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経営者の夫と憧れのタワマン暮らしのはずが…女性が直面した「厳しすぎる現実」

Finasee / 2024年2月26日 11時0分

経営者の夫と憧れのタワマン暮らしのはずが…女性が直面した「厳しすぎる現実」

Finasee(フィナシー)

コンサル営業職・釆澤沙織の秘密

人生は誤算の連続だ。

智也と結婚しこのタワーマンションで暮らし始めた5年前、未来はきらきらしたヴェールに覆われていた。しかし、ひとたびヴェールを剥がせば、そこにあるのは色褪せた日常と不毛な日々という厳し過ぎる現実だ。

同い年の智也は、出逢った頃はスタートアップ企業の共同経営者だった。智也が開発した医療用アプリは、業界から熱い視線を注がれていた。だが、智也はその製品化を見届けることなく会社を去った。目に余る会社の私物化と社員へのパワハラで創業仲間から見限られ、引導を渡されたのだ。

肩書をなくし実質無職の智也の周りからは、潮が引くように人がいなくなった。コンサルタントの名刺を持ってかつて交流があった起業家仲間の会社を訪れても体よく追い払われるのが関の山。人脈を広げたいと週末ごとに開いていたホームパーティーもとんとご無沙汰だ。

生活費は智也が負担しているが、30万円を超える家賃は弱小コンサル営業職の私が支払っている。給料日直後に家賃が引き落とされると、口座の残金は数万円。洋服はボーナスが支給された時しか買えなくなった。化粧品もエスティローダーからスーパーのプチプラに鞍替えした。

半年ほど前に智也に転居を持ち掛けたところ、「俺に恥をかかす気かっ」と手を上げられた。地位や会社を失った智也にとって、このマンションでの生活は何としても守り抜きたい最後の砦なのだろう。

以降、智也はちょっと気に食わないことがあると私に暴力を振るうようになった。姉二人の三人姉妹で、婿養子の父は母に頭が上がらないという家庭で育った私には、恐怖以外の何物でもない。

ジムで交流を深めた河合陽太

自然と、朝は智也が寝ている間に出社し、夜も終電ギリギリまで仕事をして、帰宅後智也の姿を見かけたら即、マンション内にある24時間オープンのトレーニングジムに“避難”するのが日課になった。

そのジムで顔見知りになったのが、27階の住人で広告代理店に勤務する河合陽太だ。童顔で人懐こい陽太は典型的な弟キャラ。広告マンらしく話題も豊富で、話していて楽しい。

他に誰も来ない深夜のジムでひと汗かいた後、スポーツドリンクを飲みながら陽太と語らう時間が不毛な毎日の唯一の癒やしになっていた。

陽太には、自分は独身で、製薬会社で研究をしている2番目の姉と一緒に住んでいると話していた。陽太が私に好意を寄せているのは明らかで、私自身も決して悪い気はしなかったからだ。

忙しない日常

その日は朝からトラブル続きだった。勤務先の大口の顧客に不祥事が発覚し、担当のコンサルタントと共に初動対応に追われた。そうした中で別の顧客に出した中計の提案書にミスが見つかり、修正を一任された。

提案書を作成した同期は休暇中でサポートした私にお鉢が回ってきたのだが、サポートといっても決算書などの資料を集めたくらいだったので、かなりの無茶ぶりだ。

 

ようやく作業を終えた時には、最寄り駅からの終電が出た後だった。自宅までの深夜タクシーの代金は5000円ほど。経費精算はできるが、給料日前だけに立て替えは痛い。やむなくQRコード決済が可能なタクシーを呼ぶことにした。

タクシーの中で爆睡してしまい、気が付くとマンションの前に着いていた。帰宅したらすぐにでもベッドに倒れ込みたいところだが、こういう日に限って智也が起きている。

ささやかな癒し

忍び足で衣裳部屋に入り、トレーニングウェアに着替えるとジムに向かった。フィットネスバイクのコーナーに陽太の姿を認め、安堵した。こんな日に一人で黙々とトレーニングするのは寂し過ぎる。

「こんばんは」

いつもと同じように挨拶をして、陽太の隣でフィットネスバイクを漕ぎ始める。その前の週末外出した際に陽太の姿を見たことから、さりげなく話を振ってみた。

「そう言えば先週末、河合さんのこと見かけましたよ」

「え、何時頃?」

「夕方買い物帰りに駅前で信号待ちしていたら、河合さんが運転する車が正面に止まってて。アルファード、乗ってるんですね。高級車じゃないですか?」

「わっ、見られちゃったんだ」

「ええ、見ちゃいました」

相手が陽太だと、些細な会話も盛り上がる。気難しい智也とは大違いだ。智也との息苦しい日常に思いをめぐらせていると、予想外の言葉が飛んできた。

「車、詳しいんだね。良かったら今度ドライブ行かない?」

 

え、今それを言う?最初は少々戸惑った。いつもの自分ならきっと、「仕事が忙しくて……」とやんわりお断わりしていたに違いない。だがこの時は、心が疲弊し誰かにすがりたいモードになっていたのだろう。気が付けば、「いいですよ」という言葉が口を突いて出ていた。

陽太とはその週末の日曜日の朝、地下駐車場で待ち合わせることになった。久しぶりのデート。不思議と心が躍った。智也に対する罪悪感は皆無だった。

私も今年6月には30歳になる。結婚した頃には子供が生まれたら仕事も辞めて、社長夫人として智也を支える未来図を思い描いていた。だが、今の私たちに未来など存在しない。華やかだった5年前からすっかり色褪せてしまったモノクロームの日常が、無間地獄のごとく続いていくだけだ。

この牢獄のようなマンションから脱出したい。陽太が手を差し伸べてくれたら、と切に願った。

●河合陽太とのデータ当日、予想外の事件が起こる。後編【“王子様”だった夫は無職の多重債務者に…セレブになり損ねた女性が見た地獄】で詳説します。

※この連載はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。

森田 聡子/金融ライター/編集者

日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は雑誌やウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に、投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく伝えることをモットーに活動している。

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