分譲マンションor戸建て? 意見の違いから夫が妻に放った「言ってはいけない一言」
Finasee / 2024年4月3日 11時0分
Finasee(フィナシー)
規則的なアラームの音。
その音を聞く度に、朝が来たのだとげんなりする。一馬はゆっくりと体を起こす。隣で寝ている妻の美和子を起こさないように身支度する。今は朝の6時。会社の始業時間は9時だが、8時半にはデスクについて始業の準備を済ませないといけない。30分後には家を出なければ、会社には間に合わなかった。
身支度を終えた一馬は寝ぼけた美和子に見送られながら、初夏のじりじりと肌にしみ込むような暑さを風で散らしながら自転車をこぐ。混雑する電車に揺られながら出社する。
昼休み中、一馬は分譲マンションに関するサイトを見るのが習慣となっていた。
今の賃貸マンションを借りたとき、一馬も美和子も若く、家賃の上限は低かった。しかし現在、一馬は課長に昇進。部長からの信頼も厚く、次はお前だと内々に言われている。美和子は自宅でライター業をしていて、ここ数年はかなり仕事の調子も良いと聞いている。
もういい加減に、引っ越しをするべきだろう。一馬はそう思っていた。
住まいについての価値観は違っていた一馬は美和子との晩酌のとき、その話をする。
「なあ、いい加減に俺たちも引っ越しをしたほうがいいと思うんだ。どうかな?」
「うん、そうね。この先のことを考えるとね……」
美和子の同意を得られて一馬はうれしくなる。
「実はさ、俺、ずっと不動産のサイトを見ててさ、めぼしいところを幾つかピックアップしてるんだ。ちょっと見てもらってもいい?」
一馬は携帯電話を美和子に渡し、美和子はそれを確認する。
「ど、どう?」
「うん……ここよりもよさげな家だね」
しかし言葉とは裏腹に、美和子の声はなぜか暗い。
「そうだろ。中古のマンションなんだけどさ、設備はしっかりしているし」
「でも、場所がちょっと……」
「あ、そうなんだ。どこがいいの? 言ってみて」
気楽に尋ねたつもりが、美和子が提案した地名を聞いて一馬は言葉を失った。
今の家からさらに都心を離れた場所だったのだ。
「……ど、どうして?」
「都心よりも、もっと空気がきれいなところで生活をするのがいいと思うの。それにね、私は一戸建てに住みたいなって思うんだけど……」
「……一戸建てか」
一馬は残念そうにぽつりとつぶやいた。
「私が子供の頃に過ごしていた家がそんな感じなの。伸び伸び暮らせそうだし、もし子供が生まれたりとか、将来的には介護のこととかも考えると二世帯にできたりするほうがいいのかなって」
美和子の思いを知り、一馬はがくぜんとする。
しかし顔には出さず、振り絞った言葉で、ゆっくり話し合おうと、決断の先延ばしを提案した。
その日の夜、ベッドで一馬は天井を見上げていた。
隣で美和子は寝息を立てている。しかし一馬はどうしても寝ることができなかった。
美和子と付き合っているとき、そして結婚してからも、価値観が違うと思ったことはあまりない。しかし新しい家に関しては、正反対の考えをしていた。
一馬はもう一度、美和子をちらりと見る。
気持ちよく寝ている美和子に対して初めて不満を覚えた。
どうすればいいのか分からないまま、それから2週間がたった。もちろんまだ一馬のなかで結論が出たわけではなかったが、話し合わないことには前には進まない。これは夫婦2人の問題だった。
平行線の2人はついに口論に…一馬は気を取り直してもう一度、美和子に引っ越しの話題を切り出した。
「美和子、引っ越しの件なんだけどさ、やっぱり郊外が良いっていうのは変わらない?」
「ええそうね。それと一戸建て。やっぱりそれが1番かなって思う。マンションってお隣さんとの距離も近いし。家にずっといる私からすると、気が休まらないと思うのよ」
「そ、そうか。でもな、一戸建てでもトラブルはあるんだぜ?」
「それはそうだろうけど……」
「覚えてない? おじいちゃんが亡くなって、遺産相続で古い家を父さんが相続したときのこと」
美和子だって当然覚えている。しかしためらいがちにうなずく意味は一馬にもよく分かる。
「そうなんだよ。家がもう古かったから、売るためにはさら地にしないといけなかったんだけど、そのお金が結構かかってさ。俺と父さんの2人で金を出しあって何とかさら地にしたんだよ」
「でも土地は売れたんでしょ?」
「売れたけど、二束三文だよ。家を処分したときのお金には全く及ばなかった。それにさ、手続きとかも大変だったし。一軒家は先々のことを考えたら、やっぱり大変なんだよ」
一馬は自身の経験を訴えた。
「そうかもしれないけど、でも……」
美和子の反応に一馬はため息を吐く。
「な? だからさ、もうちょっと都心の便利なところにマンションを借りた方がいいんだって。いろいろと買い物をするにも出掛けるにもそっちのほうが便利だしさ。通勤時間だって短縮されるんだよ。家で一緒にいられる時間が増えるんだぞ」
一馬は美和子を見つめる。
「2人で話してただろ、子供がほしいって。やっぱりそのためには夫婦の時間を持つべきだと俺は、思うんだ」
美和子は口元に手を当てて考え込んでいる。
「子供、そうよね……」
「時間があったら、一緒に内観に行こう。最近のマンションはご近所トラブルにも対応してくれるようになってるからさ。きっと話を聞いたら、安心すると思うよ」
俺がそう言うと、美和子は首を横に振る。
「ごめん、それでもやっぱり、私はマンションはいやだな」
「え……」
「賃貸で数年くらいなら、そういうところで生活するのもいいと思う。でも家ってさ、この先、ずっと生活をするところでしょ? だったら私は妥協できない。私は郊外のところに一戸建てがいいと思う。家もさ、誰も住めなくなるまでボロボロになる前だったら売れるわけでしょ? だったら、それで問題はないと思う。相続の件は一馬のおじいちゃんが放置していたのが悪いわけで……」
「何だよ、じいちゃんのこと、悪く言うなよ……!」
一馬は怒りの口調になる。もちろん、祖父のことを守るわけではない。
意固地になっている美和子に対して怒っているのだ。きっかけは何でも良かった。
「ごめん、でも、私ね、こど……」
「俺は、マンションに住みたいって言ってるんだ! どうして分からないんだよ⁉」
「そ、それは分かるけど」
「じゃあ俺の仕事はどうなるんだ⁉ いまでも1時間半をかけて通勤しているんだぞ⁉ お前の言うところに引っ越したら、さらに早起きしないといけないし、家に帰るのも遅くなる! それで良いのか⁉」
それを聞き、美和子の顔が険しくなる。
「いいとは思わないけど、でも、私の気持ちは……!」
「金を出すのは俺なんだよ! だったら、俺の住みたい家に住まわせてくれよ!」
口に出して、一馬ははっとした。一馬の言葉を聞いた美和子は冷たい目線を向けていた。
「だったら、相談なんてしないで、好きにしたら良いじゃない」
それだけ言い残して、美和子は寝室に行ってしまった。
閉められた扉を見て、一馬は深いため息をつく。
●決裂してしまった夫婦。美和子には一戸建てにこだわる理由があった。2人の引っ越しはどうなるのか…? 後編【家の購入を巡って夫婦の危機に…妻の義実家で発覚した夫に「言えなかった」過去】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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