引きこもり息子との冷戦状態…切なすぎる「不登校の理由」を知った母親の決断は?
Finasee / 2024年4月8日 11時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
麻友(42歳)は1年前に夫を交通事故で亡くしてから、息子の悠輔(17歳)が不登校になり外出もせず家でゲームばかりをしていることを心配していた。ある日、麻友が残業で夜遅くに帰宅した日、思いやりのない悠輔の言葉がきっかけで激高してしまった結果、悠輔のゲーム機を床に落としてしまう……。
●前編:引きこもり息子の面倒をいつまで見ればいいのか…シンママが「思わずゲーム機を落とした」息子の一言
さらに引きこもってしまった息子
結局、ゲームは大丈夫だったようだ。
ようだ、という表現になっているのは確かめられてないから。あれから悠輔は部屋からもほとんど出なくなってしまった。
原因はもちろんあの夜にある。
仕事での疲れから悠輔に当たってしまったのは確かだった。しかしそれでも麻友は自分が本当に悪かったとは思えない。そもそもあの夜に息子に向かって発した言葉は、胸の奥にあったものでもあった。謝れば、もしかしたら、また以前のように一緒に食事を取れるようになるかもしれない。しかし、謝ることであの夜の発言を否定するのも違うと思う。
麻友はいつまでも悠輔のことを守れない。そのことに気づいてほしいと思う親心も、あの夜の怒りと同じように真実だった。
だからこそ、麻友は謝らなかった。
不登校になった理由麻友が買い物を終えて帰宅をすると、マンションの前に博樹の姿があった。
「あ、ごめんね。今日も届け物を持ってきてくれたの?」
「そ、そうです」
「ホントにいつもいつもありがとうね」
普段なら博樹はそこで帰るはずだった。しかしその日は初めて、博樹のほうから話しかけてきたのだ。
「おばさん、あいつ、元気なんですか?」
「あ、うん、元気よ」
麻友は乾いた笑い声を出す。
「……あいつが学校に来なくなった理由って分かりますか?」
「え? いえ、何も聞いてないわ」
すると博樹の顔が険しくなる。
「俺が勝手に言っていいことじゃないかもしれないですけど、あいつ、寡黙で運動もできないし、勉強もできないから周りからばかにされてたんです」
「そ、そうなんだ……」
麻友もそのことにはなんとなく気づいていた。
「その中でも悠輔のことを特にばかにしている男グループがいて。いつもはただ黙って耐えてただけなんですけど、あの日は違ったんですよ」
「何かあったの?」
「そのグループのヤツが、悠輔のお父さんのことをイジったんです」
「え……」
「お前も父ちゃんみたいに壁に突っ込め、だっせえ、って笑いながらイジったんですよ。そうしたら、悠輔、獣みたいに叫びながらそいつらにつかみかかったんです」
「それ、問題にならなかったの?」
「昼休みだったし、俺たちで止めに入って。でもそれから悠輔、学校に来なくなって……」
「そう、だったの……」
「多分、あんな騒動を起こしたから、来づらくなったんだと思います」
初めて聞いた話でまだ麻友は話を飲み込めていなかった。
「でも、すげえカッコよかったです」
そこで思わず顔を上げた。
博樹は照れくさそうにしながらも言葉を必死で紡いでいた。
「俺、あんな風に親をばかにされて、怒れるあいつがスゴく格好よく思えて。だから、もし悠輔が学校に戻ってこれんなら、俺もできる限りのことはやってあげたいと思ってるんで」
そう言い残すと、博樹は走って去って行った。
その背中を見て、麻友はとても温かい気持ちになる。悠輔は子として、そして友として、戦ったのだ。あの子は誰かを守るために戦える優しい子なのだ。
麻友は家に帰り、そのことをドア越しに悠輔に伝える。
「学校で友達とけんかしたこと、聞いたわ。今まで何も知らなくてごめんね。悠輔がつらいのも分かってて、そっとしておくことが悠輔のためなんだって思ってた。でも、やっぱりそれじゃ寂しいよね。家族だもん。だからこれからのこと、ちゃんと話して考えよう。私、あなたのやることなら何でも応援するつもりだから」
