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“王子様”だった夫は無職の多重債務者に…セレブになり損ねた女性が見た地獄

Finasee / 2024年2月26日 11時0分

“王子様”だった夫は無職の多重債務者に…セレブになり損ねた女性が見た地獄

Finasee(フィナシー)

<前編のあらすじ>

コンサル営業職として働く釆澤沙織。スタートアップ企業の共同経営者だった夫の智也とタワーマンションで暮らし始めて5年。智也は地位や会社を失い実質無職になり、家計は沙織が支えている。夢見ていた“きらきらの日常”は長く続かなかった。

●前編:【経営者の夫と憧れのタワマン暮らしのはずが…女性が直面した「厳しすぎる現実」】

タワーマンションに固執する夫

セレブになり損ねた女。

智也との無意味に豪華な結婚式に出席した友人たちは今頃、私のことをそうディスっているに違いない。

全収入を女磨きに注ぎ込んだガチ婚活の結果、スタートアップ企業の共同経営者と出逢い、結婚。湾岸のタワーマンションに移り住んだ。

「ムダな努力」「方向性が間違ってる」とさんざん腐した友人たちも目をむく一発逆転大ホームラン。絵に描いたようなシンデレラストーリーだったが、魔法は5年も経たないうちに解けた。

王子様だった智也は今や、ただの無職のDV(ドメスティックバイオレンス)夫だ。

おかげで折を見て辞めるつもりだったコンサル会社の営業の仕事を続けざるを得なくなった。それどころか、マンションの家賃まで負担させられ、独身時代より切り詰めた生活を強いられている。なのに智也にはこのマンションを出るという選択肢はないようだ。

マンション内のトレーニングジムで出会った河合陽太とのデートに応じてしまったのは、心の底では智也との生活にとうに見切りをつけていたからだ。

年下で弟キャラの陽太だが、1人でこのマンションを借り、アルファードを乗り回しているのだから、それなりの収入を得ているのだろう。性格的にも智也よりも肝の据わったところがありそうだ。

陽太こそ、監獄のような塔に閉じ込められた私を救い出してくれる運命の人ではないか。妄想が大きく膨らんでいった。

警察に連行されたのは……

デートの前日の土曜日、3カ月ぶりにヘアサロンに行き、伸びた髪を肩まで届くミディアムボブに整え、流行りのシアーベージュにカラーリングした。帰路、ZARAの路面店のウインドーで見つけた鮮やかなオレンジのニットワンピースまで購入してしまった。

合わせて4万円の出費は今の私には痛手だが、未来を切り開くための“経費”と思えば仕方ない。

マンションに戻り、居室のカードキーを差し込もうとした時、「あら、釆澤さん」と声がかかった。振り返ると、隣室の合田さんの奥さんが立っていた。

 

嫌な人に逢ってしまった。心の中で毒づいた。

40絡みの合田さんの奥さんは、智也いわく「最もこのマンションの住民らしくない人」だ。勤務先のアラフォーの先輩方はメイクやファッションも現役感に溢れているが、この人は身なりには一切無関心。

一方でマンションの住民への関心は人一倍高いようで、常にアンテナを張り巡らせている。特にネガティブ情報が大好きな、いわゆるゴシップコレクターだ。

「聞いた? 27階のボクちゃん、今朝方警察に連れていかれたって」

「え?」思わず息を呑んだ。陽太のことではないか。

「このマンションで若い子相手にマルチ商法やってたみたいよ。あなた、ボクちゃんと仲がいいらしいじゃない。北村さんが言ってたわよ。夜中にジムでよくデートしてるって」

「誤解です。たまたまジムで何度か一緒になっただけです」

「そうお。あなた、きれいだし、不倫でもしてるのかと思った。そう言えば、最近、旦那さんの姿をお見かけしないわね。お元気?」

「ええ。自宅で仕事をする時間が増えたみたいです。元気ですよ」

「ならいいけど。それにしても、大変よね。住民から逮捕者が出たとなると、また煩方がいろいろ言ってきそう」

「そうですね……」

陽太が警察に連行された。マルチ商法? 何が何だか分からない。

浮気を疑う智也

話し足りなそうな合田さんを振り切って家の中に入ると、玄関で智也が仁王立ちしていた。

「お前、不倫してるのか?」

目が座っている。朝から強い酒をあおっていたのだろう。

「立ち聞きしてたの? 趣味悪い。誤解だって言ってるじゃない。あり得ない」

「色気づいて、髪型変えて……。俺が大変な時に彼氏とデートかよ」

「だから、そんなことないって」

「馬鹿野郎!」

いきなり拳が飛んできて、体が玄関のドアに叩きつけられた。背中に強い痛みが走る。

「何するの!」

智也は声にならない咆哮を上げると、狂ったように泣き出した。その間隙を縫って私は寝室に駆け込み、中から鍵をかけた。ただただ怖くて、ベッドの脇で足を抱えて震えていた。

夫婦を待つ地獄

それから何時間経ったのだろう。寝室の窓からは西日が射し込んでいた。

リビングを覗くと、智也が放心したようにソファに座っていた。その時に智也から、銀行のカードローンや消費者金融など1000万円を超える借金があることを知らされた。かつて立ち上げた会社の顧問弁護士に相談したら、「自己破産するしかないね」と言われたという。

 

これほどの多重債務を抱えていれば支払いの督促などもあったはずだが、極力智也を見ないようにしていた私は不覚にも気付かなかった。

「なんで? そんな大事なこと、全然話してくれなかったじゃない」

「経営者的に見れば、大した金額じゃないんだよ。新しい事業を起こせば、すぐに返せるはずだった」

改めて、この人は肩書の虚栄から未だ抜け出せていないのだと思った。

「今の状況でどうやって新しい事業を起こすわけ?」と尋ねると、「そうだな」と智也は力なく笑った。

それにしても、セレブになり損ねたどころか今度は多重債務者の妻とは。無間地獄はどこまで続くのだろう。不思議なことに、いかなる感情も湧いてこなかった。身勝手な智也への怒りや悲しみ、この先への不安、そして、監獄からの脱出が叶わなかった絶望……いろいろあるはずなのに。

警察に連行されたという陽太は今頃どうしているだろう。人懐こい笑顔が目に浮かんだ。

※この連載はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。

森田 聡子/金融ライター/編集者

日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は雑誌やウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に、投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく伝えることをモットーに活動している。

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