友人と起業、港区の最上階マンションを手に入れるほど成功したアラフォー男に“魔が差した”身勝手な理由
Finasee / 2024年2月15日 18時0分
Finasee(フィナシー)
広田歩はテーブルに座り、自分が今、いる場所をゆっくりと見渡した。
窓からは都内の夜景が一望できる。そして広々としたリビングにはこだわりのソファ、それ以外にも高価な家具が並んでいた。
「なあに? さっきから、ずっとキョロキョロしているけど?」
目の前のテーブルに座る妻の玲子が歩を見てクスクスと笑う。
「いや、やっぱりちょっと信じられなくて」
歩がいるのは港区の一等地に建つデザイナーズマンションの最上階。家賃もかなり高いこの部屋に歩たち夫婦は引っ越して来たのだ。
「歩が仕事で成功したからここに住めるようになったんでしょ?」
玲子の言うとおりだった。
歩は元々会社員をしていたが、大学時代の友人だった笹原洋一と一緒に企業をし、成功を収めたのだ。
「ほら、料理も冷めないうちに食べちゃって」
目の前に並ぶ料理は全て玲子の手作りだ。歩は好物のクリームパスタを口に入れる。
「うん、うまい! 玲子のパスタはホント絶品だよ。どんな高級レストランよりもおいしいね!」
「ふふ、ありがとう。ちゃんと歩の健康にも気遣っているから、安心して食べてね」
歩は血圧の高い体質だった。そのため薬を飲んでいて、食事も塩分に気を遣っていた。薄い味付けだが、それは歩のことをおもんぱかってのこと。それが分かっていたから、歩は大げさに味を褒めた。
実際、玲子は歩の感想を聞き、うれしそうに笑っている。
「玲子、今日くらいはビール、いいだろ?」
「うん、まあ1本だけね」
普段は飲まないお酒も今日だけはお許しを得た。それだけ玲子もこのマンションに引っ越せたことを喜んでいる証しだ。
歩の願いそして食事を終え、歩は玲子にとあるお願いを切り出した。
「なあ、玲子。そろそろ仕事を辞めてくれないか?」
「え?」
実は、この話題、夫婦間で何度も行われていたものだった。
「もう俺の稼ぎだけでもお前や子供を養えるようになった。そして今後、俺の会社はどんどん大きくなっていく。仕事も忙しくなると思う。だから、玲子には家庭を支えてもらいたいんだ」
歩は玲子の目を見て訴えかけた。
玲子が今の仕事にやりがいを感じているのは知っていた。それでも歩は玲子に専業主婦になってもらいたいと願っていた。
前までは玲子に押し切られていたが、今日の歩の思いは違った。
「俺はもっともっと成功をしたいんだ。そして玲子たちを絶対に幸せにしてみせる。後悔はさせない。だから、頼むよ……!」
玲子はしばらく悩んだ様子だったが、自分を納得させるように何度もうなずく。
「……うん、分かった。私も、子供との時間を作ってあげたいと思ってたから」
玲子の言葉を聞いて、歩は大きく息を吐き出し、笑った。
「ありがとう。必ず玲子も息子も俺が幸せにするよ」
「ふふ、期待しているわよ」
そして仕事を辞めた玲子は献身的に家庭を支えてくれた。
歩も仕事により一層集中して取り組むことができるようになり、会社の業績はぐんぐん伸び続けていった。
笹原への嫉妬その日、歩は共同経営者である笹原と遅くまで残って仕事をしていた。
仕事が終わり、それぞれが帰宅の準備をする。
「歩、久しぶりに飲みに行かないか?」
笹原からの誘いに歩の心は揺れ動いた。しかし歩は笑顔で断る。
「ごめんな、今日は家族で食事をするって約束をしちゃったんだ」
「あ、そうかそうか。家庭が1番。良いことだよ」
「悪いな。お前も、早く結婚した方がいいぞ。もう40なんだし」
歩がそう言うと、笹原は笑顔で首を横に振る。
「いや、俺はまだちょっとそんな気にはならないな。ようやく仕事がうまくいきだして、金があるからさ、いろいろと遊びたいんだよ」
