「昔お前を殴って悪かった」病で気弱になった父…元エリート会社員が田舎で起業を決心した“屈辱の理由”
Finasee / 2024年1月25日 17時0分
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Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
近藤慎之介(40歳)は大学を卒業してから同じIT企業に勤め、40歳にして営業課長にまでなったが、他社からヘッドハンティングでやってきた部長とソリが合わず大げんかの末に退職してしまう。故郷へ戻った近藤は、ショッピングモールでかつての同級生、辻と再会する。妻子連れで仕事も順調そうな辻に対して近藤は「会社を辞めた」と言えなかった……。
●前編:パワハラ上司と大げんかの末に退職…故郷へ戻った元エリート会社員の“田舎ならでは”の苦悩
突然倒れた父辻と別れた近藤は駐車場に止めてある車に戻り、しばし考え込んだ。
「そういえば、近藤はどうしてるの?」と聞かれ、思わずうそをついてしまった。
なんだか、自分がひどく薄っぺらい人間のように感じた。
昔から「人にどう見られるか」を強く意識してきた。それがモチベーションにつながり、勉強や仕事を頑張れたという面もある。
「勉強ができる近藤」や「仕事ができる近藤」として見られたいと強く思っていた。
しかし、仕事を辞めてみると、そこに残るのはかつての同級生に見えを張ってうそをつく40歳無職男性だ。
『いったい、俺は今までなにをしてきたんだ』
家族連れでにぎわうショッピングモールの駐車場の中で、近藤はひどく落ち込んでしまった。
そろそろ実家でのんびりするのにも飽きた。いつまでも地元にいては、またかつての同級生に再会しないとも限らない。
近いうちに東京に戻ろうと考えた矢先のことだった。
父親が倒れた。
ちょうど近藤が暇つぶしのために本屋に行っているときだった。母親がすぐに救急車を呼んだので、命は助かった。
脳出血だった。
命こそ助かったものの、父親の身体には後遺症が残ってしまった。身体の左半分がまひしてしまい、リハビリをする必要があった。リハビリを通じて身体が回復するまでは車いすだ。
父親がそんな状態になってしまったものだから、東京に帰るどころではなくなった。母親は「気にせずに東京に戻ればいい」と言ってくれたが、そんなことができるわけがなかった。
近藤は実家にとどまり、母親とともに父親の介護をすることになった。
柔和になった父脳出血で倒れてから、父親はかなり変わった。
近藤に説教するようなこともなくなり、頻繁に「ありがとう」と口にするようになった。ずっと家にいる近藤に対して嫌な顔をすることもなくなった。
「お父さん、ずいぶん変わったね」
母親も驚いていた。
脳出血をきっかけに、父親から妙な固定観念やプライドが抜け落ちたようだった。
近藤は少しモヤモヤした感情を抱えていたが、それが吹き飛ぶようなことがあった。
「むかし、お前を殴って悪かったな」
食事の介助をしているとき、不意に父親がそう言ったのだった。
「むかしのことでしょ。気にしてないよ」
そうは言ったものの、近藤の心の中では大きな氷が溶けていった。
やっと父親と和解できたような気がした。
介護タクシーとの出会い父親の介護をしていて不便に感じることがあった。
それは、介護タクシーだ。
自家用車で病院まで連れていくこともできるのだが、父親は比較的大柄で体重もあるので、車いすから自家用車に移動させるときに介助している側(がわ)が腰を痛めてしまう恐れがあった。
父親をリハビリのために病院に連れていく必要があるのだが、それには車いすに乗ったまま乗車できる介護タクシーという特別なタクシーを使う。
その介護タクシーを希望の時間帯に配車予約できないことが多いのだ。
調べてみると、どうやらこの地域では介護タクシーが不足しているらしい。
普通自動車二種免許や介護職員初任者研修といった資格が必要で、参入ハードルが決して低くないことが要因のようだ。
最初は希望の時間帯に配車予約できないことに腹が立つばかりだったが、しばらくすると考えが変わってきた。
これは、もしかしたら運命ではないのか。
会社を辞め、故郷に帰り、病に倒れた父親と和解した。
そして、介護タクシーの不足という問題に直面している。
自分で介護タクシーの会社を興してみてはどうだろう。
近藤の決断いくら田舎だといっても、この地域の高齢化は深刻だ。年を取れば、誰もが父親のように倒れて後遺症が残る可能性がある。介護タクシーについて不便に感じている人は多いのではないだろうか。
自分はこの地域の土地勘もあるし、運転もできる。資格を取るのに少し時間はかかるかもしれないが、決して難易度の高い資格というわけでもない。
『40歳で介護の仕事を始めるなんて惨めじゃないか?』
『大学の同級生は大企業でバリバリ働いてるぞ』
介護タクシーでの起業を考えていると、そんな声が頭の中で聞こえた。
たしかに、東京に戻って同じIT業界で就職先を探すのが普通なのかもしれない。近藤のキャリアがあれば、それなりの規模の会社に再就職することも可能だろう。
しかし、それではこれまでの自分と変わらない。
このまま東京に戻って再就職しては、きっとこれからも「人にどう見られるか」ばかりを気にして生きることになるだろう。
そんなのはごめんだ。
ショッピングモールの駐車場の中で味わった気持ちを二度と味わいたくはない。自分がやりたいと思い、社会から必要とされている仕事をしよう。
近藤は強くそう誓った。
スマートフォンを手に取り、電話をかける。
「もしもし? 辻だけど。どうしたのこんな時間に」
「遅い時間に悪いね。実は、俺まだ地元にいるんだよ。だから、こんど飲みに行かない?」
「まだ地元にいるのか! 飲みに行くのはぜんぜんいいけど、会社は大丈夫なの?」
「うん。会社はもう辞めたんだ」
「え! そうだったの!」
「そうなんだ。だからいつでも飲みに行けるよ」
数日後に飲みに行く約束をして、電話を切った。
いきなり電話された辻は迷惑だったかもしれないが、近藤はみそぎを済ませたような気持ちだった。
寝る前に空気を換えようと部屋の窓を開けた。
美しい満月が輝いていた。きっと明日は晴れるだろう。
そして、太陽が茶畑の緑を美しく輝かせてくれるはずだ。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
大嶋 恵那/ライター
2014年立命館大学大学院経営管理研究科修了。大手人材会社などで法人営業に従事したのち、株式会社STSデジタルでライター業に従事。現在は求人系、医療系、アウトドア系、ライフスタイル系の記事を中心に執筆活動を続けている
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