受験失敗を怒る学歴コンプのモラ夫から息子を守る方法 妻が見つけた息子の「秘密」とは?
Finasee / 2024年1月31日 18時0分
Finasee(フィナシー)
お通夜みたい。
田中麻紀はわが家の食卓を見てそう思った。
夫の憲史は眉間に皺(しわ)を寄せながらカレーを食べ、息子の昭人はうつむきっぱなしでスプーンを手に取ろうともしない。
本当はレストランを予約して、3人で食べる予定だった。
しかし息子が志望していた中学の受験に失敗。それによって憲史が激怒。そのまま予約はキャンセルして、家で食事をすることとなったのだ。
麻紀は昭人を気遣うような言葉を探していたが、その一言で憲史がまたかんしゃくを起こすのではないかと思っていた。
だから、麻紀ができることはこのまま無言でレトルトカレーを食べ続けることだけだった。
笑わなくなった息子不合格になってから数日がたつ。あの日以来、昭人が家で笑うことはなくなった。
その理由は明白。憲史のせいだ。
家族がそろう夕食時、憲史の口から出てくるのは息子をなじる言葉だった。
「中学受験に失敗したってことはお前の人生は限りなく崖っぷちに追い込まれたということだ」
そんなことを平気で言う憲史に麻紀は言い返す。
「ちょっとあなた、まだ昭人は小学生なんだから……」
「関係ない! もっとスゴいヤツは小学校から受験をして、良い学校に行ってるんだ! それに追いつけるチャンスをお前はみすみす逃したんだぞ! 」
憲史の言葉を昭人はうつむいたまま聞いている。
何も反論しようとはしない。いやできないのか。
こんな毎日を送っていれば、昭人が笑わなくなるのは当然だ。麻紀は昭人のことをおもんぱかったが、どうしてあげればいいのかが分からない。
そんな歯がゆい日々を過ごす。
ディスコミュニケーションその後、昭人は近くの公立中学に進学することになる。
それから数日がたったある夜、麻紀はある思いを抱えながら寝室に入る。憲史は布団に寝転がって本を読んでいた。
「ねえ、あなた」
「……なんだ? 」
麻紀が話しかけると殊更面倒くさそうに返事をする。
「昭人がね、美術部に入りたいって言ってるの。部活紹介で見て、興味が出たんだって。いろいろと部費もかかるみたいだけど、どうかな?」
麻紀がそう尋ねると、勢いよく本が閉じる音がした。その音に麻紀はビクつく。
「ダメに決まってるだろ……! 」
「え、ど、どうして? もし部費が心配なら、気にしないで。しっかりと貯金をしてるし……」
「金じゃない! アイツに必要なのは勉強だ。部活なんてやってる暇があったら、家で勉強をさせるべきなんだよ! 」
「ちょ、ちょっと大声出さないでよ……」
「そもそもお前がもっとしっかりとアイツを管理してれば、中学受験に失敗なんてことにならなかったんだ」
「わ、私が悪いの……? 」
「当たり前だろ! 俺が管理していれば、こんなことにはならなかったよ! 」
子供に対して、管理という言葉を使わないで。麻紀はそう思ったが、言葉にできなかった。
「とにかく、部活動なんてダメだ。それと今後はアイツがどれだけ勉強をしているか、毎日俺に報告しろ。いいな」
「わ、分かったわよ……」
翌日、麻紀はこのことを昭人に報告。
昭人はただ「そう」とだけしか言わなかった。
その反応はまるでこうなることを昭人が予期していたかのようだった。
それはつまり昭人はもう麻紀や憲史に期待をしていないということの現れだ。麻紀はこのときに、昭人がどこか遠くへ行ってしまうのではないかという恐怖を感じた。
それから昭人は学校から帰宅すると、すぐに勉強をするようになる。そして麻紀はそんな昭人の様子を観察しては、憲史に報告をしていた。
昭人はただそれを黙々とこなすだけの毎日を過ごしていたが、麻紀は必死にコミュニケーションを取ろうとしていた。
友人のことや学校で起こったこと、最近興味があるものなどを聞くが、昭人の返事はいつも簡素なものだった。
思春期特有のものではないと麻紀は気付いていた。
これだけ勉強だけをやらされていては、まともな青春など送れるはずがないのだ。
母と息子の秘密そんなある夜、麻紀は勉強をしている昭人のもとに夜食のおにぎりを届ける。
近々、中間試験があり、それに向けて昭人は睡眠時間を削って勉強をしていた。
もし、これで良い成績が残せないようなら、憲史がどうなるのか想像もしたくない。昭人もそのことをよく理解しているのか、かなり熱を込めて勉強をしているように感じる。
麻紀は光の漏れるドアをノックする。しかし反応がない。
そこでゆっくりとドアを開けた。机に昭人の姿はなかった。トイレにでも行ったのだろうと思い、麻紀は机の上におにぎりを置いた。
そのとき、机の上に見慣れないノートを見つける。
実は麻紀はそのノートに昭人が何かをこっそりと書き込んでいるところを見たことがあった。
しかし特に言及もしなかったのだが、どうしてもそのノートの中身が気になった。
そしてこっそりとノートを開く。
そこには手書きでびっしりと絵が描かれてある。単なる落書きではなく、とても精巧に、そして熱量を持って書かれていることが伝わってきた。
「何、見てんだよ……!?」
驚いて扉を見ると、昭人がこちらをにらみつけていた。
「こ、これは……? 」
「漫画だよ。勉強の合間に、息抜きでやってるんだ」
「そうなんだ……」
しかし麻紀はこれが息抜きではないとすぐに分かった。
「……昭人、漫画を描くのが好きなの? 」
「だったら、何? 父さんにチクってまた止めさせる? 」
皮肉めいた笑顔を見せる昭人に麻紀は驚いた。
こんな風に笑う子じゃなかったのに……。
このままでは昭人が壊れる。麻紀はそう直感した。
「昭人、これ、面白いね……! 」
内容はバトルもので、麻紀が今まで触れてこなかったジャンル。とはいえ内容は分からなくても、絵のきれいさは素人の私でも分かる。画力に関しては本当にスゴいと思った。だけどそれ以上にこれを昭人が自分の意思で書いているというのがうれしかった。
今の昭人にとって漫画を描くことが残された希望なのだ。
だとしたら私はこれ以上、昭人から何も奪いたくない、そう決意した。
すると昭人は照れたのか、顔を伏せる。
「もう良いから出てけよ。お母さんには分からないだろ」
そして昭人は机に座る。麻紀の顔は一切見ようとしない。
「昭人、絶対に才能あるから。だからこれは続けなさい。お父さんにも絶対に言わないから」
部屋を出ながら、麻紀は昭人の背中に訴えかけた。
昭人は何も答えない。それでも麻紀は言葉にして伝える。
部屋を出る間際、昭人の横顔が少しだけ見えた。
笑っていた。
あの頃の笑顔だった。
● 麻紀はモラハラ夫から昭人の秘密を守れるのか? 後編【「いい加減にして!」息子のノートを破り捨てるモラ夫に我慢の限界 妻が突きつけた“面白くない”現実】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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