「おいおい、ほどほどにしておけよ」
そう突っ込みながら、歩は笹原に対して嫉妬心を覚えた。
「今って彼女いるのか?」
「ああ、一応な」
笹原は画像を見せてきた。それは若くて美人な女と笹原のツーショット。
「お前、これ、幾つだよ?」
「25歳って言ってたな。クラブで飲んでたときに知り合って、そのまま成り行きで付き合うようになったんだ」
「へー、そうなんだ……」
歩はそれ以上、言葉が出なかった。
「お前みたいに、若くして出会っていちずな恋愛を成就させて結婚っていうのが理想だよ。でも俺にはそれは無理みたいだ」
笹原はそう言い残してオフィスから去る。
そんな笹原の背中を歩はじっと見つめていた。
俺は「このまま」でいいのだろうか家には高級車、高価な家具、趣味で集めている時計、そして玲子に息子。誰もがうらやむ環境がそろっている。
しかし歩はそれでも満たされない何かを感じていた。
夕食時、目の前にいるのは妻の玲子。
ここに引っ越して来てから収入はずっと右肩上がり。しかしそれと比例するように玲子に対する不満も募っていった。
玲子に対して外見への努力不足を感じていた。昔と比べて明らかにシワが増えて、老けたように見える。着てる服も色気も何もないものばかり。
専業主婦で時間はあるにもかかわらず、美容に労力をかけようとする気もなさそうだ。そのことを注意したことはあったが、玲子は忙しいからという理由で何も変えようとはしなかったのだ。
笹原の彼女は美しかった。容姿、肌のつや、スタイル、何もかもが玲子より上に見えた。
料理の腕も一切向上していない。塩分控えめなのは仕方ないとしても、ただの薄味にならないような創意工夫が見えないのだ。
そんな不満を抱えながらの生活は、歩にとってストレスでしかない。
老けた妻、そして薄味の料理は、歩が思い描いていた人生ではなかった。
「ねえ、高広のことなんだけど。あの子ね、幼稚園でお友達とけんかして泣かせちゃったのよ」
「……そうか」
「何だか、だんだんワガママにもなってきているし、あなたの方から、何とか言ってくれない?」
玲子からの頼みに歩はいら立ちを覚えた。しかしそれを隠しながら返事をする。
「……そういうのはお前に任せるよ。俺は仕事で手一杯だから」
「そ、そうなの? でも、父親が一度怒るのも大事だって同じ幼稚園のママ友から聞いたからさ」
「……もしも何かあったら、また言ってくれ。よっぽどのときは俺が叱るるから」
「う、うんそうね…」
夕ご飯を食べると歩は早々に自分の部屋に閉じこもる。
夫婦での会話はほとんどない。玲子が何か言ってくるので、歩は相づちをしているだけ。それでもひどく疲れるのだ。あれだけ幸せだったこのマンションが今ではとても息苦しいものになっている。
理由は何となく分かっている。葛藤があるのだ。長年、支えてくれた玲子への感謝と嫌悪が歩の中に混在している。
仕事で成功をしたことで環境ががらりと変わった。信じられないような華やかな場所に出向くことが多くなった。そこにはテレビで見たことのある金持ちたちがわんさかといて、全員がきれいな女を横に置いている。
笹原はその一員となった。しかし歩は、そうはなれない。なぜなら、玲子がいるから。
そのときから、歩は玲子のことを足かせのように感じるようになった。
「俺は、このままでいいのか……」
声に出して問いかけた。
すると、そんなわけないだろと内なる歩が叫ぶ。
そして歩はとあるアプリを開いた。
●自分を見失いつつある歩が開いたアプリとは……? 後編【金の切れ目が縁の切れ目…港区女子とパパ活の末“すべてを失った”男の末路】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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