制度の見直しに運用環境の変化…企業年金に迫りくる転換期
Finasee / 2024年4月8日 7時0分
Finasee(フィナシー)
野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング
シニアコンサルタント
木須 貴司氏
企業年金を取り巻く環境は大きく変わりつつあります。今年12月のDC掛金上限の見直しによって掛金額に関してはDBとDCがより関係してくることになりますし、昨年成立した金融商品取引法の改正では、企業年金も金融サービスの提供者として位置付けられるようになりました。また、現在、政府が推進している「資産運用立国実現プラン」(以下、立国プラン)ではアセットオーナーとしての責任や運用状況の開示などがこれまで以上に求められる見込みです。さらに、インフレや金利上昇といった足元の経済・市場環境の変化に備える必要も出てきました。
そして、企業年金に求められる役割が日に日に大きくなっている点も見逃せません。例えば人的資本経営の観点からは、従業員のファイナンシャル・ウェルビーイングが求められるようになりました。また、定年の延長や雇用の多様化など、働き方が変化する中で、企業年金の在り方についても考慮が必要になってきています。
このように企業年金を巡る環境変化の事例は多岐にわたりますが、とりわけ年金担当者が差し迫って考慮すべきテーマとしては、①企業年金の「見える化」の推進、②インフレへの備え、③資産運用立国実現プランへの対応、の3点が挙げられます。
企業年金の「見える化」がエンゲージメント強化のきっかけに最初のテーマは、企業年金の「見える化」の推進です。「見える化」を巡っては年金財政や利回りといった運用情報を開示することに注目が集まりがちですが、その前提として「加入者・経営者に企業年金制度を正しく理解してもらうこと」が重要です。
加入者の制度理解を促すためには、掛金や給付、運用が失敗した場合の影響などについて、DBとDC、そして公的年金の違い(図参照)を知っておくべきです。年金制度に関して特に誤解されやすいポイントであるさまざまな「利回り」や、専門用語についても正しく理解されていることが必要でしょう。
図 DBとDC制度の基本
企業年金制度の正しい理解を推進することは、「見える化」への対応だけではなく、加入者の企業へのエンゲージメントの強化にも役立ちます。特にDBであれば、一般的には、会社で一定以上の期間、働いた方にしか受給資格が与えられないため、会社への帰属意識を高め、メンバーシップ型の長期雇用に寄与すると考えられます。しかし、それは制度をきちんと認知されている場合です。現状は素晴らしい企業年金制度があっても必ずしもすべての従業員に認識されていないように思われます。「見える化」を契機に企業年金制度への認知を高め、制度の有効活用につなげるべきではないかと考えます。
また、加入者のみならず経営者・株主に対して制度の目的やリスクなどについて説明責任を果たすことも、より重要になります。
DBもDCもインフレには無防備だがそれぞれに必要な対策とは?2つ目のテーマは「インフレへの備え」です。公的年金では、物価や賃金の変動により給付が改定(ただし、少子高齢化の影響などのマクロ経済の影響がスライド調整)されますが、わが国の企業年金には通常、インフレに応じて給付を見直す仕組みはありません。なお、市場金利などに応じて給付を見直す「キャッシュバランスプラン」も、物価ではなく金利に連動させていることが多いため、必ずしもインフレに対応できるわけではありません。年金給付の実質的価値をインフレで目減りさせないためには、なんらかの対策が必要となります。
インフレ対策の具体的な方法は、DBとDCで異なります。まずDBでは給付の引き上げが考えられます。給付の変更は年金財政や企業の掛金、財政に影響を与えるため、容易ではありませんが、労使間の協議などを通じた見直しがあることが望ましいのではないかと思います。一方、DCでは給付額は加入者等の運用判断次第です。しかし、わが国では現役世代の多くがインフレを経験したことがないでしょう。したがって、インフレになるとどのように消費、資産運用を行えばいいのか、事業主が投資教育などを通じてきちんと加入者に伝えていただくということがDCにおけるインフレ対策になると思います。
資産運用立国実現プランの進捗に伴いアセットオーナーの役割がより重要に最後のテーマは立国プランへの対応です。立国プランを巡っては、運用・ガバナンス・リスク管理の観点からアセットオーナーに求められる役割を定めた「アセット
オーナー・プリンシプル」が今夏にも取りまとめられる予定です。
企業年金もアセットオーナーの一員として、よりインベストメントチェーンを意識した資産運用、資産運用体制の構築が求められると思われます。少なくともこれまで一部にあったような取引先との関係を考慮した運用商品選定は、間接的にインベストメントチェーン、市場の合理性をゆがめる可能性があるため、見直しが必要となるでしょう。
ほかにも立国プランには企業年金の改革に向けたさまざまな施策が盛り込まれており、DB・DCに共通する施策として前述の「見える化」が挙げられています。またDBに対しては、運用委託先の評価・変更による利益改善が求められ、さらに小規模DBには企業年金連合会による共同運用事業なども促すとしています。DCに関しては、加入者が運用方法をより適切に選択できるよう、各企業の取り組み事例の横展開などが要請される見込みです。
立国プランの詳細はまだ検討段階ですが、少なくとも企業年金はアセットオーナーの一員として、これまで以上に最善を尽くすことが求められるでしょう。
オルイン編集部
「オルイン」は、株式・債券といった伝統資産はもちろん、ヘッジファンドやプライベートエクイティ、不動産といったオルタナティブもカバーする、国内随一の機関投資家向け「運用情報誌」。2006年の創刊以来、日本の年金基金や金融法人、公益法人といった機関投資家の運用プロフェッショナルに対し、その時々のタイムリーな話題を客観的かつ独自の視点でわかりやすくお伝えしています。
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