った。

高校生の時、近藤と辻にはかなり差があった。

近藤の成績は学年でもトップクラスだったので、東京の有名私立大学に進学した。運動が苦手だったので、せめて勉強だけはできないと恥ずかしいと考えて懸命に勉強したおかげだった。

「あいつは運動も勉強もできないダメなヤツ」とだけは思われたくなかった。

運動神経は普通だったが勉強が得意ではなかった辻は高校を卒業しても進学はせず、地元の自動車部品工場に就職した。

クラスメートということでそれなりに仲良くしてはいたが、近藤は心の中で辻を見下していた。

久しぶりの再会ということで、近藤と辻は少し立ち話をした。辻の息子は退屈そうにあくびをしながら、その様子を見つめている。

辻は高校を卒業してからずっと同じ自動車部品工場に勤めており、現在ではライン長を務めているそうだ。

20代の頃に結婚し、すでに3人も子どもがいるというのには驚いた。いちばん上の子どもはすでに成人しており、今日いっしょに来ているのは三男だという。

「そういえば、近藤はどうしてるの?」

辻にそう聞かれ、近藤は答えに窮した。

仕事を辞めて実家でのんびりしているなんて、とても言えなかった。

「東京のIT企業で課長やってるよ。有休がたまっちゃったから、休みを取って帰省してるんだ」

「そうかあ。東京とかいいなあ。たしか大学も東京だったよな。俺も大学行きたかったけど、勉強できなかったしなあ」

そうは言うものの、辻は幸せそうだった。

自分を卑下できるのも、現状に満ち足りているからだろう。仕事も順調で、奥さんと息子もいるのだから、不満があるはずもない。

「それじゃあ、またな」

「うん。東京にいると難しいだろうけど、たまには地元帰って来いよ」

お互いの連絡先を交換し、辻と別れた。

辻とその家族の姿が人ごみに消えると、近藤は大きくため息をついた。

ずいぶんと情けないうそをついてしまった。

自分がひどく恥ずかしいことをしたような気持ちだった。
 

● 近藤の「休暇」は思わぬ方向で終わりを告げる……。後編「昔お前を殴って悪かった」病で気弱になった父…元エリート会社員が田舎で起業を決心した“屈辱の理由”】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

大嶋 恵那/ライター

2014年立命館大学大学院経営管理研究科修了。大手人材会社などで法人営業に従事したのち、株式会社STSデジタルでライター業に従事。現在は求人系、医療系、アウトドア系、ライフスタイル系の記事を中心に執筆活動を続けている

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