家の購入を巡って夫婦の危機に…妻の義実家で発覚した夫に「言えなかった」過去
Finasee / 2024年4月3日 11時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
一馬(35歳)は通勤に時間がかかるため、朝早く起きなければならなかった。昇進したことや妻の在宅業もうまくいっていることから、今住んでいる賃貸マンションから早く引っ越したいと考えていた。ところが、妻の美和子(32歳)は都心から離れても一戸建てに住みたいと言う。口論の末、一馬は「金を出すのは俺なんだよ!」 と暴言をはいてしまった……。
●前編:分譲マンションor戸建て? 意見の違いから夫が妻に放った「言ってはいけない一言」
不仲のまま義実家へ
それからというもの、一馬と美和子の関係には冷たい隙間風が吹くようになる。
今までだってけんかがなかったわけではない。それでも全く口を聞かなくなるようなことはなかったし、ここまで長引くことも初めてだった。
もしかすると、こういう経験がなかったことが事態を深刻化させているのかもしれない。どうやって仲直りをすればいいのか、少なくとも一馬には分からなかった。
夏が本格的に暑さの牙をむき、お盆休みになっても不仲は続いていた。
毎年、この時期には2泊ほど旅行をするのが通例となっていたが今年はそれもなかった。
もう元には戻れないのではないかという危機感を感じながら、一馬は居心地の悪い家で生活を続ける。そんな折だった。
「……実家に帰るけど、どうする?」
久しぶりに美和子から声をかけられた。
「あ、ああ。行くよ」
状況が好転するかもといちるの望みを請うように、一馬は美和子の提案に応じた。
病弱だった妻の子ども時代美和子の実家は車を走らせて5、6時間程度の田舎にある。その長時間、特に会話のない車中では苦し紛れにつけたラジオの音と勤勉に動き続けるクーラーの駆動音だけが流れていた。
何も知らない美和子の母、好美は俺たちを優しく出迎えてくれた。
「わざわざありがとうね。一馬さんもせっかくのお休みなのに」
好美はそう言ってねぎらいながら、お茶を出してくれた。
「いえ、お気になさらず」
「夫は娘が帰ってくるっていうのに、釣りに出掛けてしまってね。夜には帰ってくると思うけど」
好美は愚痴をこぼしながらも、笑っていた。
「どうだい、美和子、ぜんそくは出てないかい?」
「もう、お母さん、そんなのだいぶ前の話でしょ。今は全然大丈夫よ」
好美の会話に一馬は疑問を覚え、思わず割って入った。
「あの、美和子ってぜんそく持ちなんですか?」
すると美和子がすぐに否定する。
「子供の時よ。小児ぜんそくだったの。今は全然大丈夫だから」
それを聞き、好美はしみじみと遠い目をする。
「子供のとき、美和子のぜんそくは本当に大変でね。いつ発作が起こるか分からないから、吸入器と薬が欠かせなかったの。それでも対応できないから、いっつも私が病院に連れて行ったりしてたんだよ」
「そ、そうだったんですか……」
「でね、夫と相談して田舎の家に引っ越したの。そうしたら、だいぶよくなって発作も起こさなくなったんだよ」
好美の言葉を聞いて、一馬は驚いた。
「もう、その話はいいから」
美和子は無理やり話を変えて、好美の体調について質問をはじめた。
あのとき言いかけた言葉義実家に1泊した夜、2階の和室に並べられた布団に入った一馬は隣にいる美和子に向けてぽつりとこぼす。
「ぜんそくだったなんて知らなかった」
「なに、またその話?」
「ひょっとすると家を買うなら郊外の一戸建てが良いって言ったのって、全部子供のためだったのか?」
一馬は天井を見ていたが、美和子がうなずいたのはなんとなく分かる。
「ぜんそくってね、遺伝する可能性があるんだって。もちろん、絶対じゃないみたいだけど……」
「言ってくれれば良かったのに……」
「ごめんね、ちゃんと話せば良かったんだけど、その前にけんかになって口を聞かなくなっちゃったから……」
そこで一馬はけんかになる直前に美和子が何かを言おうとしていたことを思い出した。
「……そうか、あのときか」
「けんかなんて初めてだったから、どう話して良いのか分からなくて」
「ごめん、俺がちゃんと話を聞ければよかったんだ」
「ううん、私がきちんと説明しなかったのが悪いのよ」
一馬は熱くなって自分の意見を押しつけていたことを反省した。
「……俺は自分のことばかり、考えていたな」
「え?」
「都心のマンションに住みたかったのは、俺が通勤をしやすいと思ったからなんだ。それにちょっと都心にマンションを買うって言うのはステータスにもなるし、そんなことを考えていたんだよ」
しかし美和子は顔を横に振った。
「そんなことないわ。通勤に関しては私も大変なのは分かっているつもりだった。でも、私も一馬の考えを無視して自分の意見ばっかりだった。……私たち似たもの同士ね」
美和子が向けてくれる笑顔を、一馬はひさしぶりに見た気がした。
「家族」のあたらしい住まいそれから一馬と美和子の不仲は解消される。
そして一馬はいつものように仕事を続ける。一方で家探しのほうは美和子にお願いしていた。
そんなある日、美和子がとある物件を見せてきた。
「……何これ?」
「私たちが住む家の候補よ。どうかなと思って」
しかし一馬は困惑していた。
「いや、これ、マンションだよ」
「うん、私もね、一戸建てに固執するのは止めたの。一馬の言い分も理解できるし」
「そ、そうなんだ。確かにいいところだよね。中古だけどのリノベされてて、きれいだし」
一馬が笑いかけるが、美和子の顔は複雑そうだ。
「ここからだと、また通勤に時間がかかっちゃうね……」
「そんなこと、気にする必要はないよ。家から駅までの距離が縮まるから、通勤時間自体はそんなに変わらないしね」
「……ありがとう」
一馬は美和子の頭に手をのせる。
「俺と美和子の2人で決めたことだ。何も気にする必要はないよ」
一馬の言葉を聞き、美和子はうれしそうにうなずいた。
その後、一馬たちはマンションの内見に向かい、そこのマンションを購入することに決める。
こうして2人の新しい生活が始まった。
その中で1つ、予想していなかったことがあった。
引っ越しをしたことで、電車がすいている状態で乗車できるようになったのだ。
これにより同じ満員電車でも座った状態で通勤することが可能になり、以前よりも通勤の負担が軽減されることとなった。
引っ越しをしてから数日後、一馬は仕事から帰宅する。
「ただいま」
家に帰る声が明るい。これも通勤のストレスが軽減された効果だ。
するとうれしそうな笑顔で美和子が迎えてくれた。
「どうしたんだ? 今日はやけに楽しそうだな?」
「うん。あのね、今日、産婦人科に行ってきたの」
その言葉に一馬の鼓動が跳ね上がる。
「え?」
「子供、できてるって」
はにかんだ美和子の手を一馬はすぐに取る。
「ほ、本当に⁉」
「うん。私たちの子供、だよ」
「やったー!」
そこから一馬と美和子は手を取って喜んだ。
美和子の手の温かさを感じながら、一馬は子供と美和子、どちらも幸せにできるように頑張ろうと決意を固めた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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