ドアの向こうから返ってくる声はなかった。
しかし麻友は決めたのだ。和志の死と、息子の未来に向き合うと。
悠輔の未来それから数日後、台所に向かって晩ご飯を作ろうとしていると、悠輔に話しかけられた。
「ねえ、話があるんだ」
「え、ええ」
いきなりのことに驚いていると、悠輔は無表情のままテーブルに座る。
「どうしたの?」
「これ、見て」
悠輔は数枚の紙を渡してきた。そこにはプロゲーマーへの道というものが書かれてある。
「プロゲーマーって知ってる?」
「何か、聞いたことはあるけど……」
「ゲームをやってお金を稼ぐ人たちなんだ。それでね、このプロゲーマーっていうのになりたいって俺は思ってる」
麻友は驚いた。ゲームが好きだとは思っていたが、その道に行こうとしてるとは。
「プロゲーマーって、なり方はいろいろあるんだけど、基本的なプロのチームがあるから、そこに所属するのが普通なの。スポンサー収入で稼ぐっていうやり方ね」
「へえ、そういうのがあるのね。野球とかサッカーチームみたいなものね」
「他にはそこに書いてあるとおり、大会に出場して稼ぐっていう方法ね。eスポーツの大会って世界中で行われていて、優勝賞金が30億くらいの大会もあるの」
「さ、30億⁉」
悠輔は当たり前のようにうなずく。
「そう。それくらい世界では活発に大会が行われていて、もちろん、数百万とかもっと低い賞金の大会もあるんだけどね」
「す、すごい世界ね……。ゲームで30億って」
「国内でも3億円の賞金がかかった大会とかあって、スゴいレベルが高いんだ」
麻友はそこでおもいきって質問をしてみた。
「でもさ、そんなの優勝するの大変なんじゃない?」
「そうだね。メチャクチャ大変だよ。だって競技人口は何億人っている中で優勝しなくちゃいけないし」
「そうよね……」
麻友は不安な気持ちに襲われた。
「それでね、次のページをめくってみて。でもね、賞金、スポンサー収入以外の稼ぎ方があるの。それが動画配信の収益」
そこには知らない名前の人たちが数多く羅列されてある。
「その人たちって国内で有名なプロゲーマーの人たちなんだけど、大会の獲得賞金だけじゃなくて動画配信者としても稼いでいるんだ。You Tuberって今、すごい人気だろ。そこの一大コンテンツがゲーム配信なんだ」
「……なるほどね。いろいろな稼ぎ方があるのね」
「そう。プロゲーマーって1つを取っても、稼ぎ方は千差万別で、大会とかに出ずに配信で稼いでいる人もいるくらいだから」
資料を見せながら、たどたどしくも必死で話している悠輔に麻友は感動を覚えた。
「でも、どうやってプロゲーマーになったらいいの?」
「まずは高校に行きたい。プロゲーマーを育てる専門の高校があるんだ」
資料を見て、麻友はもう何度目か分からない驚きを覚える。ゲームの世界とはここまで進んでいるのか。
「それでね、俺、そこに行きたい。編入して、そこで腕を磨いて、プロになりたいんだ」
「そっかぁ。悠輔はゲームでプロになりたいんだね……」
悠輔ははっきりと夢を口にしてくれた。
たぶん家にいる間、悩みに悩んで決めたのだろう。こうやって資料を作り、母親に提案することだって相当な勇気が必要だったはずだ。
きっと母親として、麻友のやるべきことは1つだけだった。
「わかった。応援する。でもまずは、私にもゲーム業界っていうのかな、もっと詳しく教えてほしいな」
悠輔が悩んで選んだこの選択が、正しいかどうかは分からない。うまくいく保証なんてないし、もっと堅実な道だっていくらでもあるだろう。それなのに応援すると言ってしまうことだって親として間違っているのかもしれない。
しかし麻友が悠輔を愛し続けるということだけはこのさきずっと変わらない。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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