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一人暮らしの高齢者宅から物音が…孤独な老婦人を救った“侵入者”の正体

Finasee / 2024年3月1日 17時0分

一人暮らしの高齢者宅から物音が…孤独な老婦人を救った“侵入者”の正体

Finasee(フィナシー)

<前編のあらすじ>

白坂みわ(74歳)は、2年前に夫を病気で亡くしてから、庭付き戸建ての家で一人暮らしをする「独居老人」となった。東京に住む2人の子供たちが孫を連れて帰ってくるのは正月と盆のどちらかだけで、みわは1年のほとんどをたったひとりの家で過ごしていた。

ある日、野良猫が庭に迷い込み、みわは餌を与えるようになる。猫をかまうことにより生活に“ハリ”が戻ったような気がしていたが、猫が来なくなった日に、庭から不審者とおぼしき物音が……。

●前編:夫に病気で先立たれ独居老人に…70代女性の生活に変化をもたらした“来訪者”とは

 

怪しい物音の正体は…

みわは窓に立てかけてあったほうきを握り締め、音のするほうへとにじり寄る。

近づくと、こそこそと話す声が草の陰から聞こえてきた。みわは首をかしげた。

ほうきで草を避けてみる。するとそこには交通安全の黄色いビニールのついたランドセルを背負った男の子が2人、息を潜めてしゃがみ込んでいた。

「ご、ごめんなさい!」

顔を真っ青にした男の子の1人がみわに謝った。もう1人は同じように顔を真っ青にしたまま固まっていた。

「猫が、入ってくのが見えて、それで、えっと……」

必死に説明する男の子に、みわは思わず気が抜ける。

「……なんだい、あんたたちも猫ちゃんと遊びたかったんだね」

緊張がほぐれたことで吐き出した深いため息に重なるように、みゃあお、と聞き慣れた声が背後で鳴いた。

振り返れば、黒猫がいつもと同じ場所で大あくびをしていた。

「猫ちゃんのご飯があるんだ。そんなところにしゃがみ込んでないで、あなたたちもこっちへおいで」

小学生たちは顔を見合わせ、それからみわを見上げて笑った。

久しぶりの客人

目の前に缶詰を置くと、黒猫が食事を始める。

「なでるときそっとね」

みわは小学生たちに手本を見せるように背中をなでる。小学生たちはその様子を固唾(かたず)を飲むように見守っている。缶詰から顔を上げた黒猫は目を細めて喉を鳴らした。

「おれもやりたい!」

「おれもおれも!」

2人はみわをまねるように優しく黒猫の背中をなでる。あっという間に缶詰を空にした黒猫は気持ちよさそうにその場に寝転がる。

「裏返った!」

「おなかを見せるのはね、気を許してる証拠なのよ。そうだ、2人ともここでちょっと待っててね」

みわは彼らにそう言って、一度家のなかへと戻った。しかし何かお菓子でも出そうと思ってあけた戸棚は空っぽだった。みわは今度、今の子供が好きそうなチョコレートやクッキーを買ってこようと決めて、代わりに冷蔵庫で冷えていた麦茶を入れて外へと戻った。

「はい、どうぞ。こんなものしかなくてごめんね」

「おばあちゃん、ありがとう」

「ありがとう」

2人は麦茶を受け取ると、一気に中身を飲み干していく。向けられる笑顔はいつも窓から差し込んでいる日差しよりもはるかにまぶしく、温かい。

「おれ、タクヤで、こっちはユウスケ。この猫、おばあちゃん家の猫なの?」

「いいえ。でもよく遊びに来てくれてね、ここでこうやって日なたぼっこしてるのよ」

「いいなぁ」

「おれたちもまた来ていい?」

「もちろん。いつでも遊びにおいで。でもね、次からは玄関の呼び鈴をならすこと」

黒猫が、にゃぁお、と鳴いた。

マドレーヌを作る気力

翌日、みわはまたスーパーへ買い出しに出掛けた。

けれど今回買うのは猫用の缶詰ではない。クッキーやチョコレート、それから記憶から引き出したレシピを頼りにバターやグラニュー糖、はちみつとバニラオイルを買い込んだ。

お菓子作りは久しぶりだ。まさかまたお菓子を作ろうと思うことがあるなんて、自分でも驚くことばかりだ。

家に帰って、みわは早速取り掛かる。一晩考えて、今の子供が好きそうなお菓子を考えたつもりだったけれど、口には会うだろうか。ボウルにあけた卵をグラニュー糖と混ぜながら、そんなことを考えた。

マドレーヌが焼きあがるころ、玄関の呼び鈴が鳴った。みわはタクヤとユウスケを出迎える。ところが今日はもう2人、彼らの後ろに女の子がいた。

「おばあちゃん、猫の話したらこいつらも来たいって言うから連れてきちゃったんだけど、大丈夫?」

2人も4人も変わらない。みわはマドレーヌを多めに焼いておいた自分を内心で褒めた。

「どうぞ。まだ猫ちゃん来てないんだけどね、お菓子を焼いたから」

「いい匂いがする!」

女の子の1人が声をときめかせる。みわは4人を快く招き入れた。

動き出した時間

4人は近くの小学校に通う友達同士で、タクヤとユウスケは同じ少年野球チームに所属していて、休み時間はいつもたくさんの友達とドッジボールをしている。眼鏡をかけたカナは動物が大好きで家でも犬を飼っている。さらさらの髪を伸ばしているマリコは算数の授業が苦手だけど、本を読むのは大好きで、毎週木曜日の朝読書を楽しみにしている。

小学生たちはみわが出したお菓子を食べながら、いろいろな話をしてくれた。みわはその1つ1つを大切に聞き、うなづいたり笑ったりした。

「おばあちゃん、トイレしたい」

「ねえ、おばあちゃん、これおばあちゃんの昔の写真?」

「このお菓子、すっげえうまい。生まれて初めて食べた!」

子供たちは慌ただしい。これまで動くことのなかった家のなかの空気が、小さな4人の声と笑顔でかき混ぜられていく。

みわはふと、夫の写真が飾ってある仏壇に目をやった。

あの人も天国で喜んでくれているだろうか。もしかしたら、自分抜きで楽しんでいるみわのことをうらやんでいるかもしれない。そんなことを考えられるくらい、今のみわには充実感があった。

「あ、猫だ!」

タクヤの声に反応して窓の外を見ると、黒猫が歩いていた。主役の登場だ。

「どうやら遊びに来たみたいだね」

みわは戸棚から缶詰を用意する。それを受け取ったユウスケたちは窓を開け、黒猫を出迎える。

「慌てちゃだめだよ。猫ちゃんもびっくりしちゃうよ」

みわは4人の後を追う。

みゃぁお。

黒猫が鳴く。その鳴き声はいつもより少し上ずっているように聞こえた。いきなり増えた人間に驚いているのか、それとも歓迎されていることがうれしいのだろうか。

「……ありがとうねぇ」

みわはつぶやいた。黒猫は返事をしないし、猫に夢中な小学生たちもみわの声には気づかない。

空を見上げる。黄金色の日差しは穏やかで、そして何より暖かい。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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