【一括か分割か】企業年金のもらい方を「税金の安さ」だけで決めてはいけない理由
Finasee / 2024年3月27日 11時0分
Finasee(フィナシー)
会社の退職給付制度が「確定給付企業年金」や「企業型確定拠出年金」といった企業年金タイプの人は、「一括」「分割」といった受け取り方が自分で選べる場合がほとんどです。
それゆえ、「どう受け取るのがお得か」という話題が、たびたび雑誌やネット記事などにも取り上げられています。
私も、これまで定年退職をテーマとした書籍やムック本を作る際、専門家の皆さまに企業年金の受け取り方について、何度か取材しました。その感想は、お得な受け取り方にたどり着くには、制度がかなり複雑で分かりにくい面があるということです。
何も考えずに、受け取ると思わぬ落とし穴があるかもしれません。今回は、自分に合った企業年金の受け取り方を見つけるヒントを紹介したいと思います。
企業年金の3つの受け取り方とそれぞれの特徴「確定給付企業年金」や「企業型確定拠出年金」は、その名称に“年金”がついている通り、サラリーマンが退職後に老後の収入として、公的年金のように定期的に一定額を受け取ることが想定されている制度です。ただし、どちらも規約で定めれば、年金資産の全部または一部を一括で受け取ることが可能です。
その結果、多くの場合、企業年金は受け取り時に次の3つの選択肢が登場します。
①一時金でもらう
②年金として分割でもらう
③一時金と年金を組み合わせてもらう
①の一時金は、退職時に「退職金」として年金資産を一括で受け取る方法。②は、年金資産を小分けにして受け取る方法で、終身年金の場合もありますが、ほとんどの企業では5~20年以内の有期年金になっています。③は、年金資産の一部を一時金で受け取り、残りの年金資産を分割してもらう方法です。
3つの受け取り方の中で最も選ばれているのは?企業年金がある会社にお勤めのみなさんは、①~③の受け取り方のどれを選びたいと思いますか?
3つのうち、よくおすすめの受け取り方として記事になるのが、年金資産を一括でどーんともらう一時金受け取りです。そして、実際に、企業年金を一時金としてもらうことを選択している人はかなり多いようです。
厚生労働省年金局「公的年金と私的年金の現状と課題について」に掲載されている「新規受給者数ベースでみた老齢給付金における年金・一時金の選択状況」を見ると、確定給付企業年金で68%、企業型確定拠出年金で93%の人が一時金受け取りを選択していることが分かります。
一時金受け取りを選ぶ人が多い背景には、一時金と年金では受け取り時に適用される税制の違いが指摘されています。
企業年金を一時金で受け取る場合の税制企業年金は、一時金で受け取ると退職所得控除の対象となり、勤続年数に応じた所得控除を差し引いた残りの金額の2分の1に所得税・住民税が課税されます。他の所得と分けて課税される分離課税が適用されるため、大きな金額を受け取っても社会保険料に影響しないこともメリットになっています。
退職所得控除は、下記の計算式で勤続年数が長いほど有利な仕組みです。
●退職所得控除
勤続年数20年以下 → 40万円×勤続年数
勤続年数20年超 → 800万円+70万円(勤続年数-20年)
一方、年金として受け取る場合は、その年に受給する他の年金(公的年金など)と合算したうえで、公的年金等控除が差し引かれ、残りは雑所得として総合課税となります。2分の1課税といった優遇措置もありません。
他の所得と合算して所得金額が多くなると、社会保険料が上がり、医療費の窓口負担割合も増えてしまう可能性があります。
●公的年金等(合計所得金額が1000万円以下の場合)
65歳未満 → 公的年金等の収入額が60万円超から雑所得として課税対象
65歳以上 → 公的年金等の収入額が110万円超から雑所得として課税対象
このような税制の違いから、一時金受け取りは、「節税になり手取りが増えてお得!」と言われています。特に勤続年数が長い人ほど、控除の恩恵が受けやすく、もらう一時金が控除内に収まってしまえば、税金がいっさいかからずまるまる手取りになるケースも多いようです。
しかし、税金がかからないという理由だけで、一時金受け取りを選択すると、あとで困ることがおこる場合もあります。
企業年金を一括で受け取った場合、その後、そのお金はどこに行くのでしょうか?
