もはや日本株に “割安感”はなく、実力を投影している―日経平均株価4万1000円は「適正水準」内といえる理由
Finasee / 2024年4月9日 17時0分
Finasee(フィナシー)
過去2回の外国人投資家による日本株買いは「漁夫の利」。第3弾がくれば「本物」
――井出さんには前回2023年8月に取材させていただきました※1。その中で今年(2024年)の賃上げ(春闘)は日本株を見るうえでも重要になる、と指摘されていました。まず、この春闘をどうご覧になりましたか?
賃上げの第1次、第2次集計がいずれも5%を超えており、多くの関係者が思った以上の結果となりました。しかも、大企業だけでなく中小企業にも賃上げが大きく波及しました。このことは株価にもポジティブに反映したと思います。
昨年2023年4月から6月までの3カ月間で、外国人投資家は先物を含めて日本株を7兆円以上買い越しています。これが海外投資家の日本株買い「第1弾」、そして2024年1月から2月にかけての高騰を「第2弾」とすると、この春闘の結果は「第3弾」に十分につながりうる結果だと思います。
※1編集部注:2023年9月公開のバックナンバー【日本株の上昇基調は「一時的なものではなく、長期的に続く」と言える“これだけの理由”】ご参照
――第3弾があるとすれば、第1・2弾とはどういった違いがありそうでしょうか?
海外投資家の日本株買いの第1弾、第2弾は日本株からすると、いわば「漁夫の利」の部分があったのです。第1弾は米国経済への懸念、第2弾は中国経済の懸念が背景にあったため、“消去法”的に選ばれた側面もあります。
しかし、いまは米国経済の見通しも悪くない、中国の経済不安による日本株買いも一巡した……これで第3弾がきたら、「日本株の強さは本物」と評価したと見ていいでしょうね。
――春闘の結果はポジティブな材料だということはよく分かりました。しかし、生活者の実感としては「豊か」になったという気がしません。
その通りですね。インフレでモノやサービスの値段が上がる反面、日本全体では実質賃金はマイナスが続いています。海外投資家には「賃上げ5%以上」という情報だけが一人歩きしている印象です。ただ、インフレ率が今年の秋頃には落ち着くと見ています。その段階になると、実質賃金もプラスに転じる可能性はあると思っています。
そして、仮にそれが実現すれば、日本は継続的に値上げが可能な「インフレの時代に突入した」との確信が深まり、ますます第3弾到来の可能性は高まると思います。
――さて、春闘とほぼ同時期の大きなイベントとして、3月18日、19日には日銀金融政策決定会合がありました。ポイントは①マイナス金利の解除②YCC(イールドカーブコントロール)の撤廃③ETF(上場投資信託)の新規購入の廃止――の3つとなりますが、どのように評価されますか。
3つとも想定内でサプライズはありませんでした。小なりといえども「利上げ」だったわけですが、決定会合後にさらに円安が進み、株価が上昇しました。マーケットには意外感はなく、むしろ「直ちに追加利上げはない。あっても秋以降」というのがコンセンサスだと思います。現時点での追加利上げの懸念は払拭された形です。またETFに関しては、日銀は3年前から事実上新規購入していませんので、今回の決定は影響ありません。
日本株はもはや「割安株」ではない。4万2000円までが現状の「適正水準」――いよいよ本題に移りたいと思います。最近の日経平均株価4万円台は井出さんからご覧になって「本物」なのでしょうか。
はい。日本企業の実力を伴った水準だと考えています。
日本企業は2023年度に過去最高益を記録し、2024年度もさらに8%~10%の増益が見込まれています。これは日経平均株価を10%程度押し上げる効果があるとされ、現在の株価水準はすでにこれを織り込んでいる格好です。日本株は世界の中で長く「割安株」とされてきましたが、それを抜け出しています。
日経平均株価の適正水準はPER(株価収益率)の14倍~16倍で、そこから計算すると「ストライクゾーン」は3万7000円~4万2000円。現在はその「高め」をつけている状況です。「ボール(=割高、過熱)」にはなっていません。
――先ほど「第2弾」の話は出ましたが、そもそもこの日経平均株価4万円台をつけるに至った2024年からの「急騰」は、なぜ起きたのでしょうか? 少なくとも2023年後半、日経平均株価はジグザグを描いていました。
年明け以降の値動きは、以下の4点で説明できると思います。
1.日本企業の業績が2024年度以降も好調を持続する見通しとなった
2.中国の景気が減速し、そのマネーが日本株に向かった
3.中東のオイルマネーも日本株を買い出した
4.新NISA(少額投資非課税制度)の効果が出始めた
2月に日銀の内田真一副総裁が講演で「緩和的な環境は続く」という趣旨の発言をしましたね。これは日本人にとってはあまり驚きではありませんでしたが、中国の個人投資家が「ポジティブサプライズ」と受け止め、日本株買いに拍車がかかりました。
また、新NISAの1月、2月の買い付けの46%が日本の個別株だったというデータもあり※2、S&P500とかオールカントリー(全世界株式)といった海外株のインデックス・ファンドだけでなく、日本の個別株も買われたということでしょう。
