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伊藤元重東大名誉教授に聞く! 「NISA×賃上げ×年金」で読み解く日本の分配 インフレに負ける公的年金が「貯蓄から投資へ」を促す?

Finasee / 2024年5月7日 18時0分

伊藤元重東大名誉教授に聞く! 「NISA×賃上げ×年金」で読み解く日本の分配 インフレに負ける公的年金が「貯蓄から投資へ」を促す?

Finasee(フィナシー)

――新NISAの効果をどのように評価しますか

きわめて順調に走り出したと思います。これまで日本では投資に消極的な個人が多かったわけですが、ちょうど株式市場が上昇相場の中で新NISAがスタートし、いわゆる「貯蓄から投資へ」のシフトが進んでいるとみています。快調な滑り出しの背景には、年金だけでは老後のお金が足りないとの認識が人々に広がってきたこともあるでしょう。2019年に突如として持ち上がった「老後資金2000万円問題」の影響もあるかもしれません。年金さえしっかり受給できれば老後の生活費をまかなえるという神話は過去のものになりつつあります。

――岸田文雄政権は当初、金融所得課税の強化を掲げるなど、マーケット・フレンドリーではないと思われていました。

NISA自体は岸田政権の発足前から存在する制度ですし、「貯蓄から投資へ」も10年以上前から唱えられてきたキャッチフレーズです。個人の資産形成を促すための政策論議を積み重ねていった結果、岸田内閣のタイミングで恒久化と非課税枠拡大という形で実を結んだとみています。

「資産所得倍増プラン」は天から降ってきたわけではありません。これは私の印象ですが、岸田首相は自身が「良い」と評価する政策であれば積極的かつ柔軟に取り入れていくタイプの政治家ですので、政権の調整力でプランをまとめきったということではないでしょうか。

――新NISAをきっかけに海外資産に個人マネーが集中することで、軽度の「キャピタルフライト」が起きているとの指摘もあります。

その点はあまり憂慮する必要はないでしょう。そもそもマネーはグローバルに動くものですし、NISAの目的は投資の裾野を拡大することにあるわけですから、今の時点で投資対象となる商品を細かく限定するのは得策ではありません。資産運用のサービスというのは富士山の形のようなもので、裾野が広がらなければ標高も高くなりません。

――国内企業の賃上げ率がバブル期並みまで上昇した背景は。

いま起きている賃上げのムーブメントは3つの要因に整理できます。

1つ目は、やはり物価の上昇です。海外で激しいインフレが起き、輸入物価を通じて日本国内の物価も上がってきています。国民生活に深刻な悪影響が及ぶ事態を避けるには、政府が意識的に企業に働きかけて賃金の上昇を促さざるを得なくなっています。

2つ目は、賃金と物価の連動性です。賃金が上がれば国内経済の7割を占めるサービス産業の価格にも上昇圧力がかかります。

そして3つ目は、日本経済の構造問題である人手不足です。賃金が社会全体で一様に上昇するわけではありませんが、賃上げ率の高い企業や産業がその他の企業をけん引していく好循環を生むことが重要です。

――物価上昇と賃上げの負の影響は。

最も厳しい層は年金生活者でしょうね。基本的に公的年金は物価や賃金の上昇に連動する設計になっているものの、「マクロ経済スライド」の導入により年金額の増加に歯止めがかけられています。物価上昇や賃金上昇で恩恵を受ける人たちと、むしろ被害を受ける人たちの間で、ある種の格差が拡大しています。

ただ、振り返ってみると、過去20年のデフレ時代は、物価も賃金も上がらない中で雇用が厳しかった半面、国民一人ひとりの年金受給額は下がらなかったので、高齢の年金受給者にとってみれば好ましい経済環境であったといえます。社会全体の分配でみると、現役世代の勤労者よりも年金生活の高齢者のほうが有利になりやすいのがデフレ時代の特徴であり、インフレ時代に入って巻き返しが起きているとも表現できます。それが良いか悪いかはともかく、そのような傾向があることは事実ですし、NISAの話に戻れば、現役世代の所得向上のあり方にも関係してきます。

●後編では、経済学者トマ・ピケティの研究が日本の資産形成や財政の論議に与える影響についてうかがいます。5月10日(金)公開予定です。

finasee Pro 編集部

金融事情・現場に精通するスタッフ陣が、目に見えない「金融」を見える化し、わかりやすく伝える記事を発信します。

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