「家賃7.5万円」5カ月滞納の末路…アパレル会社勤務・30代女性が“債務者”になった日
Finasee / 2024年2月26日 18時0分
Finasee(フィナシー)
私は都内の不動産管理会社の管理部門で勤務している、いわゆる「債権者代理人」です。不動産会社の代理となり、家賃を滞納する居住者への対応を行っています。
仕事の内容は、例えば内容証明郵便で賃貸借契約の解除通知をしたり、物件の明け渡しを求めて裁判を起こしたり……。裁判所から退去を命じる判決が出ても、なお物件に居座り続ける居住者には、強制執行といって建物から強制的に退去してもらうこともあります。
今回は、「30代女性・山下洋子さん」の事例をご紹介します。
アパレル会社勤務・30代女性のケース5月の快晴の日の出来事です。ある居住者に対して建物明渡の判決、「債務名義」が出たという知らせを受けました。債務名義というのは、要するに「未払いの賃料があるので、部屋を明け渡しなさい」ということを意味する裁判所からの判決書です。
<債務者プロフィール>
・山下洋子さん(仮名)
・39歳女性、独身
・都内マンション居住
・アパレル関係の会社に勤務
・月額家賃 70500円、共益費 4000円
・入居から3年
・家賃滞納5カ月
山下さんは入居して3年ほどは何の問題もありませんでしたが、ある時から急に家賃滞納が始まりました。緊急連絡先にある両親の連絡先は何度電話をかけても全くつながらないので、私はまず山下さんのマンションへ行き、現地の様子を確認することにしました。
マンションで見た異様な光景山下さんの住むマンションは、午後の都内にしては人通りも少なく静かな建物でした。
現地に着いてまず確認したのは「郵便受け」です。住民税督促状、日本年金機構からの国民年金納付の案内、さらには法律事務所からの封書など……ギョッとするほど大量の郵便物が詰め込まれていました。
過去には家賃滞納の末、室内で亡くなっていた債務者もいました。「山下さんも、もしかしたら……」。募る不安を打ち消すため、その日はライフラインや洗濯物など現地での一通りの調査を行い、生活の様子を確認しました。
一般的に、家賃滞納が続いて裁判所からの判決書(※)が出てしまったら、その後待っているのは「催告」です。
※部屋の明け渡しと、未払いの家賃の支払いに関する債務名義
催告とは、「不動産会社側から居住者に、期間内に滞納分の家賃の支払いを促す通知」のこと。実際に居住者の居室に入り、家具や備品を確認して強制執行に必要な作業員の人数などを見積もります。
山下さんの場合も例外ではなく、その後は数カ月かけて催告の準備と手続きを進めました。
催告のため再訪そうして迎えた催告当日。マンションに関係者が集まり重苦しい雰囲気のまま、山下さんの住む301号室のドアをノックして、裁判所の執行官がインターホンを鳴らします。
「裁判所、執行官です。ドアを開けてください!」
繰り返し呼びかけるも一向に反応が返ってきません。仕方なく、現場にいる執行官の指示のもと技術者が玄関のカギを開けます。
ドアを開けた私たちは、目の前に広がる光景に絶句しました。
言葉を失う関係者たちドアを開けて最初に目に入ったのは、170cmほどの「ごみの壁」。しかも、それは鼻にこびりつくような強烈な悪臭を放っていました。
室内が見えないので、何とか天井との隙間を探して中をのぞいてみると、部屋中にビニール袋に入ったごみや、お酒の空き缶が散乱していました。まさに「ごみ屋敷」そのものだったのです。
関係者と一緒にごみをかきわけ入室しますが、在宅をお願いしていたはずの山下さんの姿は見あたりません。部屋を見渡していると、テーブルに失業認定書や消費者金融からの請求書が置いてありました。おそらく、離職をきっかけに家賃滞納が始まったのでしょう。
その後はごみと格闘しながら一通り部屋を確認し、作業を終えました。山下さんが帰宅して連絡してくれることを期待して、公示書(断行日の記された裁判所の書面)と催告書(債務者宛ての裁判所執行官の書面)を玄関内に貼りつけました。
山下さんからの電話催告から数日たったある日、山下さんから電話が入りました。
「あ、あの。山下洋子です。この度はご迷惑をおかけして申し訳ありません」
電話口から、彼女が異様なほど動揺している様子が伝わってきます。
「すぐに滞納家賃全額はお支払いできませんが、分割で何とかお支払いしますので、何とかなりませんか? 実は会社が業績不振に陥って、家賃の支払いが滞ってしまったんです。今はアルバイトを2つしていますし、何とか住み続けられないでしょうか?」
しかし、どんなに頼まれても裁判所からの判決は覆すことはできません。
「残念ですが、裁判所から建物明渡の判決が出ています。会社として判決を無効にはできないので、速やかに建物の明け渡しと、残置物の処分を行ってください。賃貸住宅なので、居住権とお金の交換を毎月行っています。その交換を3カ月以上、不履行となると明け渡していただく『契約』なのです。新たな住まいを探してください」
心苦しくもそう伝えると、彼女は片づけ費用や転居の敷金を捻出できないと嘆きながら、家賃滞納に至った経緯を話し始めました。
家賃滞納に至った経緯「仕事を失って、生活費が足りず……。消費者金融に融資を求めてしまいました」
借りたお金は簡単に返済できると思っていたそうですが、金利が高く返済困難に陥ってしまったと言います。
「ストレスからお酒に頼る毎日になりました。今は、消費者金融の取り立てにおびえて身を隠しています。何とか返済しようと、アルバイトを重ねています」
正直、彼女がいくらアルバイトを掛け持ちしても、家賃と共益費を賄えるとは思えませんでした。加えて、消費者金融の支払いや生活費もあるとなればなおさらです。まずは生活をリセットすることを提案し、後日もう一度電話をもらうことを約束しました。
私としても、彼女が追い詰められて命を失う事態は回避したい思いでした。ところが、そんな心配もむなしく、その後山下さんから電話がかかって来ることは二度とありませんでした。
●山下さんと連絡がとれないまま、強制的に部屋の明け渡しを執行する「断行」の日を迎えます。後編【お金が足りず退去も転居もできない…家賃滞納者が直面する「住む場所を失う恐怖」】で詳説します。
※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。
中標津 勇次/ライター
大学卒業後、証券会社に入社。株式、債券などの市場業務を経験。その後、金融関係会社を経て現在は不動産管理業務に従事。民法他、法律関係業務を得意としている。管理物件で強制退去の執行に関わるうちに、日本の金融教育が不足していることを痛感し、現代人のマネーリテラシーを高めるべく文筆業を開始した。座右の銘は「朝に道を聞かば、夕べに死すも可なり」。
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