先ほど申し上げたように、日本株はもう「割安」とは言えません。この先、一本調子で買いが続くとは考えづらく、従って一時的に日経平均株価が4万2000円とか4万3000円をつけても長続きしないと思います。
※2 編集部注:日本証券業協会「NISA口座の開設・利用状況(証券会社10社・2024年2月末時点)」より
米国株の影響度はやはり“大”。米国経済のこの先は…――日本株の好調が続くのか否か。そこに、米国の動向はやはり大きな影響がありますか。
もちろん、あります。米国経済の減速が意識されるとドルが売られ円高傾向になり、日本株にはマイナスに作用します。
現状、米国経済は堅調で消費も強い。ただ、いくつかリスクの芽があります。消費の面で言うと、クレジットカードの延滞率が上がっていること。また、クレジットカードを持つことのできない信用力の低い層に「BNPL(Buy Now Pay Later)」という後払い決済が急拡大しており、これも不安材料です。
さらに企業の債務の借り換え需要が、今年度だけで6000億ドル(日本円で約90兆円)あるとされています。コロナショック後に極めて低金利で借りたお金を、現在の高い金利に借り換えなければならない。利息負担が一気に上がります。そうすると設備投資を控えるなど、景気が大きくスローダウンする可能性もあります。リーマン・ショックの再来というほど悪い状態には至らないでしょうが、景気減速の芽はあちこちに存在するのが実態です。
――こうした米国景気など外的な要因に過度に振り回されず、日本株が評価され、好調であり続けるためには何が必要なのでしょうか。
日本企業の収益力を高める。ROE(株主資本利益率)を改善する。これに尽きます。ROEを向上させるには、数式通りではあるのですが、分母を減らす、あるいは分子を増やす。これしかありません。
分母を減らすには自社株を買う、増配をするといったことになります。これらは即効性がありますが、一時的であり、限界もあります。
一方、分子を増やす、つまり純利益を伸ばすのは簡単ではありません。R&D(研究開発)や人材開発、M&A(企業の合併・買収)といった前向きな投資が必要で、時間もかかります。しかし長い目で見ると、この両方のセットで取り組む必要があります。
――ROEといえば……東京証券取引所が、2023 年3 月「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」と題された資料を、2024年1月にはそれに対応し、情報開示している企業の一覧を公表して、どちらも話題になりました。こうした施策は、日本株の株価に影響がありますか。
いわゆる「東証改革」は、株価にも影響を及ぼすと考えています。改善要請に応える企業も着実に増えてきていますね。これからも続々と出てくると思います。「資本コストや株価を意識した経営」を行うことも、投資家に「開示」することも、“意思と能力”の問題ですから、それをする企業としない企業の差は開く一方だと思います。経営も株価も今後、二極化が進んでいくのではないでしょうか。その意味では、運用会社のアクティブ・マネジャーにとっては今後の日本株はやりがいのある状況だと思います。
――しかし、一般投資家にとってはアクティブ・ファンドを選ぶのは大変ですね。インデックス・ファンドであっても多種多様ですので、投信など銘柄選択が重要になってくると感じます。
その通りで、投信もリターンとリスクの源泉の分散がとても大事です。単に商品を分散するだけでなく、内容まで深く理解して、本当の意味での分散を目指すべきでしょう。
一般の投資家にとっては長期投資が肝心です。最低でも10年以上、理想的には20年以上を投資期間としてほしいところです。
毎月定額の積み立て投資の元本割れリスクは5年後で約27%、10年後でも約17%ありますが、20年後だと約5%にまで下がります(リターン年率6%、リスク年率18%の場合)。年利6%の投信を毎月1万円ずつ買い増ししていくと(元本240万円)、20年後、平均では456万円を受け取れる計算です。こうした点も頭に入れながら、株式投資に向き合ってほしいと思います。
――本日は、日本株の現状と今後、さらには投資家にとって留意すべきポイントまでご説明いただき、ありがとうございました。
ニッセイ基礎研究所
金融研究部 主席研究員 チーフ株式ストラテジスト
井出 真吾氏
1993年東京工業大学卒業、日本生命保険入社。1999年ニッセイ基礎研究所、2023年より現職。専門は株式市場、株式投資、マクロ経済、資産形成。新聞・テレビ等メディアへの登場も多数。著書に「40代から始める 攻めと守りの資産形成」「本音の株式投資」、「株式投資 長期上昇の波に乗れ!」(いずれも日本経済新聞出版社)等。
Finasee編集部
「インベストメント・チェーンの高度化を促し、Financial Well-Beingの実現に貢献」をミッションに掲げるwebメディア。40~50代の資産形成層を主なターゲットとし、投資信託などの金融商品から、NISAやiDeCo、企業型DCといった制度、さらには金融業界の深掘り記事まで、多様化し、深化する資産形成・管理ニーズに合わせた記事を制作・編集している。
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