日銀が17年ぶりの利上げ、世界の株価が史上最高値を付ける中で正しい投資判断とは?
Finasee / 2024年3月29日 18時0分
Finasee(フィナシー)
日銀は2024年3月の金融政策決定会合で「マイナス金利政策」の解除を決めた。事実上、17年ぶりの「利上げ」を決定したことになる。この17年間は、不景気とデフレ(物価下落)によって、日銀はゼロ%以下に引き下げた金利で、じっと息をひそめているだけの存在で、主体的に短期金利を動かすなどによって景気の熱量を調整することができなくなっていたのだった。日銀は「ようやく正常な政策に戻れる見通しがたった」と安どしたところだろう。ただ、17年にわたって続いた超低金利政策は、日本の内外にさまざまな「歪(ひずみ)」を残した。大幅に膨れ上がった政府債務は負の遺産の象徴といえるが、超低金利のために命脈を保つことができたゾンビ企業も少なくないと考えられる。そして、金融政策の変更は、個々人の生活にも少なからず影響を及ぼすことになる。
新NISAで狙う「高配当利回り株式」日銀がマイナス金利政策の解除を決めた3月19日、鏑木翔太(36歳)は、東京証券取引所に上場している株式の配当利回りランキングを見て頭を抱えていた。新NISAを使って配当利回りの高い株式に投資するつもりでいたが、投資したいという銘柄が見当たらないのだった。配当利回りがトップ6.41%の「極東証券」の1週間前の株価は1080円くらいだったものが、既に1700円を超えていた。「1週間でこれほど値上がりしたものを、ここから買えるか? 短期間で50%以上も株価が値上がりしたのに、ここからさらに上がるということがあり得るのだろうか?」と疑問が強くなった。
そこで、第2位の「アイティメディア」の株価をチェックすると、こちらも1月までは1000円程度だった株価が2000円近くまで上昇していた。第3位の「PHCホールディングス」は、逆に、1500円を超えていた株価が1200円台に下落している。配当利回りは5.62%だ。この会社の前身はパナソニックヘルスケアというのだそうだ。2014年にファンドの傘下に入ったらしい。糖尿病製品や臨床検査などに強い会社ということだ。ただ、直近(2月9日)発表した2024年3月期第3四半期決算で営業利益が51億円超の赤字、税前利益は約138億円の赤字になっている。赤字の企業もちょっと買いたくない。第4位の「レイズネクスト」は、株価が1500円台から2200円台に値上がりしてしまっている。第5位の「タカラレーベン不動産投資法人」が株価10万4000円近辺から9万4000円近辺に下落したところだが、「不動産投信ねぇ……」と興味が持てなかった。
鏑木は「投資」に関するYouTubeやXなどのSNSを探して「NISA、はじめての投資」についての知見を広めたつもりだった。その結果、新NISAで収益(売買差益)や配当・分配金に対する20%程度の課税が免除されるのだから、多くの配当がもらえる方が得をするというものに強く同感した。配当利回りで銀行預金に置いておくよりも高い利回りを得て、株価が上昇すれば、それだけ多くの利益が得られる。3月19日に発表された日銀の金融政策の変更によって、普通預金金利が20倍になったと大ごとのように報じられているが、20倍といっても、0.001%だった金利が0.02%になったというだけで、ゼロ%台金利であることに変わりはない。これに対し、配当利回りが高い株式は5%を超える利回りが期待できる。0.02%の預金金利の250倍だ。ただ、株価は下がる可能性もある。納得いかない銘柄を選んで、株価が下がったら、投資を開始した意味がないと考え込んでしまったのだった。鏑木は、結局、投資をスタートすることができなかった。
初めて投資信託に投資できた理由同じ日、坂本ひとみ(34歳)は、新NISAで購入する投資信託を探していた。最近、学生時代からの友達も投資を始め、投資をすることが流行のようになっていて、その流れに遅れてはいけないという思いがあった。ただ、初めて投資しようとして、自分なりに少し調べたつもりだったが、実際に資金を投資しようとすると迷った。リスク許容度診断というのをやってみたが、その答えで「5段階の3」といわれても、なにが「3」なのか、それが良いことなのかなど、ピンとこなかった。いくつかYouTubeの解説も見てみたが、政府のお墨付きの投資は、積立投資でインデックスファンドを買うことだって強調するばかりで、積立投資やインデックスファンドというのが、今一つよくわからなかった。
ひとみが一番迷うのは、やはり、投資信託が無数にあることだ。どれか1つを選べと言われても、選ぶ基準がよくわからなかった。こんな時に、誰かに相談したいと思うのだが、その相談相手を見つけるのが難しかった。これまでも、ゼロ%金利しかない預金ではお金が増えないので、何度か投資信託を買ってみようと思ったのだが、そのたびに、何を買えばよいのかがわからなくて、投資を実行できなかった。ただ、何度か投資について考える機会を持ったことで、絶対にもうかるという投資はないこと、また、数カ月等の短期で結果を求めるものではなく数年、数十年という長期に投資することが必要だということはわかっていた。そして、1年ほど前に投資を検討した時よりも、確実に株価は上がっていた。あの時、思い切って投資していれば、利益を得ていたことは確かだと思えた。