定年後も残っている住宅ローンの返済に充てるなど、使い道が決まっている人は別として、漠然と「老後資金にしよう」などと考えている人は、一時金を受け取ったあとで、お金の置き場所を改めて考えなければならなくなります。
今年スタートした新NISAを活用し、受け取った一時金を運用して増やし、老後は運用しながら取り崩して資産寿命を延ばそうと考えている人もいるかもしれません。NISAならば運用益も非課税で、受け取り時にも税金がかかることはありません。
しかし、投資信託などのリスクのある金融商品の運用は、必ずしもうまくいくとは限りません。損失が出てしまった場合は、税金を払うより悔しい思いをするかもしれません。
運用失敗という、最悪の可能性を頭においたうえで、もう一度よく考えてみてください。
企業年金をもらったあとに、改めてリスクのある運用をスタートし、運用しながら取り崩すと考えているのであれば、むしろ、企業年金を分割で年金として受け取るほうが楽なのではないでしょうか?
年金受け取りの場合にも様々なメリットがある企業年金を年金としてもらうと、税金で損をするようなイメージが定着していますが、必ずしも、そうとは言えません。65歳未満なら年間60万円まで、65歳以上なら年間110万円までの受け取りであれば、所得税の課税対象にはなりません。
企業年金を年金で受け取る場合、受け取る年数を長くすることで、1回の受取額を少なくしたり、公的年金の受給を繰り下げて受取期間が重ならないようにしたりなど、税負担が大きくならないよう工夫することもできます。
会社の制度が確定給付企業年金の場合は、年金で受け取ると受取期間中1~2%程度の利息がつくのもメリットです。一時金受け取りより総受取額が多くなるのが一般的で、約束された金額がもらえるため、運用でハラハラすることはありません。
一方、企業型確定拠出年金の年金受け取りには、年金資産の分割回数と支給年数を選んで自分の口座に振り込んでもらう分割取崩という方法と、年金資産で年金給付用の保険商品を購入して分割で受け取る方法があります。
前者の場合は、受取期間中に年金資産の価格が変動する場合があり、運用中の商品が値上がりすれば多くもらえますが、値下がりしてしまうと予定より早く年金給付が終了してしまう場合もあります。ただし、分割取崩の場合は、受取期間中もスイッチングが可能なため、途中で元本確保型の商品に切り替えて受給することもできます(年金商品を購入した場合はスイッチング不可)。
仮にNISAで投資信託の値下がりが始まったとしても、商品をスイッチングすることはできません。損を食い止めるためにいったん売却して現金化するか、再び値上がりするまでじっと待つしかなくなります。
企業年金は“自分らしい”受け取り方を企業年金は、老後の生活を充実させるための重要な収入です。考えるのがめんどうだから「一括でもらってしまえばいい」では、もったいないと思います。
特に、企業型確定拠出年金タイプの場合は、退職時期にかかわらず60歳から75歳までの間で受け取り始める時期を選べるなど、制度をよく知ると、いろいろな受け取りプランのバリエーションが考えられると思います。
「みんな一括でもらっている」「税金が安いほうがいい」といった、安易な決断はせず、自分の定年後の収入やライフスタイル、資産管理の方法なども踏まえて、自分らしい受け取り方を検討してみてはいかがでしょうか。
参考:厚生労働省年金局「公的年金と私的年金の現状と課題について」
参考:国税庁「退職金と税」
参考:国税庁「公的年金等の課税関係」
参考:企業年金連合会「確定拠出年金の給付」
加茂 直美/フリーライター・行政書士
主に年金、老後資金、行政手続きなどの細かい情報をリサーチし生活に活かすための記事を執筆。行政書士。2級DCプランナー。行政書士事務所オフィスリーガルブレーンを主宰。『役所や会社は教えてくれない! 定年と年金 3つ年金と退職金を最大限に受け取る方法』(大江加代 監修/ART NEXT)『アメリカ人が当たり前に知っているお金のこと全部』(西村隆男 監修/宝島社)『60歳からの得する年金!働きながら「届け出」だけでお金がもらえる本 2023-2024最新版』(小泉正典 監修/講談社MOOK)などの取材、企画、構成、執筆等を担当。
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