「どんな病気も治る」一箱9万円の青汁を大量購入する義母…悪質な“健康商法”にすがってしまうワケ
Finasee / 2024年3月13日 17時0分
Finasee(フィナシー)
夕食後、洗い物を終えた蓮美はリビングのソファでテレビを見ながらくつろいでいた。放送されているのはバラエティーで、ママタレントが姑の愚痴を話していた。
そこに義母の数子がやってきて、蓮美の横に座る。
「何やってるのかしら?」
「姑の愚痴をしゃべってるみたいですよ」
「あらあら、それは大変ね」
そう言いながら2人で、その愚痴を聞いて、笑い合う。
嫁しゅうとめ問題というものは世間ではいまだに話題になるものなのだが、わが家では一切そんなものは存在しない。この家に嫁いでから30年近く、蓮美は数子とずっと良好な関係を築いていたのだ。
しかしそんな関係に変化が訪れる。
その日、蓮美は買い出しのために郊外のスーパーに出掛けていた。そこへ夫である宗一から電話がかかってきた。
「父さんが倒れた……」
その言葉を聞いて、蓮美の頭は真っ白になった。
どうして? あんなに元気だったのに?
疑問が頭の中を駆け巡る。
そして宗一はすぐに病院の場所を教えてくれたので、蓮美は買い物をほっぽり出して、病院へと向かった。
宗義は脳梗塞を発症していたと判明、一命は取り留めたのだが、恐らく後遺症が残ると医者は話した。
その話を聞いているとき、数子はずっと心ここにあらずといった様子だった。
「お義母(かあ)さん、大丈夫ですよ。すぐにお義父(とう)さんは元気になりますから」
「え、ええ……」
うつろに揺れる数子の瞳が蓮美は心に残った。
一箱9万円の青汁それから宗義は寝たきり状態となり、蓮美と数子の2人が家で介護をするようになる。
とはいえ、蓮美も仕事をしていて、どうしても数子の負担が大きくなってしまった。
「お義母(かあ)さん、もしあれだったら、ヘルパーさんとかに手伝ってもらおうか?」
蓮美がそう提案すると、数子は力なく笑った。
「いいのよ。全然苦じゃないから。あの人がね、また昔のように元気に笑ってくれそうな気がしてね。それを待っているのが楽しみなの……」
数子の気持ちはありがたい反面、怖くもあった。
医者の話では年齢的な面で、これから回復をする可能性はほぼなかった。
そして希望を持っているからこそ、それがかなわなかったとき、数子がどうなるのかと考えると恐ろしい気持ちになるのだ。
それからも数子は宗義の介護を献身的に行うのだが、それと同時に健康に関する本をあさるように読むようになる。そこで得た知識を毎回、蓮美たちに話してくれるのだが、だんだんそれが思ってもない方向に進むようになった。
ある日、リビングに入ると、大きな段ボールが壁際においてあった。
「お義母(かあ)さん、これはなんですか?」
「ああ、注文していたのが届いたのよ。青汁なんだけどね」
「へえ、青汁ですか」
「やっぱり青汁っていうのが百薬の長らしいのよ」
「ああ、なんかお酒にそういうこと言いますよね」
「それはウソなのよ」
数子はぴしゃりと言い切った。
「え?」
「お酒はダメなの。青汁じゃなきゃダメなの。それも普通のヤツじゃダメ。きちんとしたところの青汁じゃないと意味がないのよね」
「そ、そうなんですか……」
それから数子はうれしそうに段ボールを開けて、そこから粉末タイプの袋を取り出した。
そしてすぐに台所に入って、青汁を作る。
「夫に飲ませてあげないと。これを飲み続けるだけで、どんな病気も治るらしいわ」
そう言って数子は足取りも軽く宗義が眠る寝室に向かった。
蓮美の中で、えもいわれぬ恐怖が渦巻いていた。
青汁でどんな病気も治る?
聞いたことがなかった。
青汁というのは免疫力を高める効果があるが、病気を治すという話は聞いたことがない。そこですぐに蓮美は数子が注文した青汁のパッケージを確認し、メーカー名を検索すると、そこには衝撃の文字が躍っていた。
「ヤマトカロチン? なんだそりゃ?」
食卓でみそ汁をすすった宗一はへの字口を作る。
「だから、その会社が言ってることなのよ。その会社が独自栽培に成功したケールにはヤマトカロチンっていう栄養があって、その青汁を飲めば、どんな病気でも治るって言ってるのよ」
それを聞き、宗一は鼻で笑う。
「そんなの詐欺じゃん」
「そうよ。でもそれをお義母(かあ)さんは信じて、買っちゃったの」
「ああ、そうなんだ」
「しかも値段も1箱9万円よ。1日分が3000円もするんだから」
「……そら高すぎるな」
「別にお義父(とう)さんがしっかり仕事をしてくれていたから、蓄えには余裕があると思うけど、これはいくら何でもやりすぎでしょ? あなたから、なんとか言ってよ?」
「んー、まあまあ分かったよ」
そう言ったのだが、結局宗一は何もしてくれなかった。
怪しい陰謀論を妄信する義母それから1週間後、また別の事件が起こった。
その日は日曜日で仕事が休みだった。お昼はラーメンでいいかと思い、棚を空けると空になっていたのだ。
「あれ、ここにラーメンを置いといたはずなんだけどな……」
蓮美がそう言ってると背後から数子が声をかけてきた。
「ああ、そこのラーメンなら全部捨てといたから、安心して」
蓮美は思わず振り返った。
「す、捨てたんですか?」
「ええ、そうよ。だって健康に悪いじゃない」
「いや、まあ、でもたまになら……」
そこで数子は鋭い形相で近づいてきた。
「蓮美さんは知らないから教えてあげるけど、インスタント麺ってとっても健康に悪いのよ……!」
「あ、そうですよね。添加物とか入ってるでしょうし……」
「そうじゃないの。インスタントの麺はあれ、小麦じゃないの」
「……え?」
「あれはね、全部シリコンなの。それに色と風味をつけて麺のようにしているだけなのよ」
蓮身はそこで言葉を失った。
「だからインスタント麺を日本人が食べるようになってから、ガンの発症率が上がっているのよ」
「で、でも、そんなものを国が許すわけが……」
「それが国の狙いなの」
「ど、どういうことですか?」
「だから、私たちを病気にさせることで、医者がもうかるでしょ? それで医者が国にお金を払ってこのことを黙らせているのよ。だから、もう絶対にインスタント麺は食べちゃダメだから」
蓮美は何から否定して良いのかも分からなかった。
荒唐無稽すぎる。そしてそれを信じ切っている数子に対して恐怖を抱いた。
そのことを蓮美は宗一に報告したが、しかし宗一は煮え切らない態度をするだけ。
「おやじが倒れて参ってるんだろ。好きにさせてやろう」
要は関わりたくないということだ。
それからも日に日に数子の状況は悪化していく。そして蓮美はそのことを電話で息子の圭太に愚痴った。
すると、圭太の同期にも同じような状況に陥った人がいるということが判明する。
●日に日に変貌していく義母、打つ手はあるのだろうか……。 後編【「それが国の狙いなの」陰謀論を信じて家の食品を捨てた義母の“切なすぎる”本音】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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