そこで、ひとみが考えたのは、「何事も経験しなくては、本質はわからない」ということだった。SNSには、さまざまな情報があるが、その内容は、情報の発信者が体験したことから考えたことであり、それはひとみの経験ではなかった。話の内容がしっくりこないのは当然といえ、このまま考えるだけで終わっていては、一歩も前進しないと感じた。そして、最初から失敗がないことを求めてもいけないとも思った。投資信託は、そもそも分散投資をするツールであるから、たとえ失敗したとしても、1万円がゼロになってしまうことはない。せいぜい、1万円が8000円とか7000円になるくらいだろう。そのくらいの損失なら、たとえそうなったとしても「勉強の学費」としてあきらめもつく。そう考えたひとみは、投資の基本は資産分散という言葉に従って、株式にも債券にも、不動産にも金(ゴールド)にも投資するという投資信託を2万円分購入することにした。今後、毎月2万円を投資して様子を見るつもりだった。
「S&P500」インデックス投資から次の一手洲本誠人(35歳)は、2カ月余りの間で10%程度も増えた資産にドキドキしていた。今年1月に始めたばかりの投資で、最初に投資した10万円の評価額がすでに11万円を超えていた。NISAが新しくなって収益非課税期間が無期限に延長されるとともに、1人当たりの非課税枠も総額で1800万円にまで拡大されると知って、洲本は、いよいよ投資を始める時期が来たと感じた。コロナ禍以降、洲本の同年配の者たちが、「S&P500」や「NASDAQ100」、「MSCIコクサイ」などのインデックスファンドに投資し始めた。中には、「レバナス(レバレッジNASDAQ100)」を使って資産が2倍を超えたという話も聞いた。ただ、一般NISAでは年間非課税額が120万円で5年間しか非課税期間が継続しないため、投資資金を増やす手段として中途半端に感じられて、わざわざ投資を始める気になれないでいた。ところが、新NISAで非課税投資可能額が大幅に拡充されることになり、洲本は「投資しない理由がなくなった」と思った。
そこで、洲本が選択したのは米株価指数「S&P500」に連動するインデックスファンドだった。洲本の周りでは、資産形成に低コストのインデックスファンドを使うことは常識になっていた。信託報酬が年1%を超えるような商品は「論外」だった。それは、ロボットアドバイザーを使わない理由にもなっていた。使うのは、「S&P500」か「オルカン(MSCI ACWI=オール・カントリー・ワールド・インデックス)」のどちらかで決まっていて、後は、やるかやらないかの違いだけだった。洲本は、より大きなリターンが期待できる「S&P500」を選択し、毎月10万円の積立投資をスタートした。洲本の銀行預金口座には400万円近い預金があり、毎月10万円の積立投資を3年間は続けるつもりだった。
まずは、様子見と思ってスタートした投資が、いきなり成果に恵まれたことで、洲本の気持ちがざわついていた。「2カ月余りで10%超の成績ができすぎかどうかはよくわからないが、投資資金が10万円だったから1万円ちょっとの利益だったが、最初に投資予定額の全額360万円を投資していたら、36万円以上の利益になっていたことになる。給料と変わらない利益が得られた。もし、値動きが2倍になるレバレッジ型の投資信託に投資していれば、36万円の利益は2倍になる計算だ。これを数回でも続ければ、100万円や200万円など、簡単に増えるじゃないか……」と、考えれば考えるほど、洲本の鼓動は高まった。ただ、レバレッジ型の投資信託は、NISAの対象外だった。収益には20%課税されることになる。利幅が大きい分だけ、その収益に課税されることは痛手だったが、それ以上に獲得できる収益は大きくなるから20%課税も気にならなかった。取りあえず、S&P500のレバレッジ型の投資信託に50万円を投資することにした。
3人3様、それぞれの判断が異なる投資成果をもたらす3月21日以降の株価は、日経平均株価が4万円を超えて軽快に上値追いとなり、米国S&P500もNASDAQ総合も史上最高値を更新した。加えて、ドイツのDAX指数も最高値を更新するなど、先進国の主要な株価指数はそろって史上最高値を突き抜けて上伸した。この株高の勢いがどこまで続くのか、誰も先行きを正確に見通すことはできない。
結局、投資することを見送った鏑木は、今後の展開で後悔することになるのか? はたまた、市場が株安に転じてほっと安堵することになるのか? 投信の積み立てを始めたひとみの投資成果は、ひとみの期待に応えられるのか? そして、レバレッジ型の投資に踏み切った洲本の成果は? 3人3様に異なる判断で異なる投資に歩み出したが、それぞれが投資する商品は、1つの同じ市場を相手にした商品だ。3人の異なる投資判断で行われた投資は、3人それぞれに異なる結果を得ることになる。3人は、今後1年、あるいは、10年、20年後に、どのような投資を行い、どのような成果を得ることになるのか。今、その先を語れる人は誰もいない。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
風間 浩/ライター/記者
かつて、兜倶楽部等の金融記者クラブに所属し、日本のバブルとバブルの崩壊、銀行窓販の開始(日本版金融ビッグバン)など金融市場と金融機関を取材してきた一介の記者。1980年代から現在に至るまで約40年にわたって金融市場の変化とともに国内金融機関や金融サービスの変化を取材し続けている。
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